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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第二百八話【互いの利】



 ダーンフールとフーリスを統合する。と、マリアノさんはそんな案を、ヴェロウの了承のもとに取り付けてきたと言った。

 彼女がそんな嘘をつく必要などはどこにも無いから、今更それを確かめる意味も無い。


 無いが、しかしそれは別としてもお礼は言わなければならないし、私が――最高責任者が仔細をきちんと把握する義務はある。

 ゆえに、私はヴェロウの屋敷を訪れていた。


「度々申し訳ありません。ふたりに失礼は無かったでしょうか」


「構いませんよ。それに、失礼だなんてとんでもない。ジャンセン殿もマリアノ殿も、真剣に私の話を聞いてくださいました」

「国力に勝る国からの使者などは、もう少し高圧的な態度で接してくるものかとも警戒したのですが」


 聡明で、謙虚で、礼節を重んじる人物に思えました。と、ヴェロウはふたりを称える言葉を並べた。


 私の時はなんだか様子のおかしい女王だと言われた気がするが…………それはつまり、ヴェロウは不要なお世辞で他者を持ち上げたりしないと。

 ふたりに対する評価は本物なのだと捉えておこう。


 どうしてだろうか、腑に落ちない。


「すみません。再三の確認になってしまうかもしれませんが、やはり女王である私が直接話をすべきかとも思いましたので」

「ダーンフールとフーリスの件、その仔細を貴方からも説明していただければ、と」

「ジャンセンもマリアノもこちらの人間ですから、彼らのことは信頼していても、それは別として、外からの承認を得てこその契約でしょう」


「はい、構いません。ではどこから説明いたしましょうか」

「貴女がマリアノ殿から聞いている話をしていただければ、それと食い違う部分を指摘致します」

「私が主体になって説明してもよろしいですが、それもやはり、こちらの都合ででっちあげてしまえるという可能性を孕みますから」


 ふむ、確かに。

 ヴェロウは至って冷静に、自分が不正をする可能性を潰す為の提案をする。


 それをブラフにまた何か別のはかりごとを……なんて、彼を今になって疑う必要は無い。

 そもそものところ、この約定を反故にしたければ、マリアノさんの提案を却下すれば良かったのだから。

 彼とマリアノさんでは立場に差があるし、それくらいは見抜けただろう。


「では、こほん。まず前提の確認なのですが、マリアノが訪問した際には、貴方と、そしてフーリスのハーデン族長がいらした……ということで間違いないでしょうか?」


「はい。私とマリアノ殿と、そしてフーリスの族長の三名で間違いありません」

「使用人や警備の兵なども席を外させましたから、他にこの件と関係しているものはひとりもいません」


 私はマリアノさんから聞いた話をひとつずつヴェロウに確かめる。


 まず、ダーンフールの状況から。

 あの街は現在統治者不在であるか、と。


 それが間違いないと分かればまた次の問いへと移っていく。

 ダーンフールの復興を許可したかどうか。

 その為にアンスーリァの経済圏にあの街を戻して良いのか。そして……


「――はい、それも間違いありません。フーリスとダーンフールの統合と、市民の移住についても承知しています。ハーデン族長の同意も私が確認しました」

「必要ならば、フーリスへの紹介状を準備しますが、いかがでしょうか」


「いえ、そこまでしていただかなくても。貴方がこの件で今更になって嘘をつく必要はありませんし、それに……私達も急がなければならないので」

「次にフーリスを訪れるのは、きっと合併の話を纏めに行く時でしょうから」


 マリアノさんから聞いていた話の全てを、ヴェロウは否定しなかった。

 ということは、本当に話し合いだけでこれらの約束を取り付けてきたのか。


 信じがたいというか……マリアノさんを疑っているのではなくて。


 その条件を飲めば、カストル・アポリアにもフーリスにもデメリットがある筈だ。

 好条件だけを見て決めた……なんて間抜けな話があるとも思えない。


「……あの、ヴェロウ。この約束ごとは、いささか私達に有利過ぎるように思えるのです」

「いえ、だから今になって、これを反故にしてくれ……とは言いません。これでひっくり返しでもすれば、私がマリアノさんに怒られてしまいます。ですが……」


「何か裏があるのではないか。マリアノ殿やジャンセン殿が無茶を通したのではないか、と。そう考えていらっしゃるのですね」

「そうですね……しかし、言葉にされてみれば、確かにその通りです」


 ひっくり返すわけにはいかないが、しかし確認もしなければ。


 不利な条件を押し付けたとあれば、これからの関係に不和が起きかねない。

 マリアノさんに限って……とは思うが、念の為だ。


 私とジャンセンさんとでこの国へ抱いた感想が違ったように、見えたもの、思ったもの――つまりは軽んじても平気そうに思えた部分が違う可能性もあるのだから。


「フーリスからの見解については私から語ることではないでしょうから、こちらの事情だけお話しますね」

「マリアノ殿の提案は、確かに一度は私の拒んだ“近郊への軍事拠点の建設”を含むものでしょう」

「しかし、それを差し引いても余るだけの利があると判断したまでです」


「利……ですか。その言葉を使っていただけるのなら、こちらとしても疑う必要は無くなりますから、都合は良いのですが……」


 一度拒まれている時点で理解しているが、カストル・アポリアにとっては、少し前のアンスーリァでさえも脅威だ。

 最終防衛線などという愚策で国土を減らし、軍事力を防備にばかり回して、弱りに弱った少し前の我が国でさえも。


 それがすぐ近くに軍を構えることを重く捉えたから、ヴェロウは私を相手にそれを拒んだ。

 ならば、それを上回る利などそうそう無い筈だ。


「いえ、単純にして明快な利です」

「カストル・アポリアとフーリスは、頻繁に貿易を行っています。これは、現時点でのフーリスと、という意味です」

「現在のフーリスは、どこにも属せず、強い力も持たず、ただ物流の利だけで私達も協力関係を結んでいるに過ぎない状態です」

「それがダーンフールの広い領地を得て、更にはアンスーリァの経済圏に加わるというのですから」


「……単に外貨の獲得が望めるから……と?」

「確かにそうです、その通りです。それは私も交渉材料として考えました。しかし……それだけで……?」


 私が今どんな顔をしているのかは知らないが、ヴェロウは私を見ながら困った顔で首を掻いていた。

 物分かりの悪い子供の相手をしているみたいな反応だ。


「それだけ……と、そう言えるのは、アンスーリァがカストル・アポリアよりも大きく、強いからです」

「私達はとにかく、現在を凌ぐ必要がある」

「魔獣が跋扈し、人々が散り散りになり、街が崩壊してまた更に魔獣の数が増える。こんな現状を、まずは耐えて凌がなければならない」


 その為に、私達の解放作戦に協力した方が良い、と。そう考えたのだろうか。

 私がそう問えば、ヴェロウはまた苦い顔を浮かべる。

 それもあるが、しかしそれは主題ではない、と。


「アンスーリァの力が無くともやっていくつもりだったのですから、そこだけに注目したわけではありませんよ」

「耐える、凌ぐ、やり過ごす。そういった戦いにおいては、豊富な資源と資金よりも頼もしいものはありません」

「後にダーンフールを戦略拠点として活用される危険性よりも、そうなっても平気なだけの経済力を手に入れられる可能性が勝ると考えたのです」


 ヴェロウは真っ直ぐ私に向き合ったままそう言い切った。

 この一件を経た後には、カストル・アポリアは簡単に落とせる小さな国ではなくなる、と。


 そう言い切ってくれたし、そんな前向きな理由で私達の提案を飲んでくれたのだと説明してくれた。

 なんと……なんと頼もしい、嬉しい話か。


「……やはり、貴方がここを守ってくれていて良かった」

「何度言っても信頼出来るだけの関係はまだ無いかもしれませんが、アンスーリァはカストル・アポリアに対して全面的に協力したいと考えています」

「どうか、私達の守れなかった人々を守り続けてください」

「ここから先には、今度こそアンスーリァが手を差し伸べてみせますから」


 ヴェロウは私の言葉にハイともいいえとも答えず、首を縦にも横にも振らなかった。


 この問いへの返事は保留する。まだ、もう少し様子を見る。

 アンスーリァの動向を窺いつつ、信頼出来るようならば私の手を取る日も来るかもしれない。

 ヴェロウはそういうずる賢い態度を示して見せたのだった。


「では、これで確認は全てです。何度も訪問して失礼しました」


「何度でもいらしてください。ただ……そうですね」

「次は特別隊という組織の長ではなく、アンスーリァ国王として。互いの経済の為にいらしてくださることを期待します」


 ううん……それはどうだろうか。


 彼らに協力するのが嫌だなんて話は全く無い。

 無いのだが……また別の問題で協力を求める可能性の方が高いから……


 それからまたヴェロウに一礼して、私達は彼の屋敷を後に――そのままカストル・アポリアを後にした。

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