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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第二百三十三話【打開はならず】



 ズシン。ズシン。と、地鳴りが続く。

 それは自然現象などではなくて、明らかに異常な現象によって誘発されているものだった。


 魔獣が――巨木ほどもある大きな魔獣が、空中に現れては地面に叩き付けられる。

 落下したばかりのそれが、今度は真っ二つに割れてそのまま転げ落ちる。

 その度に地面が揺れて、そして――


「――どこまで、耐えられるでしょう。貴方は、どこまで、行くのでしょう」


「っ。バカにすんな――っ!」


 すべての魔獣が切り刻まれれば、また空中から魔獣が――それまでよりも多くの魔獣が落下し始める。


 なんと不毛な繰り返しだろう。

 現時点では、部隊に被害らしい被害は出ていない。

 ただそれでも、繰り返されれば変化は訪れてしまう。たとえば……


「――っ。ユーゴ! 道を――馬車の通れる道を確保してください! このままではマリアノさんが――っ」


「分かってる! すぐやるから待ってろ!」


 落下してくる魔獣は、何もユーゴだけを狙っているわけではない。

 いいや。むしろ彼を避けて落とされてさえいる。


 それは私の頭上であったり、部隊の上空であったり。

 そして……ようやくカストル・アポリアへ出発出来るようになったと思われた、負傷したマリアノさんを乗せた馬車の真上であったり。


 とにかく、こちら側に損害さえ出せれば、それが致命傷にならなくても構わないといった攻撃に思えた。


「どこまで、耐えられるでしょうか。どこまで、耐えて、進めるでしょうか。どこまで、行くのでしょうか。貴方は、どこまで――」


「――うるさい――っ! 同じことばっか言って――いい加減うざいんだよ――ッ!」


 けれど、あらゆる攻撃を――増え続ける魔獣を、ユーゴはすべて蹴散らして見せている。

 そしてその度に強くなっている――筈だ。

 或いは、まだまだ余力を十分に残している。

 でなければ、増え続ける魔獣のすべてに対処するなど不可能だろう。


 少なくとも、私の頭上に現れる魔獣については、回数を重ねるごとに手早く倒されているように思えた。

 そうしなければ、他の場所を守れないから。


「出来る限り一か所に! 小さく纏まってください!」

「周囲に現れる魔獣には弱くなるかもしれませんが、頭上からの攻撃を少し減らすことが出来る筈です! ユーゴの負担を少しでも軽減します!」


 彼はすべてを守ろうとしている。いいや、守らなければならない。

 ならば、普段私が言われていることを、皆にも実践して貰わないと。


 守りやすいように、守られやすいように。

 となれば、まずは直接攻撃の手を減らすべきだ。


 落下までのわずかな時間で対処しなければならない頭上の魔獣は、ユーゴがどれだけ強くなっても厄介なことには変わりない筈だ。


「……っ。ジャンセンさん! すみません、戻ってください!」

「攻撃の射程距離が分からない以上、離れればそれだけ危険に晒されてしまいます! もう少しだけ――大きな隙を作るまでは、もう少しだけ耐えてください!」


 馬車は私の指示を受け、すぐに方向転換してこちらへ戻って来た。

 と言っても、さしたる速度も出せずに立ち往生していたに等しいのだが。


 とにかく部隊を小さく、魔女の攻撃範囲を狭めないと。


「周辺へ警戒を――魔女の召喚する巨大な魔獣ではなく、野生に存在する魔獣への警戒を強めてください!」

「この血のニオイを嗅いで襲ってくるかもしれません! 私達で対処出来るものには可能な限り対処を!」


 きっとユーゴならばそんな些細な差は問題にならないかもしれないけれど、彼の負担をほんの僅かでも減らしたい。

 だが……っ。


 私に出来ること、部隊にさせられることは、もうこれ以上無い。


 魔女へ攻撃を加えようにも、マリアノさんの攻撃や、短銃による射撃すらもが無意味な相手だ。

 列を組んで一斉射撃でもすれば効果があるのかと、それを確かめる気にすらならない。


「どこまで、耐えられるでしょう。どこまで――いつまで、どれだけ、耐えて、苦しめば、理解するでしょう」

「その、進化に、大きな、意味が、無いことを。個体の、限界は、必ず、訪れるのだと、いつ、理解するでしょう」


「っ。ユーゴ! 必ず――必ず勝機は来ます! こらえてください!」

「貴方の言う通り、魔獣の数が無限というのはあり得ません! これだけの数を既に倒しているのですから、あちらの戦力も大幅に減少している筈です!」

「必ず――貴方ならば必ず、最後の瞬間まで耐えられます!」


 魔女の言葉には、相変わらず挑発の意図を感じない。

 本心からの疑問を口にしているだけのようだ。


 けれど、それでもその問いは必ず精神に重たくのしかかる。


 極限状態のユーゴにとって、思考に入り込むネガティブな情報は致命的になりかねない。

 だから私は、出来る限りの大声で彼に声援を送った。それしか出来ないから。


「……こんなことしか……っ」


 ぎゅうと握り締めた拳の、手のひらにじくじくとした痛みが出始めた。

 どうやら、強く握り過ぎて爪が皮膚を突き破ったらしい。


 私の中にあるのは、ただただ悔しいという感情ばかりだ。


 私が指揮を執り始めてから――ジャンセンさんにマリアノさんの付き添いをお願いしてから、状況が少しでも変化したか。

 何も――ユーゴが懸命に現状を維持してくれているばかりで、何も策を打てていない。


 何も……私では何も……


「……ッ。すう……はあ……っ。集中力を切らしてはいけない。ここで私が自棄になっても、ものごとは何も好転しない。今はただ、ユーゴを信じるしかないのです」


 ぐっと奥歯を噛み締めて、己の無力さを飲み下す。


 今してはならないのは、自ら危機を招いてユーゴの負担を増やしてしまうこと。

 現状が維持出来ているのならば――それが安定しているのならば、このまま消耗戦に持ち込んだ方が良い。


 もちろん、ユーゴの体力の問題もある。

 だがそれ以上に、他に生き残る可能性を感じないのだから。


「――どこまで――耐えて――」


「――っ。クソ――このノウメン、いい加減飽きて来たぞ」


 頭上でまた魔獣が倒されて、それからすぐに変化が起こった。

 私の目の前にユーゴの背中が現れたのだ。


 今までずっと高速移動を続けていたユーゴが、ここへ来てその脚を止めてしまった。

 まさか、体力の限界が……


「――得意じゃなかったけど――今なら――っ!」


「不思議な、ことを、しようと――」


 私が不安と恐怖に見舞われる中で、ユーゴはその場にしゃがみこんで何かを拾い始めた。

 それは、泥にまみれた小石だった。


 手のひらにいくつも石を集めて、そして――


「――っしゃぁ!」


――パァン! と、空気の爆ぜる音がした。

 ユーゴは身体を大きくひねって、その石を纏めて投擲したのだ。


 槍を投げるのとも違う投げ方だったが、その動きには一切の無駄が無いように見えた。


 そうして投げられた――いいや。

 射出された石つぶては、広範囲に撒き散らされて魔獣の肉体をも貫通してみせる。


「――よし、行ける。フィリア、石集めといて。今ならこんなのでもアイツら倒せる」

「近いのは剣で倒すけど、もう遠くまで走るのめんどくさい」


「め、めんどくさい…………いえ、分かりました。貴方の消耗を少しでも軽減出来るのならば」


 な、なんて危機感の無い理由で……と、初めはそう思った。

 だが、状況が状況だ。もしかしたら、このままいけば限界が近いと悟ったのかもしれない。

 あるいは、もっともっと長期戦になる可能性を視野に入れているのか。


 どちらにしても、彼がそうすべきだと判断したのだ。私はそれに従おう。


「皆、足下の小石を拾って集めてください。あまり小さ過ぎても大き過ぎてもいけません」

「ユーゴが投げやすいように、程良い大きさの石を探すのです。携帯用のビスケットと同じくらいの大きさの石を」


「いや、別になんでもいいんだけど……」


 私の指示に、ユーゴは少しだけ呆れた顔をこちらへ向けてくれた。


 もしや、彼には少しだけ余裕が出て来ているのか?

 今の投擲も、進化に進化を重ねた結果だとすれば、彼はどれだけ強くなっているのだろうか。


「……面白い、ことを、しますね。投擲という、手法は、知っています。けれど、それは、ここまでの、威力を、誇るもので、なく、また、同時に――」


「――うるさい。お前もいい加減黙れ」


 パチン! と、また空気が爆ぜて、それから魔女の身体が大きく翻った。

 ユーゴは魔女へ向けて石つぶてを投げたらしい。


 しかし、魔獣の肉体をも貫通する威力、速度のそれを、魔女は回避してみせた。


「……アイツはこれじゃ倒せないか。でも、魔獣を蹴散らすのに時間が掛かんなくなれば、アイツを直接叩くチャンスも――ッ」


 ユーゴの言葉を遮って、突如大きな――魔獣の落下時よりも大きな大きな地鳴りがした。

 しかし、周りを見回しても魔獣はどこにも落下していない。

 それどころか、周囲に現れてすらいない。


 では、今の音はいったい――


「――どこまで、耐えられるでしょうか。貴方は、どこまで、強くなるでしょうか。どこまで、面白くなるでしょうか」


「――っ! しまった――もう――」


 ズ――ズズ――と、足下が深く沈み込むように縦に揺れた。


 しまった。と、ユーゴの言葉を耳にした時、私も――その場にいた全員も、その原因を思い出す。


 まるで示し合わせたように全員が慌てて頭上を見上げれば、そこには魔獣の姿があった。

 落下する魔獣ではなく、上空に漂う魔獣の頭部が――――山よりも高い位置からこちらを見下ろす、番号十四と呼ばれた魔獣の姿があったのだ。

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