第二百十一話【新たな拠点、戦いの準備】
クロープで造船の打ち合わせをしたり、宮でまた追加の予算を請求したり、カンスタンに定期船の増便を依頼したり。
ダーンフールから帰った私は、宮の仕事をする暇も無く各地を巡っていた。
そんな私に手紙が届いたのは、ようやくそれらに区切りが付くかどうかといった頃だった。
差出人の名はジャンセン=グリーンパーク。
当然、ダーンフールの拠点が完成したという連絡だ。
だから、私達はまた――
「――おー、来たね。お待たせ、ふたりとも。出来たよ、とりあえず。まだ街は全然だけど、戦うには十分な設備が整ってる」
「ありがとうございます、ジャンセンさん。これでようやく、ゴートマンの捜索に打って出られますね」
ダーンフールへと戻り、そして完成された武装砦へと訪れていた。
その設備は、ヨロクやカンビレッジにあった砦跡とは比べ物にならない。
放棄されたものを改造したのではない、必要の為にいちから準備した特注の品々。
主にダーンフールの防衛を主としつつ、遠征から帰った部隊が安全に暮らす為の拠点だ。
「これだけ立派な砦が出来るとは、思ってもみませんでした。いえ、これだけ立派な物を作る予定があったからこその予算だったのですね」
「……? だったらもうちょっとケチって良かったんじゃないのか? お金無いんだろ?」
うっ。それはそうなのですが。
ユーゴの言葉に、ジャンセンさんは苦笑いを浮かべてうなだれてしまった。痛いとこ突くな、と。
「節約志向も大事だけどさ、出し惜しみばっかじゃきりがない」
「それに、ここを雑に作れば後にも響く」
「確実に魔人の集いを解体する為にも、その後に街として復活させる為にも。安全の確保は、色んな方面にアピールする必要があるんだよ」
「ふーん。まともそうなこと言ってるけど……でも、お前クズだからな。またなんかせこいことも考えてそうだ」
本当にどうして、こうも喧嘩腰になってしまうのでしょうか。
ユーゴは納得した様子で、けれどそれが不満だと言わんばかりの態度を浮かべている。
自身の納得にすら異を唱えるのならば、それはもう難癖というものだと思うのだけれど……
「ま、ずるいは俺にとって誉め言葉みたいなもんだからな、実際」
「まともに立ち回ってなんとか出来る戦力も、資金も、資材も、それに立場も無かったんだ」
勝たなきゃ負けだ。と、ジャンセンさんはそう言うと、私達を手招いて砦の案内を始めてくれた。
勝たなければ……そうだな、その言葉通りだ。
いえ、その言葉には字面通りの意味しかないのだろうけれど。
「……負けてしまうと、終わってしまいますからね。自分が守りたい、自分よりも立場の弱い人々の生活まで」
「うん、そうだね。でも、フィリアちゃんは流石にそこまで背負わない方がいい」
「女王様より立場の強い人間なんて存在しないんだから、国全部をまるまる背負うとかいくらなんでも馬鹿げてる」
「そういうのは、小さい組織の弱いリーダーが、仕方なくやるもんだよ」
それから私達は砦の中を、部屋のひとつひとつに至るまで詳細に説明された。
それだけ機能をたくさん詰め込んだという意味もあるだろうが、何よりここに愛着を持って欲しいという意図を感じる。
これからしばらくはここで活動するのだから、大切に使ってあげなければな。
「……? ところで、マリアノさんの姿が見当たりませんが、今はどちらへ?」
「フーリスかカストル・アポリアへ、合併の件で伺っている……のでしょうか?」
「ああ、姉さんなら北に行ってる。早い話が下見だよ」
「いきなり大勢で行けばさ、その分魔獣を刺激するし、魔人の集いにも感知されやすい」
「姉さんならひとりでも大丈夫だし、それに魔獣の感知もそれなりに出来る。うん、それなりに」
それなりに。その言葉をわざわざ二度口にした意味は、彼の視線が向けられている方にあった。
少しだけ悔しそうな、けれど頼りにしているといった視線。
その先には、やはりユーゴの姿があった。
「お前が現れなけりゃ、俺達は姉さんの能力が世界最高だと信じてられたんだ」
「でも、戦う、魔獣を見つけるって部分に関しては、もうそうも言ってられない」
「もっとも、他の要素もあるからね、あの人は。お前と比べて、全部が劣ってるとは絶対言わないけど」
「……別に、全部俺の方が上とは思ってない」
「だって、いろいろ出来るんだろ。そもそもここの話だって、ヴェロウのこと説得したのアイツだし」
そうだな。マリアノさんの能力……人間性については、私から見ても特別に思える。
宮で働く役人や議員、貴族。それに軍の指揮官や指導官を含めても、彼女ほど万事に長けた人物はそういまい。ただ……
「それでも、ユーゴにしか出来ないこともありますから。マリアノさんは確かに素晴らしい人物ですが、ユーゴだって負けてませんよ」
「……いや、負けてるとも思ってないけど。なんだよ、いきなり」
あ、あれ。てっきり、いつもジャンセンさんを相手に見せている負けず嫌いが発揮されているものかと思ったのだが……違ったのか。
ユーゴは怪訝な目を私に向けて、そして小さくため息をついた。
「マリアノがすごいのは、それだけいろいろやって来たからだろ。だからまだ俺には無理だ」
「だけど、俺だってパールとリリィに色々教えて貰ってるからな。勉強だってしてる。なら、そのうち抜ける」
「ったく。なかなか自信家だな、お前も。ま、そうでなきゃとっくに折れてるか」
「女王様の隣とか、普通の精神なら投げ出したくなるもんだし」
えっ。そ、そうなのですか……?
ジャンセンさんの言葉に、ユーゴはこちらをちらりと振り返って、これまた小さくため息をついた。
そ、それは……どういう意味のため息だろうか。
彼の言葉に納得したけれど、しかし同意は表に出したくない……なのか。それとも……
「最初はちょっと緊張したけど、もう慣れた。っていうか、全然王様っぽくないからな」
「ほっとくとその方が危なそうだし、離れた方がストレス溜まる。無関係じゃない以上、なんかあったら俺も困るし」
「あっはっは、そりゃまあ確かに。フィリアちゃんになんかあったら、お前住むとこ無くなりそうだもんな」
ふたりして言いたい放題し過ぎではないだろうか……?
しかし、そこに私を貶める以外の意図も感じたから、今は黙って聞き入れよう。
ユーゴはもとより、ジャンセンさんの心情も最近は段々と理解出来るようになってきた。
これは、ふたりして私をからかいたいだけなのだ。もう。
「ま、フィリアちゃんの話はよくて……いや、姉さんの話だっけ。どっちでもいいや、それは一回横置いとくぞ」
「ひとまず、砦の機能についてはこれで全部かな。質問はいつでも受け付けてるけど、今はちょっと待ってな。次、街の方も案内するからさ」
「街……ですか? あの、砦の建設を優先していたのでは?」
「ならば、まだ街にはこれと言って手を付けられていないのでは……」
ジャンセンさんは私の問いに、笑みだけを見せてまた手招きをした。
なんだろうか、もう既に何か成果が上がっているとか?
フーリスからの移住民を受け入れる下準備……宿か、或いは宿泊施設も兼ねた仕事場を用意している……とか。
そうして案内された場所には、まだ廃墟群が残されたままだった。
そのまま使えそうな建物もあるが、大半は手入れをしなければならなさそうだ。
というよりも、このままでは危険だとさえ思われる、解体しなければならない建物さえ多く窺える。
ジャンセンさんが見せたいものとはいったい……
「えーっと。見て貰って分かる通り、まだ街には人を受け入れられる環境は整ってない。まだ何も手を付けられてない状態だね。そこはフィリアちゃんの言った通り」
「だけど、一個だけ朗報が見つかったんだよ」
「朗報ですか。それは……ええと……」
朗報。と、そう言われて私は目を凝らしてみるが、しかしその景色の中にはとても嬉しいものは見当たらない。
まあ、しいて言えば家屋を解体した際に、鉄材やコンクリートなどは再利用出来そうかな、というくらいだ。
「……あっ。そういうことか」
「お、ユーゴは気付いたか。流石に目ざといな、お前は」
うるさい。と、ユーゴはむっとした顔でジャンセンさんを睨む。
だが、彼は何かを見つけられたのか。
もしやそれは、ユーゴのような特別な感覚が無ければ見つからないもの……なのだろうか?
いや。それならば、ジャンセンさん達だって見つけられない筈。
となれば……ううん?
「この街には、まだ用途の決まってない広い土地がある」
「残念な言い方をすると、土地が余ってる。良い捉え方をするのなら、まだいくらでも好き勝手出来るってことだ」
「それを使って、デカい市場を作ろうかな、って。カストル・アポリア式じゃないけどさ」
「市場にするのか。ふーん。俺はてっきり、軍隊の演習場みたいなの作るのかと思ってた。ランデルにもあるし」
ああ、なるほど。
確かに、そう言われてみれば、目の前の光景は嬉しいものかもしれない。
手間や問題は山積みなままだが、しかしこの街は私達の目的の為にいくらか形を好きに作ってしまえるということ。
いえ……あまり住民の為にならない設備ばかりでは困りますが……
「フーリスとカストル・アポリアとの交易を、ここで一手に担おうかなって考えてる。立地的にも、中継点にするのが一番良いからね」
「そうなった時に、この余りに余った土地ってのは好都合なんだよ」
「朗報ってのは、本当に全然住民が残ってなかったってとこだね」
「朗報……それは本当に朗報なのでしょうか……? いえ、捉え方次第では……とも思いますが……」
嬉しい点がひとつでもあれば朗報だよ。と、ジャンセンさんは前向きに笑う。
ううん……少しだけ不安になってしまうが、私達の都合に合わせられるという点は喜ぶべきか。
しかし……素直に喜べないのは……
「……ふう。ええと……ここを一度更地にして、それから市場を開くとなれば……」
「……そんなにお金無いのか……」
やはり、財政難である点が大き過ぎる壁だからだろうな。
ジャンセンさんは苦笑いを浮かべながらも私を励ましてくれた。
まずはフーリスの交易によって利益を生み、そのお金でじっくりこの街を育てればいい、と。
じっくり……先にじわじわと自分達の首が締まっていく気がするのですが……




