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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第二百十話【出会い、別れ。予兆】



 解放の下準備の為に、まずはダーンフールを整備する。

 可能ならば、かつてあった都市としての機能を完全に復活させたい。

 その作業員の募集はなんとかなった。だが……


「……はあ。これではとても……」


 どうしても資金が足りない。


 少しでも多く宮の予算を引き出す為に、私は議会に申請をしていた。

 そうして予算案を議員や貴族と相談し、交渉し、半ば脅迫めいた言葉さえ使ってしまったりもしたが……その結果捻出された予算を以ってしても、まだ必要分には足りていなかった。


「困りましたね、陛下。この不足額では、たとえ国債を発行してもまだ足りません。私やパールをはじめ、使用人から融通したとしても……」


「いえ、リリィ達に負担を掛けるわけにはいきません。身銭を切るとすれば、やはり私が。しかし、それでもまだ……」


 私の私財を全て投げ出せば、今回の分を賄うだけなら可能だろう。

 しかし、それではその後に続かない。


 幼い頃から王の位に座り、これといって浪費するあても無く暮らしてきた私の莫大な貯金を以ってしても、全てを解決するには遠く及ばない。


 第一、全て使い果たしてしまったら、特別隊の皆に支給する分が無くなってしまう。


「やはり、不足分は誤魔化しながら進めるしかありませんね」

「リリィ、議会にこちらも提出しておいてください。国債の発行申請です」

「最悪の場合は私が買い取ると条件を付ければ、それなりに譲歩してくれるでしょう」


「あまり付け入られるような隙を作らない方が良いように思いますが……今はそれどころではありませんね」

「かしこまりました、午後の議会にて提出して参ります」


 お金の問題はゆっくりと解決しよう。

 結局のところ、最大の問題はそこではないのだ。


 お金を準備出来ていない今それを言っても情けない限りだが、お金があっても物が足りていない状況が確かに存在してしまう。

 まず、ここを解決しないことには。


「……仕方ありません。ユーゴ、一緒に来てください。クロープへ向かい、また船を造って貰います」

「今度は人を運ぶのではなく、物資を運ぶ為の貨物船です」

「フーリスを経済圏に取り込むことが出来るのならば、ヨロクよりも北へ海路を通じることが可能ですから」


 ラピエス地区全ての鉱山に交渉し、鉄鋼を割高になっても買い付ける。

 そしてそれを、クロープやウェリズの港からフーリスへと運ぶ。

 これでもまだ足りないかもしれないが、北が活気付けば、経済的にも良い効果が望めるだろうし。


「それはいいけど、間に合いそうか? ゴートマンが魔術をまた使えるようになったら、今のダーンフールの状況は危ないだろ」

「もしマリアノあたりが操られたら、せっかく戦えるやつら集めたのに全滅しかねないぞ」


「……そうですね。場合によっては、部隊を一度下げる選択も考えねばなりません」

「特にマリアノさんとジャンセンさんは、何かあれば特別隊の崩壊にさえ繋がりかねませんから」


 ユーゴの心配はもっともだ。

 今から船を造って鉄を運んで……というのではとても間に合わない。


 間に合わないが……今はそれでもいい。

 体裁だけでもでっちあげて、最終的には都市として復活させられる軌道に乗せるだけで構わない。


「ヴェロウを納得させる、ダーンフールを廃墟として捨て置かない。その為に、最終的な帳尻を合わせる計算をしているに過ぎませんから。いえ……ものすごく大切なことではあるのですが」

「しかし、体裁さえ整えられれば、ダーンフールに活動拠点を設けられます」


「最低限整備して言い訳作ったら、後はこっちの好き放題……ってことか。なんか……」


 やめてください、それ以上は言わないでください。


 無論、こんな張りぼてはヴェロウに看破されるだろう。

 しかし、張りぼてでも建前が存在することが重要なのだ。


 ダーンフールを完全に復活させる為の資材と資金が足りなくても、走り出してさえしまえば問題無い。

 たとえ最後には首が回らなくなって、途中放棄する羽目になっても、だ。


 それまでに魔人の集いの問題さえ解決出来るのならば、この件自体は問題無い。


「もちろん、私はダーンフールの解放も完全に達成するつもりではいます。ただ、今はひとつでも多く言い訳を作る必要があるというだけです」


「ふーん。マリアノのやつ、こういうとこも見越して約束取り付けて来てんのかな」

「だとしたら……アイツもやっぱりゲロ男の仲間だな。やり方がずるい」


 やや卑怯な手段であることは否定しない、出来ない。

 だが、最善なのも確かだから。


 その批判は、この現状を引き起こしてしまったこれまでの王政が引き受けねばなるまい。


「まあいいや。先行って馬車の準備とか手伝って来る。エリーいたらな、こういうの早いんだけど」


「あの子は馬の機嫌を取ることも、馬車を走らせることも得意でしたが、それ以前に馬車の準備も手際が良かったですからね」


 惜しい人材を手放してしまったものだ。


 ユーゴが執務室から飛び出して行くのを確認して、私も出発の準備に取り掛かる。

 とはいっても、現場で船大工と交渉するだけだから。まだ契約書類も準備する段階ではないし、具体的なプランニングも済んでいない。

 そういうところからの打ち合わせが必要だ。


 それから私達は馬車に乗り込み、そしてクロープの街へと向かった。

 以前訪問した際にはエリーが一緒だったことを思うと、街に着くまでも着いた後もずっと静かに感じてしまう。

 本当に惜しい人材を手放してしまった。はあ。


「なんだよ、エリーがいないのそんなにさみしいのか? まあ、だいぶ賑やかだったしな。むしろうるさかったけど」


「さみしい……ですね。すごくすごくさみしいです」


 裏を返せば、アルバさんのさみしさ、苦しさは、それだけ紛れているということでもある。

 ならば……と、理性で納得しようと思っても、やはりあの人懐っこい笑顔は忘れられない。


「私達の周りから人が減ってしまったのは、この件が初めてだったかもしれませんね」

「いえ……これまでの戦いの中でも犠牲は出ていますから、こんな言い方はおかしいのでしょうけれど」


 死別に慣れたつもりはない。

 けれど、これまでに積み重ね過ぎてしまっているから。

 そうでない別れの平和なもの寂しさが、心に馴染まないのだ。


 おかしな話かもしれないけれど、死よりもつらい別れにさえ感じてしまう。


 さみしさはどうやっても消えないけれど、問題はひとつずつ消していかないといけない。

 ならば、まずは目の前のことから。


 現在の目的地はクロープ、造船が盛んな街だ。

 以前、ナリッド解放に際し、カンスタンの港から出す定期船を造って貰ったこともある。


「……そーいえばさ、外国から助けが来るんだよな? パールから聞いたんだけど」

「なら、一応人は増えるな。まあ……エリーみたいなのがいるわけないんだけど」


「いて貰っても困りますからね……軍の派遣を要請しているのですから……」

「しかし、そうですね。さみしさは少し紛れ……紛れ…………」


 あ。と、私は間抜けな声を我慢出来なくて、それをこぼして…………とてつもない頭痛に見舞われた。

 忘れていた……わけではない。わけではないが……うっかりしていた……


「……そうでした……っ。軍の派遣を完了したという連絡があったのですから、その返礼も準備しなければ。ただでさえ財政難に陥りかけているというのに……っ」


「そ、そんなにお金無いのか……」


 無い。本当に、全く足りていない。

 大きな出費が次々に重なるものだから、つい計算の一番下にしまい込んでしまっていた。


 ああ……また予算を練り直さなければ。

 やはり国債を発行し、私の資材も担保に入れて借り入れを行うか。

 それとも、緊急事態だと無理矢理押し通して貨幣をもっと増やすか。


 いや、そもそも貨幣の原材料である金属類が不足しているのであって……


「…………あ、頭が痛くなってきました。すみません、ユーゴ。到着したら教えてください。少し考えながら……横になります……」


「お、おう……」


 そういえば、大国のひとつに、紙幣というものを導入しているところがあったな。

 しかし、現状のアンスーリァでは、それの価値を担保しきれないか。


 なら、貨幣との交換券として導入するのはどうだろう。

 今すぐには等価値として普及させられないかもしれないが、十一割……いや、十一割五分の金額で両替を行い、全ての解放が終わり次第、順次交換を開始するとか…………




 これは、アンスーリァより遥か西の地。大陸に存在する大国、ユーザントリア。

 その中にあるボーロヌイという港町のあるひと幕。


「――点呼完了! 部隊員、揃っています! 出発指示を!」


 のどかで平和な潮風香る街の空気を切り裂いたのは、けたたましい男の声だった。

 背筋を伸ばしてはきはきと発せられたその言葉は、湿った空気にさえもよく響いていた。


「おう、了解した。それじゃあ……これより、我らが主君、星見の巫女の命に従い、太陽の騎士団部隊長ヘインス=コールの指揮の下、アンスーリァへの軍事派遣を決行する」

「テメエら、船酔いなんかして潰れんなよ!」


 応! と、また男達の声が街に響くと、海から吹き込んでいた浜風の音が変わった。

 ピンと張られた帆は、街へ届く風と、そこから跳ね返される風とをうまく取り込み、大きく大きくたわんで推進力を得始める。


 これは、アンスーリァより遥か西、ユーザントリアからきたる援軍の出発のひと幕。

 太陽の紋章を胸に掲げた騎士団の出航の瞬間である。

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