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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第二百十三話【檄を飛ばす】



 私達がダーンフールの砦へ到着してから二日後の朝、下見に行っていたというマリアノさんが帰って来た。


 たったひとり、馬に乗って駆けて帰って来たその人は、普段よりもずっと荒々しい表情を浮かべていた。


「おかえりー、姉さん。どうだった……なんて、聞くまでも無さそうだけどさ。でも、言葉で説明してあげて。俺にも、こいつらにも」


 そんな彼女に最初に声を掛けたのは、やはり付き合いの長いジャンセンさんだった。


 聞くまでも無さそうだ……というのは、マリアノさんが見てきた景色の話だろう。


 ああ、もう私にも分かってしまった。

 彼女が何を見てきたのか。何を見たらそこまで苛立ちを露わにするのかを。


「……一度しか言わねえ、腹括って聞け」

「ここダーンフールからしばらく進んでいくつかの村を超えた地点から、人間の生息区域は終了していた」

「もう、どこにも町や村は残ってねえ」


――っ。

 覚悟していても、いざ言葉にされるとつらいものがあるな。


 人間の生息区域だなんて奇妙な言い回しを使ったのは、もうどこにも文明が残っていなかったからだろう。


 街、村、集落。建物、衣食住の痕跡。

 それら全てが魔獣によって蹂躙されていたのだ、と。彼女はそう言っているのだ。


「姉さん、今回はどこまで行ったの。いや、どこまでもくそも、何も残ってなかったんだっけ」

「でも、一応さ。地図の上ではどこまで進んだのかだけ教えて欲しい」


「……変な期待ならするな、ジャンセン。こっから先には何もねえ。全部更地で……」


 姉さん。と、ジャンセンさんは請うような表情で彼女に訴える。

 それを受けて、マリアノさんはくっと息を飲んだ。

 そして、飲み下せなかった分を吐き出すように、ゆっくりと話し始める。


「デカい街があったところまでは行ってない。いや、行けてない、か」

「魔獣の数もそうだが、一頭の強さもこれまで見たのとは比較にならねえ」

「オレひとりならまだしも、この後にはテメエらも続く。それに、そもそも馬を失うわけにはいかなかったからな。だから……」


 マリアノさんは言葉をそこでやめて、指で地図の上の点を指示した。

 そこは確かにこのダーンフールからは離れた場所だったが、しかし……ジャンセンさんの気にしているところとも、まだ少し距離があった。


「……期待とか希望とか、そういう話じゃないよ。俺が気にしてんのは、魔人の集いがどこに根城を構えてるのかって話だ」

「小さい街は全部潰されてたんだよね? だとしたら、答えは嫌でも分かるってもんだ」


 アルドイブラ。アンスーリァ北部においては比較的大きな街であり、同時に……ジャンセンさんの生まれ故郷でもあった。


 状況を鑑みれば、まず間違いないだろう。

 魔人の集いは、アルドイブラに拠点を構えている。

 それよりも更に北となれば、もう大きな街は残されていないのだから。


「あるもの利用しない理由は無いからね、たとえ連中が無から発生した組織だとしても」


「……防衛線の外の街の中から発生した組織であれば、なおさらのこと……ですね」


 ジャンセンさんと私の言葉に、マリアノさんは舌打ちをして椅子を蹴っ飛ばした。


 彼女の苛立ちも当然だ。

 現在分かっている事情の全てに、アルドイブラの現状を見せ付けられているような気分になってしまう。


「ま、最悪なのは予想してたしね。それが推測から確信に変わっただけ、やることは変わらない」

「そんなわけだから、早速作戦を立てようか。一日でも早く出発しなくちゃいけないからね」


「はい、その通りです。ゴートマンの能力を……そして、これまでの使用間隔を考えれば、もうあと少しで再使用可能になってもおかしくありません」


 ゴートマンがまた動き出す前に、少しでも解放の手を先へと伸ばさなければ。

 そしてあの魔術師を追い詰め、捕縛してしまわなければならない。


 最も危険な戦力を野放しにしたままでは、とても魔人の集いの本拠地になど乗り込めないだろう。


「おい、クソガキ。隊列の先頭にお前も加われ。オレとお前で道を拓く」

「そのすぐ後ろ、ジャンセンとデカ女はそこに置く。オレとお前のどちらかが必ず駆け付けられる位置に」


「っ。俺が一番前……それは別にいいけど、なんかちょっと弱気だな。そんなにヤバかったのか?」


 弱気というユーゴの言葉には私も同意見だ。


 これまで先頭はマリアノさんひとりが務めてきた。

 いや、それがそもそもおかしな話では合ったのだが、しかしそれを貫いてきたのだ。


 だというのに、ここへ来てユーゴに助力を頼むような提案をするなんて。


「……ああ、かなりマズイ状況だ。ジャンセンもデカ女も、失えば隊の存続に関わる。どっちを失っても、だ」

「なら、守るべきもんは一か所に固める。相手は理性の無い獣だ、わざわざ散らすメリットは無い」


 だから、マリアノさんから一番近い場所に私とジャンセンさんを配置する、と。

 そして同時に、ユーゴを後方に控えさせるメリットも無くなるから、共に最前線を走って貰おうということか。

 なるほど、理に適っている。


「そんで……おい、テメエら。こっから先、テメエらの命の保証はねえ」

「簡単な話だ。ここから先に出る魔獣の全部が、テメエらを簡単に殺すバケモン揃いだってだけだ」

「だから、後ろから襲われたらそのまま盾になって死ね。分かったか」


「っ。ま、マリアノさん、そんな言い方は……」


 いくらなんでも酷だろう。

 私がそう言いかけたところで、隊員達は声を揃えて返事をした。

 短く――応――とだけ。


 その覚悟は最初から出来ていたと言うのだろうか。

 誰の顔にも動揺は見当たらず、気負った様子すらも窺えなかった。


「……それじゃ、隊列については姉さんの決定に従おう。細かいとこは後でもうちょっと詰めるけど、今は大筋を決めることが優先だ」

「こっから先が本当にそれだけ危険だって言うなら、列なんてすぐに崩れてバラバラになっちゃうしね」


「ジャンセンさんまで……どうしてふたりとも不安を煽るようなことばかり……」


 私の問いに、ジャンセンさんはあっさりと笑顔を見せた。


 考え込むことも無かったし、苦笑いでもない。

 開き直ってやけくそになっているのでもなければ、何か考えがあるというのですらない。


 あまりにも当たり前に笑って、そして私と向き合った。


「不安なんて、今更煽られても変わんないでしょ」

「誰かが死ぬ。それは、自分かもしれないし、隣のやつかもしれない。俺か姉さんが死ぬ可能性も当然ある」

「でも、そんなのは分かってたんだ」

「だから、今してるのは現実の確認。安心なんて、そんなのは逃避の先にしかないんだから」


「っ……それでも、皆を励まし、奮い立たせるのが貴方のやり方だと思っていました。それは、私の勘違いだったのでしょうか」


 間違ってもないけど、完全に正しいとも言えないね。と、今度は苦い笑みを浮かべて、ジャンセンさんは視線を私から部隊の皆の方へと向ける。

 そんな彼に、隊員は揃って信頼だけを向けていた。

 過剰な期待も無ければ、恨みや妬みも無かった。


「こいつらのモチベーションはとっくに最高潮だよ」

「こんだけデカい砦建ててさ、女王様の為に国土を奪還するんだ」

「今までは拾いモンの中に住んで、自分の暮らすだけのスペースを強奪するしかなかった」

「でも、その頃からこいつらは、野心を持って俺に付いて来てくれてたし、そういうやつらを選んで連れて来てる」


 ジャンセンさんはまるで演説でもするように、両手を広げ、身体全体を使ってその場にいる全員に語り掛けていた。

 私だけにそれを伝えようとしているのではない。

 しかし、彼の思っている理想を隊員に押し付けているのでもない。


 ただ、事実の再確認をしているのだ、と。


「だからさ、むしろここで無駄な安全をそそのかす方が水を差すってもんだよ」

「そりゃあ誰も死にたくはないだろうが、逃げ出す方がもっと嫌だ。ゴミみたいな生活を続けて、ようやくここまで辿り着いたんだから」

「平和で満足する利口な奴は、とっくに安全な街に派遣してるよ」


 さて。と、ジャンセンさんはわざとらしく大きな声を出して、演説の終わりと作戦伝達の始まりを告げる。

 そうなれば、隊員達もまた更に真剣な表情になって、彼の言葉を聞き逃すまいと耳を澄ませた。


「今回、目的地は無い。そりゃもちろん、全部ぶっ飛ばしてアルドイブラまで行けたら最高だけどな」

「でも、そこまで行ったら多分半分以上死ぬ。命なんて使い捨てるつもりだが、それは今じゃない」

「最優先はゴートマンの捕縛、そして解放地区の拡大だ」

「姉さんが調べて来てくれたとこまでを目標として、まずは魔獣のせん滅に取り掛かる」


 マリアノさんをして危険だと判断された魔獣を相手しながらでは、とてもゴートマンの捜索など出来ない。

 ゆえに、まずは魔獣の掃討を行う、と。


 マリアノさんもユーゴもその決定に納得したようで、何も言わずにジャンセンさんへと視線を向けていた。隊員も同じく。

 そして、皆から目を向けられていたジャンセンさんは、それを確認すると、ゆっくりと顔をこちらへ向けた。


「……分かりました。では、アンスーリァ国王として、並びに特別隊最高責任者として皆に命じます」

「明日より、ダーンフール以北の魔獣掃討作戦を開始します。皆の活躍を願います」


 隊員は皆――ジャンセンさんも、マリアノさんも、ユーゴに至るまでも皆、私の言葉に返事をしてくれた。

 先ほどマリアノさんにしたのよりも更に大きく、力強く。


 明日、ここにいる若者達の中から何名もの死者が出るだろう。

 皆がそれを理解しているというのに、誰の顔にも悲壮感などは見当たらなかった。


 私はそれを、本心から恐ろしいと思ってしまった。

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