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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】

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第二百二十五話【相容れもせず】



 魔女。

 それは、自らをそう呼ばれるものだと言った。


 そう名乗ったのではなく、そう呼ばれるものと、そう名乗るものと同種である、と。

 そう言った。


 そしてそれは、私が付けた無貌の魔女という呼称を気に入った様子だった。

 贈り物であると、喜ばしいことであると、純粋な感情を見せている。だが……


「――頼まれた――と、そうおっしゃいましたね。それは、私達を殺すように……でしょうか」

「貴方に頼みをした人物にとって邪魔な私達を退けるように。と、そう遣わされたと受け取っても構わないのでしょうか」


 あまりにも無垢で、あまりにも子供のような感情の露出度に、私以外にも動揺を隠せないものもある。


 だが、それでも忘れてはならない。

 目の前の無貌は、ほんの数瞬前に私達を攻撃し、部隊に大打撃を与えているのだ。


 それに、恐らくだがこの魔女の口にしている番号というものは、魔獣を指し示す分類なのだろう。

 罠の先で私達を待ち構えていた巨大な魔獣を、番号四十七、と。

 そして先ほどジャンセンさんが迎撃してくれた群れを、三桁の番号だと。


「はい。おっしゃる、通り、です。親愛する、ものが、望むのです」

「貴女、を。貴女達、を。発見し、攻撃し、そして、淘汰して、欲しい、と。そう、望まれました」


「淘汰……ですか。また物騒な頼まれごとを、あまりにもあっさりと受け入れたのですね。貴方には自己決定意志はあるのでしょうか」

「今の話を聞く限りでは、頼まれたから――その親愛するものに言われたからそうしているだけ……と言ったようにも聞こえますが」


 挑発に意味は無い。きっとカマかけにも意味は無い。

 この無貌の魔女は、何かを隠そうと――企みをしようという考えを持たない。

 ずっと垂れ流しになっているその感情からは、そういった人物像が浮かんでくる。


 いいや、人間ではないものに人物像という言葉もおかしいか。


 しかし、そんな単語を浮かべてしまうくらい、それはあまりにも人間臭いしぐさをするのだ。

 それに、こうして意思疎通が可能な時点で……っ。


「……いいえ。自己決定も、します。ただ、この件に、ついては、望まれた、から、というだけ」

「頼まれた、望まれた、ならば、叶えて、あげたい。これも、また、自己意志に、よる、決定だと、考えます」


「……そうですね。貴方の言う通りです」

「人に言われたのであろうと、そうで無かろうと、実行を決意するのは本人にしか出来ませんから」

「それを自覚しているということは、先ほどの攻撃も……そして、今こうして私と会話をしていることも、貴方の意思によるもの……で、間違いないようです」


 もう少し――ほんの僅かでもいい。この存在について知りたい。知らなければならない。


 これは敵だ。

 私達を害すると明確に表明した、まごうこと無き敵なのだ。


 だが……その正体について、私達は一切の情報を得られていない。

 このままでは戦うことも難しいし、勝った後にも何も残らない。


「貴方が信愛しているという人物……組織は、魔人の集いというものではありませんか? その中のひとり、ゴートマンという女性に覚えがある筈です」

「少なくとも、今こうして私達と対峙しているということは」


「――魔人の集い――はい、知っています」

「ゴートマンは、私の、親愛する、ものの、ひとつです」

「今、ここに、立って、貴女達を、攻撃した、のは、彼女の、頼みが、あったからです」


 そうですか。と、私は拳を固く握ったままそう答えるしかなかった。


 あまりにも純粋なそれは、私の問いにいちいち真っ直ぐな返答をくれる。

 嘘のつけない子供のようだと私自身も何度も言われてはいるものの、それとすら比較にならない無垢さだ。


 だが、無貌の魔女がどれだけの幼さを、無垢さをかもそうとも、事実は消えない。

 これは魔人の集いの一端で、私達を殺しに来たもの。

 ゴートマンと志を同じくするもの。


 私を――王政を恨む…………?


「……もうひとつ、尋ねても構いませんか」

「貴方はゴートマンへの親愛だけで、今こうしてそこに立っているのですか。他の理由――貴方自身の感情による決定はそこに無いのでしょうか」


 このものは、私達を恨んでいるのだろうか。


 これは人ではない。

 ならば、政治への関心などもある筈が無い。


 乱暴な分類をしてしまえば、これは喋るだけの魔獣に過ぎない。とすると……


「……難しい、質問、ですね。親愛する、ものの、頼みは、断りたくない。これは、自己による、決定です」

「しかし、確かに、自発的な、理由では、ないかも、しれません。ですが……」


 ですが……と、無貌の魔女はそこで言葉を止めて、何も見ずにぼうっと黙りこくってしまった。

 いいや、もしかしたら何かを見つけて、それに気を取られているのかもしれない。


 だが、貌の無いそれの見ている先など、私達からでは理解出来なかった。


「…………いいえ。やはり、これは、自己意志に、よる、決定です」

「親愛する、ものの、期待に、応えたい。同時に、親愛する、ものと、ともに、ありたい」

「と、考えた、際に、最も、意義の、ある、行動を、自ら、選んだのです」


「では、貴方には恨みや動機らしいものは無いにせよ、ゴートマンが恨んでいるからという理由で、私達を攻撃すべき外敵だと考えている……と、そう受け取って構いませんか?」


 はい。と、無貌の魔女は頷きながらそう言った。


 ああ、頭が割れそうだ。

 目の前のそれが人らしい行動をする度に、その外観との齟齬で世界が狂ってしまったように感じる。


 眼も鼻も無いのっぺりとした頭部が少しだけ動こうと、それに意味があるのかどうかもこちらからは判別が付かない。


「……ああ。そうでした。まだ、答えて、いない、問いが、ありました」

「すみません、あまり、話を、するのが、得意では、ないので」


「いえ、構いません。貴方が人でない以上、こうして言語によるコミュニケーションを図れているだけでも望外なのですから」


 魔女はまたゆっくりと……けれど、先ほどよりも深くまで頭を下げた……気がした。

 これに攻撃意思は本当にあるのか。と、今更になってそんな疑念さえ浮かんでしまいそうだ。


 無垢な感情、ゆったりとした行動、そして真実を連ねるだけの言動。

 そのどれもが悪人からは程遠くて、気を抜けばエリーを相手している瞬間をも思い出してしまいそうだ。


「貴女は、確か、目的を、問いました」

「攻撃を、した、理由に、ついては、今、説明を、終えましたが、しかし、それ以外にも、貴女は、もうひとつ、尋ねて、いました」


「……そうですね。すみません、私がせっかちに問いを続けたというのに、律義にひとつひとつ覚えていてくださったのですね」

「配慮が足りなかったことをお詫びするのと同時に、それを指摘し、回答していただけることへの感謝を」


 そう……だったな。


 攻撃をした目的は聞いた。

 だが、攻撃目標の中にあった筈の私を、わざわざこうして生かしている理由はまだ聞いていない。


 忘れていたわけではないが、喋らなかったということは隠したい理由があるか、或いは単に意味が無いものだと勝手な判断をしてしまっていた。


 いいや……そうして納得したかっただけなのかもしれない。

 これにも悪意があり、何かを隠そうとする俗さがあるのだ、と。


「貴女を、攻撃しなかった、のは、これも、また、自ら、決定した、ことです」

「親愛する、ものからは、最優先で、殺す、ようにと、言われて、います」

「貴女の、外見的な、特徴と、名前に、ついても、把握して、います」

「女王、フィリア=ネイ。アンスーリァという、国の、王様。つまり、人間の、代表。間違って、いるでしょうか」


「……そこまで大仰なものではありませんが、おおよそその通りです」

「私はアンスーリァ現国王、フィリア=ネイ。そして……ゴートマンや魔人の集いに属する人々が恨む、王政を代表するものです」


 貴方の認識に間違いはありません。と、私がそう答えれば、無貌の魔女はまた小さく頷いた。


 しかし……まったく嫌な話を平然とするものだ。

 ようやく……と、期待などはしていたつもりも無かったが、そういう言葉を選んでしまいそうになる。


 ようやく、これが人間らしさから離れた言動を取ってくれた。


 殺せと言われた。

 しかし、自己意志でそれをしなかった。

 それ自体は人間らしい決定とも取れる。


 だが……それの意味するものは、あらゆる決定の矛盾だ。


 この魔女は先ほど、ゴートマンの頼みだから攻撃したと言った。

 大勢を殺した。


 しかし、私に対してはそれをしなかった。

 名指しで殺すようにとすら言われていたのにもかかわらず、だ。


 ゴートマンに親愛の情を向けていながら、それを裏切るような決定をした。

 殺しが嫌だったわけでもなければ、誰が標的か理解出来ていなかったからでもない。


 しかし、それを自己決定した、と。


 この理解しがたい矛盾は、理解しがたい存在らしくて安心さえしてしまう。


「……では、もう一度その件について尋ねます」

「貴方は何故、そう決定したのでしょうか」

「頼まれていたにもかかわらず、ゴートマンに親愛の情があるにもかかわらず、どうして私だけを殺さなかったのか」


「……それは、簡単な、問いです。とても、利己的な、ことで、申し訳、無いの、ですが――――その方が、楽しいと、思った、からです」


 楽しい、ことは、最後に、残したい、から。と、無貌の魔女は感情の起伏のひとつも見せずにそう言い放った。


 ああ――なんとも安心な言葉だ。

 目の前のこれは、見た通り理解出来ない異常な存在だ。


 背筋の凍る恐怖と不安に、私はようやく安堵した。


 これは、私が守りたかったものの慣れの果てではなかったのだ、と。

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