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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第二百二話【遅まきながらの決心】



 この街には族長と呼ばれる統治者がいる。

 しかし、その人物は現在カストル・アポリアへ出掛けてしまっていた。

 かつて盗賊団だった人物が属しているだろう商団も、同じように街の外へ出てしまっている。


 よって、この街の中では欲しい情報をこれ以上得られそうにない。

 それを報告する為に、私達は街から出てマリアノさんと合流を図っていた。


「ん、なんだ、デカ女。もう調べが付いたのか」


「はい。とはいっても、ここでは知りたいものが知れなさそうだ……ということだけですが……」


 ァア? と、マリアノさんは渋い顔で私を睨み、そして事情を早く話せと急かした。

 相変わらず目つきは鋭いし、威圧感もあるのだが、しかし怒っているわけではないのだとなんとなく理解出来るようになってきた。


「この街は、ハーデン族長なる方が治めていらっしゃるそうです。しかしその人物は、ちょうどカストル・アポリアへ向かってしまったらしく、今日の内に面会するのは難しいかと」


「ハーデン……族長だぁ? ンだそりゃ、文明退行してんのかここは」


 そ、それを私に尋ねられてもですね……


 族長という肩書きの謎は一度横に置くとして、しかし今日話を伺うのは不可能そうだとは理解してくれたらしい。

 マリアノさんは不満そうに鼻を鳴らして、腕を組んで肩を竦めてしまった。


「んで、オレ達のとこから逃げ出したバカどもは見つからなかったのか。ま、いねえならいねえでその方が話が早くて助かるがな」


「いえ、そちらもどうやら……まだ確信は持てていませんが、カストル・アポリアと交易を行っている商団自体は存在するそうなのです。ただ……」


 それもまた、街の外へ出てしまっているとのことだから。

 私がそれを告げると、マリアノさんは頭を抱えて天を仰いでしまった。

 運が無い、間が悪いなと嘆いてるのだろう。


「……ん、分かった。そんで、女王様から見てこの街はどう映ったよ。立派にやれてんのか。それとも、もう潰れる寸前か」


「街という小さな組織としては、かなりの成果を挙げていると思います」

「けれど……やはり、このまま放置しても大丈夫だとは言えません。このままいけば、すぐにでも経済破綻するでしょう」

「そうなれば、街としての形すらも失いかねない」


 なんとしても解放を急ぐべきだ。と、私がそう言えば、マリアノさんは目を伏せた。


 不満がある、私の決定は性急なものだ、と。そういう文句がある……わけではないのだろう。

 もしもそうならバッサリと切り捨てる筈だ。


 しかしそうしなかったということは、まだ計りかねている……ということだろうか。


「よし、とりあえずこの街の事情については把握した。なら、次はこっちの話も聞いて貰おうか」


「そちらの……ですか。もしや、何か分かったのですか? この街やダーンフールが魔獣に襲われていない理由が」


 いや。と、マリアノさんは首を振るが、しかし何も分からなかったという顔もしていない。

 何かは掴んだのだ。こことあの街に起こっている謎……延いては、ウェリズやカンビレッジ、ヨロクの林で起こっていることにも繋がる謎の、その一端を。


「この街にも、魔獣と争った形跡はあった。だから、何かしらの組織が守ってるんだろう……と、そう考えるのは変じゃない。だが……それだけでもない」

「もし、ここもダーンフールもカストル・アポリアが守ってんだとすれば、その国の軍事力は途方も無いモンになるだろうよ」

「だが、それは話が合わない。そこはあくまで、防衛線の外の街と街が繋がっただけの場所だろう?」


「え、ええと……はい、そう聞いています」

「ですが、ヴェロウの手腕は本物でしたから。もともと大きなダーンフールの力を取り込んでいるのだと考えれば……」


 それでも、だ。と、マリアノさんは私の言葉を遮った。

 少し睨まれてしまったのは、ヴェロウを少し過信したような発言を咎めようとしているのかもしれない。


 しかし、街と街からあれだけしっかりとした国を建てる手腕があるのならば……


「兵士の育成は組織の運営とは別だ。根本的なところで、兵器を作る物資が大量に必要になる。そしてそれは、人間の数においても同じだ」

「結局、オレやクソガキみたいな存在は稀有なモンだ。軍事力ってのはすなわち、人口と同義語だと思っていい」


 マリアノさんはそう言うと、つま先で地面を二度蹴った。

 イライラしている様子なのはその表情からも窺える。


 私の飲み込みが悪いから……ではない。

 カストル・アポリアも、ダーンフールも、そしてこのフーリスも、自分の知る軍事力以外のものによって守られているかもしれない……と、そう結論付けたのだろう。不明が気に食わないのだ。


「街をどんだけ繋いでも、人の数はその街の総数を超えない」

「軍隊を作ろうにも、そもそもの母数が少ないんじゃ限界が低過ぎる。軍隊に人を取られて生産が滞ると、そのまま全員倒れるからな」

「だから、カストル・アポリアがどれだけ素晴らしかろうと、ヴェロウってやつがどんだけ凄腕だろうと、領土の外にまで兵士を送るだけの余裕は生まれ得ない」


「それは……はい、その通りだと思います」

「仮に爆発的に出生率が上がったとしても、それが軍事力に反映されるまでには十数年の時間を要しますから」

「ヴェロウの歳や最終防衛線が引かれてからの年数を考えれば、人為的に解決する手段はありません」


 今から十数年前――私が王になるよりも前に、偶然人口が増え始めていた……とするならば話は別だが、そんな奇跡のような可能性を考慮する意味は無い。


 そもそも、最終防衛線の外に弾かれた街で、そのような余裕があるとも思えない。

 カストル・アポリアとしてヴェロウがまとめ上げるよりも以前では、人々はやはり魔獣に怯えて暮らすしかなかった筈だ。


「……腹立たしい話だが、ここにはまた別の何かの手が介入してる。オレが出した結論はそれだ」

「ダーンフールも、ここも。何かが意図的に守ってやがる」

「それも、原始的な策でも、軍事的な砦でもない。俺達の知らないなんらかの手段で、だ」


 何かはある。しかし、それが何かを知るには自分達の知見では狭過ぎる、と。マリアノさんの言葉からは苛立ちが窺えた。


 まったく度し難いことだが、私はそんな彼女の様子に少しだけ安堵していた。


 マリアノさんでも分からないことがある。

 彼女達のように優れた人物でも、未知と向き合えば困惑もするし立ち止まりもするのだ、と。なんとなく嬉しくなったのだった。


「いつ頃から守られてんのかは知らねえ。だが、どっちにせよその族長ってやつに話聞けば早いだろう」

「となると……めんどくせえが、オレ達もカストル・アポリアへ向かうべきかもしれねえな。あのバカは、ここの長がそっちに行ってるなんて知らねえんだから」


「そうですね。しかし……今からカストル・アポリアへ向かったとして、間に合うでしょうか」

「今日の内にはもう一度ダーンフールに……と、ジャンセンさんともそう約束をして出発したわけですから……」


 私達が向かう頃には、彼はもうカストル・アポリアを出発してしまうのではないだろうか。

 そんなことはマリアノさんも承知の上で、なんとかならないものかと解決策を模索している様子だった。


 しかし……ううん、今から連絡を取る手段など無いものだから……


「……だったら、俺とフィリアがカストル・アポリアへ向かう。マリアノはゲロ男に報告に向かってくれればいい」


「ァア? まだンなこと言ってんのか、このクソガキ」

「テメエらだけで行動なんてさせるわけねえだろ。少なくとも、そこのバカ女は絶対に守んなきゃなんねえんだ」


 分かってる。と、ユーゴは私の前に一歩躍り出て、胸を張ってマリアノさんと正対した。


 確かに、ユーゴと私とでカストル・アポリアへ向かえば、ここで得た情報を基にヴェロウと相談も出来るだろうが……


「俺達だけでは行かない。ちゃんと他のやつらも連れてく。ゲロ男に報告するやつだけダーンフールに向かわせるんだ」

「でも、そいつらだってなんかあったら困るだろ。だから、マリアノがそっちを守ってくれればいい」


「……っ! ユーゴ……」


 もう、無駄な意地は張らない。どうやら彼はそう言いたいらしい。


 ユーゴが先頭に立って魔獣を蹴散らし、私の周りを特別隊の若者に守らせる。

 今までは絶対にやりたがらなかったことだが、これからは彼らを信頼しても良いと決めたのだろう。


 そんな彼の言葉に、マリアノさんも少し口角を上げて……


「……いや、ダメだ。今からカストル・アポリアに向かえば、ダーンフールには今日中には間に合わない」

「となれば、一日そこで過ごすことになるだろう。そんな時間はねえ」

「だから、ジャンセンへの報告はテメエらでしろ。カストル・アポリアへはオレが行く」


 マリアノさんはそう言うと、馬車の中から荷物を引っ張り出し始めた。

 武器と、食料と水と、それから少しの医療品。

 地図にコンパスまで確認すれば、彼女はそれで鞄の口を閉じてしまった。


 たったそれだけの装備を担いで、彼女はそのまま馬に跨って私達を見下ろした。


「吠えたな、クソガキ。なら、絶対にやり遂げろ。誰も欠かすな」

「オレが合流した時に、もし誰かひとりでもいなくなっててみろ。オレはテメエを二度と一人前とは扱わねえ」

「テメエが鉾を取って、テメエの後ろのモン全部守り通せ」


 マリアノさんはユーゴに向かってそう宣言すると、彼の返事を待つこともせずに馬を走らせ始め…………ひ――ひとりで向かうのですか――っ⁉

 彼女ならば魔獣程度は問題無い……とは思うが、いくらなんでも危険過ぎる。


 同じように街の外で待機していた若者達に急いで追うように伝えるのだが……い、今から馬車を準備して走らせていては、単騎で突き進むマリアノさんに追い付けよう筈も無い。


「い、急いで……ああいや、もうこうなったら……しかし、マリアノさんこそ失うわけにはいかない人物で……っ」

「ユーゴ! 貴方なら追い付けますよね! 走って追いかけて説得してください!」


 ユーゴ! と、何度お願いしても、彼は動こうとはしなかった。

 むしろ、そっちがその気なら……と、対抗心を燃やしているようにすら見える。


 たったひとりでも必ず戻って来るから、お前も必ず欠けさせずに合流してみろ。という挑発と捉えているのだろうか。

 こ、この子はどうして……

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