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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第二百七話【恩人のもとへ】



 日が昇るよりも前から、ジャンセンさんとマリアノさんによってダーンフールの整備の予定が組み上げられた。


 前提条件として、ここはナリッドほど危急な状況ではない。

 街としての――人が住む場所としての機能はあちらほど失ってはいないというものがある。


 けれど同時に、ナリッドよりも圧倒的に人口が減ってしまっているという問題があった。

 整備すると言葉で言うのは簡単だが、しかしそれを私達特別隊だけでやるのでは時間が掛かり過ぎてしまう。


 この問題はあまりにも大きい。よって……


「――フィリア――っ! フィリア! フィリア! ひさしぶり! ます!」


「お久しぶりです、エリー。息災そうで何よりです」


 女王という立場を使い、私は宮へと戻り人を集めることになった。

 その帰路の途中、現在はカストル・アポリアへと顔を出したところだ。


 目的は……マリアノさんによって結ばれた、ここと、フーリスと、ダーンフールの取り決めについて、代表である私からお礼を言う為だ。


「まったく、何しに来たんだい。言った筈だよ、こんな老いぼれになんて構ってちゃダメだって」

「それをまた、まだどれだけも経ってないじゃないか。本当にのんきでのろまな娘だね」


「うっ……す、すみません。しかし、どうしても様子を窺っておきたくて。短い間ながらもご迷惑をおかけしましたから」

「それに、エリーには女王としての指令を出したつもりでいます。現状の確認は上司としての責任でしょう」


 じょうし! と、エリーは嬉しそうに私の周りを飛び跳ねながら、言葉の意味を分かっているのかどうか怪し気なままはしゃいでいる。


 うん、問題無さそうだ。やはりこの子は強い。

 ともすれば、ユーゴやジャンセンさん、マリアノさんよりもずっとずっと強いかもしれない。


「はあ。そんな話をしてるんじゃないよ」

「もう一度ここへ来たってことは、今は女王様としてやって来てるんだろう? 女王として、このカストル・アポリアに用事があったんだろう」

「話せやしない内容かもしれないけど、何を探しに来たんだいって聞いてるんだよ」


「用事? フィリア、さがしもの? 手伝う! ます!」


 ああ、いえ。今回はエリーに手伝って貰えることではなくて。と、私がそう言えば、彼女は一気に寂しそうな顔になってしまった。

 あ、ああっ。な、何かお願い出来ることは無いだろうか。

 こんな顔をされてしまうと、こちらの気分がめげてしまう。


「エリー、無茶を言うんじゃないよ。アンタは今、私の仕事を手伝ってるんだろう。あっちもこっちも手を出すんじゃない、一個ずつやりなさい」


「一個ずつ……分かった。ごめんね、フィリア」


 慌てる私に助け舟を出したのは、やはりアルバさんだった。

 ごめんねと謝る姿もまだしょんぼりしたものだったが、しかし落ち込んでいる意味はさっきまでと違う。


 なんというか……少しの間に、ずいぶんとエリーの制御が出来るようになったのだな。

 私はいつも振り回されるばかりだったのに。


「そうだ。アンタのとこの部下がふたり来たよ。ジャンセンとかいう軽薄そうな男と、それからマリアとかいう小さい子」

「なんだい、ありゃ。お役人って顔じゃなかったね。それとも、アンスーリァじゃあんなのが宮に出入りしてんのかい」


「ああ、ええと。おふたりは私が設立した新組織……アンスーリァにあるいくつかの問題の内、どうしても軍事力を要するものに対処する為の組織の最高幹部です」

「もとは……ええと……民間の人間だったのですが、頼み込んで協力して貰っているのです」


 エリーももとは彼らに保護された子供だったのですよ。と、そんな言い方をすると、エリーはまた拗ねてしまうかな。

 保護ではなく共生。この子にとって、かつての盗賊団……そして、現在の特別隊は、家族のような存在だから。


「軍事力……ねえ。それをこっちに寄こしたってことは、なんだい、戦争でもするのかい。いやだねえ。こんな小さい子を預けておいて」


「ち、違いますよ! カストル・アポリアとは友好的な関係を結び、これからも交友を続けるつもりです。彼らがここへ来た理由は……」


 本当にまぬけな娘だねえ。と、そう言われてから、やっとからかわれているのだと気付いた。も、もう。

 その話……というか、戦争という単語は、簡単に使わないで欲しい。心臓に悪い。


「男の方はなんだか企みがありそうだったけど、娘の方は人を探して来たみたいだったね。どっちもヴェロウさんに用事があったのは変わらないんだろうけどさ」

「ただまあ……エリーの懐き具合から見ても、男の方はどうかと思うねえ。うさんくさいし、企みのニオイをこびりつかせてたよ」


 アルバさんの言葉に、ユーゴは隠すこともなく嬉しそうな顔をした。

 もう、信頼しているのではなかったのですか。


 しかし……ふむ。ひとつ疑問がある……と言うと失礼だろうか。

 いや、しかし……失礼も承知で、どうしても不安はあるわけで……


「あの……マリアノさんはどうでしたか」

「彼女は容姿から勘違いされやすいのですが、計算高く冷静な人物です。たまに怖がられてしまうことがあるのですが、しかし性根のところではまっすぐな正義を持っていて……」


「マリアノ……マリアじゃなかったのかい? エリーが嬉しそうに呼んでたからね、すっかりそうだと思ってたんだけど。それはまた失礼なことをしてしまったね」


 ああ、いえ。

 きっと彼女は、エリーに対してはおおよそのことを許容している気がするから、それは平気だろう。


 だろう……が。おや?

 私の思っていたのとは違う反応が返ってきた。


 もう少しこう……確かにおっかない顔をしていたねえ……なんて言われるものかと。


「小さいのに、しゃきっと背筋が伸びててね。喋りも穏やかで、立派な娘だったよ。エリーが懐くのも納得だろう」

「あの娘は大切にしなよ。ずいぶんとしっかりした装備だったけど、まさか土木作業なんてさせてるんじゃないだろうね」


「あ、あの……いえ、それは……ええと……」


 お、おかしい。私とアルバさんとの間に、大き過ぎる認知の差がある。


 確かにマリアノさんは、容姿だけの話をすれば、小柄な少女にも見える。

 だが……だが、だ。

 彼女には……その……他者を寄せ付けない雰囲気というか、近寄りがたい空気というか……魔獣をも射殺す鋭い眼光が……


「……はい。これからは気を付けます。マリアノさんの身に何か起これば、私達にとっては大き過ぎる損失ですから」


「そうだろうそうだろう。手先も器用そうだったし、編み物でもさせたらいい」

「優しい声をしていたからね、子供の相手だってお手のものだろう。エリーもすっかり懐いていたしね」


 ああ、そうか。彼女にはそれが見えないから。


 マリアノさんの身体には無数の傷がある。

 魔獣と戦い続けてきた肉体は、鋼のように鍛え上げられている。

 魔獣を睨み続けたその双眸は、常に何かを警戒して鋭く尖ってさえいる。


 けれど、眼の悪いアルバさんにはそれが見えないから。

 上辺が見えないから、マリアノさんの懐深いところがしっかりと見えたのだな。


「それより、こんなとこでのんきに話し込んで平気なのかい。アンスーリァの女王様ともあろうものが、まさか部下の様子見だけに立ち寄ったりしないだろう」


「あ、は、はい。これからヴェロウのもとを訪れ、先日のお礼と、それから今回のお礼を……ジャンセンさんとマリアノさんを使者として向かわせ、良い返事をいただけましたので、そのお礼をしようと」


 お礼ばっかりだね。そのうちカストル・アポリアにも何か還元しておくれよ。と、アルバさんはそう言うと、エリーを引っ張って畑の方へと向かってしまった。

 用事があるのなら、こんなところで遊んでいないで早く行け。と、そう言われた気分だ。

 いや、そう言いたかったのだろうけど。


「では、失礼します。またお伺いします。その際にはきっと、カストル・アポリアに……アルバさんにもお返し出来る話を持って」


 もう誰もいない玄関先で私は頭を下げ、そしてヴェロウの屋敷へと向けて歩き始めた。


 市場へ立ち寄って、この国の経済事情をもう一度だけしっかり見ておこうかな。

 あの時にはそれが素晴らしいものに思えたけれど、ジャンセンさんにはまだ足りないものに見えたと言うから。

 そういう意見がある前提で、それでも肯定的に見て回ろう。


「……ばあさん、元気そうだったな。なんなら初めに来た時より」


「そうでしたね。やはり、エリーは周りに元気を振りまいてくれるのでしょう。本当に、惜しい人材を預けてしまったものです」


 マリアノに頼めば説得して貰えるんじゃないのか? と、ユーゴはそう言ったが、それはどうだろうか。


 エリーは信念を持ってあの時私に頼み込んだのだ。

 アルバさんが寂しくないように、つらくないように。

 まだ孤独も恐怖も知らないあの子が、他人のそういった感情を慮った。


 それは、アルバさんの姿からそれを感じ取ったからに他ならない。

 ならば、あの子はそんなアルバさんを絶対に放っておかないだろう。


「優しい子ですからね。それに、まだ仕方ないでは諦められないでしょう。そんな妥協を、マリアノさん達があの子に教えた筈がありませんから」


 さて、エリーの話は終わりだ。

 私達はしばらく歩いて市場へ赴き、それからヴェロウの屋敷へと訪れた。

 三度も連続で訪問があると、流石に嫌な顔をされるかな……とも思ったが、彼は以前同様優しく迎え入れてくれた。

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