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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第二百十七話【出だしは上々】



 出発の直前には不安があった。

 ユーゴの集中が乱されて、イライラしているのが目に見えて、あまつさえそれがマリアノさんにまで悪影響を及ぼしてしまった。


 勘違いなどではない。

 つい先ほどまで――いや、今のこの瞬間にも、あのふたりは互いに不毛な苛立ちをぶつけ合っている。


 その矛先が、たまに魔獣に向くときがあるだけといった感じだった。


「こ……これはどういうことなのでしょうか……?」

「いえ、あのふたりならば、魔獣程度はたとえどんな精神状態でも問題無い……と、それだけのことだと言われてしまえばそれまでですが……」


 もしそうだとするのならば、さっきまでの私の心配はなんだったのだ。


 まあ、私の杞憂で全てが片付いた……というのなら、もう甘んじて受け入れよう。

 私がひとりでバタバタしていただけ、無駄な心労だったのだと。


 けれど、とてもそうとは思えない。

 だって、集中していなくても平気だというのは、集中を阻害する理由にはならないのだから。


「あのふたりにはあのくらいがちょうどいいんだよ。いや、姉さんは自分でその辺コントロール出来るけどね。ただ、ユーゴはまだ甘いから」


「あのくらい……とおっしゃられても……ええと……」


 ええと……と、私はどうしてもその言葉の意味を理解出来ずに言いよどむしかなかった。


 な、何を言っているのか分からない。

 集中状態を崩してまで喧嘩をさせて、その結果良い方向にことが運ぶ……なんてことがあるのか。


 そしてそもそも、今のこれが集中して望んでいた未来よりも良いという可能性が存在してしまうとでも言うのか。


「ほら、ユーゴは自分でイメージした分だけ強くなれるんだろ? それには多分、高い集中状態が必要だ」

「戦ってる最中に次手を想像するってのは、それなりに鍛錬組んでないと難しい」

「アイツは強いけど、武術だとか戦闘の技術についてはただのガキだからな」


「そうです、その通りです。なので、今朝の集中状態を見て、私はより一層の信頼を…………そ、それが分かっていて、煽るようなことを言ったのですか!?」


 つい大きな声が出てしまって、ジャンセンさんにも苦い顔をされてしまった。

 いえ、苦い思いをしているのは私なのですが。


 ユーゴの特性と、彼にとって良好な状態を理解した上であんなことを言ったのだとすれば、それは……


「まあまあ、そう焦らない」

「アイツが集中すべきなのは、本当にヤバいやつが出てきたときだ。それまではむしろ頭の中空っぽの方が良い」

「思考ってのは、身体動かすのと変わんないくらい疲れるからね。特に、瞬間的な決定を繰り返すようなのは」


 でも、アイツにはまだ加減が出来ない。と、ジャンセンさんは真面目な顔になってそう言った。


 確かに、座り仕事で頭を酷使すると、しばらく文字列が理解出来なくなるようなことがある。

 ユーゴならばそんなものとは無縁だ……と、そうは行かないことも理解しているつもりだ。


「今回の作戦、犠牲が出るのは仕方ないとしてる。それはなんでかって言ったら、敵の強さ以上に、局面の煩雑さと、時間の長さが原因だ」

「ユーゴは特に、こんな大勢で戦う場面なんて経験が無い。それでもアイツは、精一杯の力で“全員”を守ろうとする」

「そうなると、必要以上に進化を求めて思考を繰り返す危険性があるんだ」


「……ええと……はい、そうですね。ユーゴは口ではああですが、ジャンセンさんやマリアノさんも含めた全員を守りたいと願っています」

「だから、犠牲などひとりも出さないようにと奮闘するでしょう。そしてその結果、今以上に進化して……」


 強くなって……そして……疲れ果ててしまう……?

 私がゆっくり絞り出した答えに、ジャンセンさんは小さく頷いた。


「この局面に適応する為だけに進化を繰り返して、状況が変わった時に疲れ果てて対処が遅れるっていうのが一番最悪なんだ」

「犠牲が出ることは失敗じゃない。作戦がとん挫するとしたら、それは姉さんかユーゴに限界が来た時だ。もしもそんな状況が訪れたら……」


「私達は全滅さえも余儀なくされてしまう……っ。とすると……ユーゴの進化を……思考を一時的に停止させる為に……」


 彼の精神に余計な波風を立てて、冷静さを無理矢理はく奪したというのか。


 たしかに、しばらくは何も考えず――周りの犠牲にも目を向けず、ただがむしゃらに目の前の敵だけを倒せと命じられたとしても、ユーゴは絶対にそうしない。出来ない。


「アイツに求められてるのは、本当にどうしようもないやつが出てきたときの対処だ。だから、フィリアちゃんと一緒に一番後ろに控えさせるのがベストだと俺は思ってた」

「でも、アイツは前に出たがった。フィリアちゃんも、他のやつらも守れるようにって」

「そこも尊重しながらアイツの力を温存しようと思ったら……」


「煽って冷静さを欠かせ、進化に必要な想像力を失わせておくことが最良だった……と。そ、そんな不合理な……」


 不合理だが……しかし、腑に落ちた。


 ほら。と、ジャンセンさんに促されるままに覗き窓から前を見てみれば、そこには普段よりも落ち着きの無いユーゴの姿が――落ち着きが無く、精度も落ちているのに、それでも変わらず魔獣を蹴散らす彼の姿があった。


「アイツは現状でもう十二分だからね。姉さんの力があれば十分、それより強いアイツは多少手を抜くくらいでもまだ過剰。だから、進化を止める危険性も低い」


 本当に危険な敵が出現すれば、苛立ちなど忘れて集中するだろう。そういうところの切り替えは早い子だから。

 しかし……意図も意味も、それに利も理解したが……


「……も、もう少し言葉を選んであげられなかったのですか……?」

「いつも貴方には怒ってばかりいますが、今朝は普段よりも……その……」


「あっはっは、まあそうなるよ。ちょっとしたことじゃアイツ本気で怒んないだろ。ガキのくせに冷めてるからな」

「だから、もう目一杯煽って、はらわたぐつぐつにしてやんないとダメだったの」


 そ、それもまあ理解は出来るが……なんというか……


 ジャンセンさんの策謀に乗せられて戦っているユーゴが、だんだんと哀れに思えてきた。

 完全に手のひらで踊らされている感じだ。


 これが人を使う、人心を掌握するということなのかもしれないが……


「さてさて、前ばっかり見てないで後ろも確認しとこうか。まだ大丈夫だとは思うけど」


「っと、そうでした。今日は私よりも後ろに隊があるのでしたね」


 まだふたりからあまり目を離したくなかったが、しかしそればかりでもいけない。

 馬車の後方から身を乗り出したジャンセンさんに続いて、私も部隊の後部を確認する……為に身体を乗り出して……目を凝らすけれど…………


「い、いつの間にかこんなにも離れてしまっていたのですね。もう最後尾などどこにも……」


「ま、どうしても間隔は開いちゃうよ。それに、今日は雨で視界も悪い。一番後ろまで視認するのは無理かな」


 そ、それではどうやって確認をするのですか。

 いえ、だからこそ普段はジャンセンさんも隊の中腹にいたり、自由に移動出来るように工夫していたりするのでしょうが。


「んー……ま、そろそろ確認しときたいのは事実だからね。説明がてらサクッとやっちゃいますか」


 ジャンセンさんはずいぶんと気軽にそう言って、そして馬車の奥の木箱を漁り始めた。

 それから短銃を引っ張り出すのを確認すれば、流石に私でも何をするのか理解出来る。


 考えてみれば、そういうのは国軍もずっと使っていたし、私達だって頼りにしていたではないか。


「信号弾……その手がありましたね。いえ、冷静に考えれば、すぐに思い付くべきものだったかもしれませんが」


「軍のやつほどしっかりはしてないけどね。それでも、部隊間でのやり取りくらいは出来る。今日くらい間延びしててもぎりぎりなんとかなるよ」


 ぎりぎり、か。となれば、こういったものも国軍の倉庫から拝借してくれば良かったな。


 やはり、特別隊の物資……延いては、かつてジャンセンさん達が使用していた道具類については、どうしても旧式のものや、精度の悪いものが見受けられる。

 遠征を繰り返すうちに問題が起こりかねない、早く対処しておこう。


「お、上がった上がった。うん、問題無し、と。今のところは後ろも特に変なことは起こってないみたいだね」

「ま、出たばっかりでいきなり後ろ取られてたなんてことがあったら、それはそれで出直さなきゃだけど」


「そうですね、今回はどうしても後方が弱いですから」


 隊の皆の実力を疑うわけではないが、しかしユーゴとマリアノさんが前方に固まってしまっている以上はな。

 それに、雨で進行が遅い分、どうしても背後から襲われる可能性も高まってしまう。


「もうひとり、隊の後方を任せられる指揮官がいてくれれば……と、素人考えかもしれませんが、そう思ってしまいますね」

「私がその勤めを果たせたら良いのですが……」


「ま、そうだね。フィリアちゃんにその能力が無いとは言わないけど、経験はまだほとんど無いわけだから」

「そういう意味では、国軍から一部隊借りられると理想ではあるんだよね」


 前方をマリアノさんとジャンセンさんによって、後方を国軍とその指揮官によって纏める。

 ううん……やはり、国軍の召集権を手放したことは痛かったか。


 次以降、大きな遠征の前には議会に軍の出動を申請しておこう。

 断られる可能性も高いが、やらないで苦労するよりは、やった上で文句を言った方がマシだろうから。


 それからも、部隊は何ごとも無く進み続けた。

 食事の為に立ち止まるなんてことも出来ないから、各々が隙間を縫って携帯食料で補給を済ませ、また更に北へ。

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