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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第二百四十二話【期待と落胆】



 大切な仲間を――特別隊を失い、それから二十二日が経過した。


 カストル・アポリアとの連絡は未だ付かず、ヨロク以北の情報は完全に遮断されている状態が続く。


 それと同時に、私達の活動の大半が停止状態にあった。


 北がダメなら南を……と、そう息巻くことすら許されない。

 それが、国に重大な被害をもたらした悪政の主君の扱いだった。そして……


「……今朝もまた、ユーゴさんは……」


「……はい。ひと言も口を聞いてはくださいませんでした」


 私の足が止まってしまっている最大の要因は、やはりユーゴにあった。


 彼は戦う力を失った。

 そして、大勢の大切なものを失ってしまった。


 彼にとって、伯爵や特別隊は重要な意味を持つ場所だったのだ。

 あんなにいつも文句を言って、喧嘩ばかりしていたのも、それが彼なりの愛情表現だったのだろう。


 けれど、彼はそれを守れなかった。

 守れると思っていた、けれどすべて失ってしまった。


 もとより孤独感と共に生きていたであろう異界の少年にとって、ようやく手に入った仲間との死別は、私などでは想像も出来ないほどの痛みを伴うのだろう。


「……私ですらこれだけ苦しいのですから、無理もありません」


 私の中にも、故人を想って悲しむ心は残されていた。リリィに叱咤されてそれは自覚出来た。

 出来てしまった以上、私以上に特別隊への依存度が高かったユーゴが、私以上に苦しんでいることは想像に易い。


「食事を摂ってくださるのだけは救いですね」

「あの思い詰めようですから、いつ魔が差してしまうかも分かりません。出来る限り見張りを付けるようにはしていますが……」


「……いえ、彼は自害などしないでしょう。それは、食事を拒まないことからも明らかです」


 ユーゴは今、深過ぎる悲しみの中にいる。

 二十日経った今でも言葉を発せられないほどの、強過ぎる痛みを感じてしまっている。


 けれど、彼はそれで自暴自棄になどならない。これだけは確かなのだ。


「彼も自覚があるのです。託された、残された、希望を見出されて逃がされたのだ、と。責任感の強い彼が、それを投げ出して自刃などする筈がありません」

「ただ……いつになればその傷が癒えるのか……という点については……」


 私には義務がある。義務感ではなく、義務が。

 やらなければならないという思いだけではなく、明確なすべきことが、黙っていても押し寄せて来る。


 現時点での彼にはそれが無い。

 どんなに屈強な精神を持ち合わせようとも、人は内在する気持ちだけでは動けないくらい参ってしまうこともあり得る。


 今の彼に必要なのは、回復を待つだけの時間とともに、無理矢理にでも没頭せざるを得ない仕事なのかもしれないな。


「しかしそれも、今の彼に任せられる仕事など存在しないというのが現実。どれだけ聡明であろうと、王の仕事を任せるというわけにもいきません」

「以前は手伝って貰っていましたが、それも責任感と私を手伝いたいという優しさから来ていたもの。義務として押し付けて良いものではありませんから」


 こんな時、ジャンセンさんがいてくれたならば。


 彼ならばきっと、今のユーゴを立ち直らせる為の策を……荒療治にはなってしまうかもしれないけれど、彼が奮起するだけの材料を揃えてくれただろう。

 つくづく思い知らされるのは、私の無力さばかりだ。


「……陛下。ひとつだけ、彼の転機になり得る出来事が近く起こりますよ。もうすぐ到着する筈です、かの大国からの支援部隊が」


「……っ! そうでした。特別隊の……ジャンセンさん達の代わりにとは思いませんが、しかし部隊が到着すれば私達もまた解放作戦へと打って出られます」

「そうなれば、自ずと彼も同行することになりますから、義務によって外の空気を吸い、また新し出会いを経て、少しでも心を回復させてくれれば……」


 とはいえ、簡単には行かないだろう。

 少年の幼い心が、すぐにこの喪失感を忘れられるとも思えないのだから。


 けれど、間違いなく刺激にはなる筈だ。

 良くも悪くも、彼の中には変化が生まれ得る。


 現状を思うに、たとえそれが悪感情だったとしても構わない。

 怒りや悲しみのような負の原動力ですら惜しいのだ。


「もう一度戦って欲しい……と、そんな思いが無いとは言えません。やはり、彼の力無くしてはすべての民に希望を見せるなど難しいでしょうから」

「けれど……それよりもまず、もう一度笑って欲しい」

「救うべき民のひとりとして、あの幼い少年にも、また笑顔になって欲しいのです」


 リリィは私の言葉に笑顔で頷いてくれた。

 そしてすぐに真剣な表情を取り戻し、その前に現状の復興を急がないと。と、私の背中を押してくれる。


 そうだ、ユーゴについては今は待つしか出来ない。

 ならば、その間に私がすべきことをひとつでも多く終わらせておこう。


 また彼にのろまと言われてしまわないように。

 そして、次こそは彼の足を引っ張らないように。




 そして、更に五日が経った。

 ユーゴは相変わらずだったが、私のもとには嬉しい報せが届いていた。


 それは、ウェリズの港からの連絡――かの大国、ユーザントリアからの援軍が到着したとの報せが届いていたのだ。

 そして……


「――陛下、式典の準備が整いました」


「はい、すぐに向かいます」


 たった今、派遣された部隊がランデルへ着いたようだ。


 この時をずっと……諸国へ救援要請を出してからという意味ならば、もはやいつだったかも思い出せないくらい長い間待っていたのだ。


 そしてそれは、私だけの話ではない。

 貴族も議員も、使用人も、民も。皆がこの増援を待ちわびていた。


 それに、ユーザントリアと言えば、軍事力に長ける大国だ。

 戦争に勝利し続け、国土も、高い国力も手にした、絶対的強国。


 その軍事国家からの派遣部隊ともなれば、特別隊の穴を埋めるどころか、この国が過去に保有していた最大戦力をも上回るかもしれない。

 期待するなと言う方が難しいだろう。


「――っ」


 宮を出て、馬車に乗って、国軍の軍事演習場へと向かう。

 そして眩い日差しの下に一歩踏み出せば、そこにはアンスーリァの軍が式典の為に列を組んでいた。


 この向こうに、ユーザントリアの部隊がある。

 期待に胸を膨らませ、私は少し急ぎ足で用意された席へと向かって……そして……


「――――え……」


 つい、声が出てしまった。


 我が国の軍に囲まれた真ん中に列を成し、こちらへ敬礼していたのは、確かにユーザントリアの軍隊だった。


 胸に太陽の意匠を彫り込んだ騎士甲冑は、陽光を浴びて銀に輝いている。


 確かに、素晴らしい部隊であることは間違いない……のだろうが……


「――ユーザントリアより派遣されて参りました。太陽の騎士団、ここに到着致しました」

「ご拝謁の席を設けていただき、心より感謝申し上げます。フィリア=ネイ=アンスーリァ国王陛下」


 そこにあったのは、およそ五十名ほどのわずかな部隊だけだった。


 先頭に立っていたひとりが膝を突いて、それに倣って部隊のすべてが私の前に跪く。

 その統率の取れた動きや、それぞれの表情を見れば、かなりの手練ればかりが集まっていることは分かる……のだが……


「……っ。遠路ご苦労様でした。ユーザントリア、太陽の騎士団の皆さん。この度は救援要請にお応えいただきありがとうございます」

「それで……その……申し上げにくいのですが、まだ他の部隊は到着していない……のでしょうか」


「はっ。私、派遣部隊部隊長、ヘインス=コールが答えさせていただきます。派遣された部隊は、ここにほぼすべてが到着しております」


 ほぼすべて……到着して……っ。

 ヘインスと名乗った先頭の騎士は、三歩前へと躍り出てそう答えた。


 ま、待って。待って欲しい。これでほぼすべて……だって……?

 これではとても、どれだけの腕利きが揃っていようと、特別隊の穴を埋めるのが精いっぱい……いいや。

 ジャンセンさんやマリアノさんのことを思えば、それにすら満たないかもしれなくて……


「……ほぼすべて……ということは、まだ合流していない部隊があるのですよね。そちらはどの程度の人数が、いつごろ……」


「はっ。我々より先行してアンスーリァへ入国していますので、数日中にはこのランデルへと到着するものと思われます。人数は二名です」


 二――っ。たった……ふたり……?

 ヘインスの言葉を聞いて、私は意識を半分失い掛けてしまった。

 膝を折りそうになって、そしてそのままふらりと椅子へ座り込む。


 そんな……たったふたり……っ。

 総勢で六十にも満たない部隊で、いったい何が出来るというのだ。


「……分かりました、ありがとうございます」

「長旅で疲れたでしょう。皆さんが寝泊まりする宿舎を準備してあります。案内させますので、どうかゆっくり休んでください」


 あてが外れてしまった。

 いいや、もとより高望みし過ぎていたのかもしれない。


 いくら強国とはいえ、ユーザントリアも自国の問題で手いっぱいなのだ。

 それに、あの国は魔王の支配圏からとても近かったのだから、そちらへの対応や復興に人を取られてしまっていて当然。

 それを……私が勝手に……


「……アンスーリァ国王陛下。このヘインスに発言の許可をいただけますでしょうか」


「……え……? あ、ああ……はい、良いでしょう」


 いけない、あまりにも態度が露骨だっただろうか。

 しかし、隠そうと思って隠せるだけの落胆ではなかった。

 すごく無礼な態度だっただろう、それを咎められることに文句は無い。


 だが……発言を……?

 部隊長と名乗った彼は、いったい何を言いたいのだろうか。


「――陛下のお気持ちはお察しいたします。軍事派遣という名目でありながらこの少数部隊では、さぞ落胆されたことでしょう」

「ですが――部隊長ヘインス=コールが、命に代えても保証いたします」

「我々は強い。そして――後に合流するふたりは、我々全員より――いいえ。ここにいるすべての軍人よりも、圧倒的に強い」

「そういった特別な戦力を――ユーザントリアが誇る最大戦力を派遣して参ったと、自信を持ってそう宣言いたします」


「……ここにいる全員よりも……特別な……ですか」


 それは……少しだけは気が紛れる情報だ。ありがたいことには変わりない。

 落胆が大き過ぎて、こんな些細な情報ですら今は嬉しく思えてしまう。

 つまるところ、マリアノさんの穴埋めが出来そうな人材もいる……ということだろう。


 それでも、私はまっすぐ立って歩けないくらい打ちのめされて、派遣部隊の撤収を見届けてから宮へと戻った。


 失ってしまった特別隊の精鋭の穴を埋められた、と。

 前を向いて、出来るだけそればかりを考えるようにしながら。

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