第二百一話【族】
 
ダーンフールを守っているのは何者か。それを調べる為に、私達はフーリスへとやって来た。
しかし、張り切って調査を始めようとした矢先に、ユーゴは少しだけ困った顔で立ち止まってしまった。
先ほどまで妙に楽しそうだったのに、どうしたのだろうか……?
「……思ったんだけど、俺達が盗賊団と関わってるってバレたらさ、逃げられるだろ? ってなると、そこは伏せなくちゃいけない」
「そしたら……そいつらにどうやって気付いて貰えばいいんだ?」
「気付いて貰う……えっと、それはどういう……」
いや、だからさ。と、ユーゴは眉間にしわを寄せて頭を抱えてしまった。
確かに、ジャンセンさんとの関係を明かしては、マリアノさんに街の外で待機して貰った意味が無い。
ここへ来ている人物が盗賊団から抜け出した者である可能性がある以上、そこは伏せるべきだろう。
それはユーゴの言う通り……だが……
「こっちからはさ、そいつがどんな顔してるかも知らないわけだから、探すのも大変だろ?」
「市場とかで聞き込みすればどんなやつかとかどこにいるかとか、分かるかもしれないけど」
「でも、そうして探して……探されてるって知られて、そいつらはどうするかなって」
「……ああ、なるほど。確かに、身に覚えがある以上、探されていると知れば隠れてしまいますね」
「となれば、向こうからこちらへコンタクトを取って貰えるようにするべきだ……と、そう言いたいのですね?」
そうそう。と、ユーゴは小さく頷いてそう言った。
なるほど、道理だ。
たとえ身に覚えが無くとも、誰かが……それも、この街では見かけない人間が探しに来ていると知れば、誰だって不信がって身を隠すだろう。
少なくとも、そういう神経が無ければ、盗賊団として生きていけなかった筈だ。
「ならば、カストル・アポリアからの使者……ということにしてはどうでしょうか。その……良心は痛みますが……」
ここはひとつ、ヴェロウの威光を借りてみるのはどうだろうか。
私のそんな提案に、ユーゴは苦い顔をしながらも否定をしなかった。
交流のある相手となれば気を許してくれるだろう。
それに、完全な嘘というわけでもない。
あの国とは関係があるし、ヴェロウとも親交がある。
「あの時の続き……という設定ではどうでしょうか」
「エリーと共に、三人で。アルバさんのおうちに厄介になっている流れ者として。仕事の手伝いの一環で、交渉にやって来た、とか」
「……まあ、それくらいしかなさそうだけど……フィリアがボロ出しそうだからな」
「やるならもうちょっとしっかり設定作ってからの方がいいかも」
うっ。まあ、そうだな。私の嘘は本当にあっさりと見抜かれてしまっていたから。
しかし、これ以上設定を深めようにも、あまり時間を掛けるわけにはいかない。
今日の内にはここを調べて、ダーンフールにまで戻らなければならないのだから。
「正式な仕事としてきた……ってのはやめとこう。そういう噂があるって聞いて、俺達もそういう商売をしたいと思った……くらいの方がいい」
「もしこことカストル・アポリアの交易が裏のものだったら、そんなの大っぴらに言ってくるやつ相手出来ないだろ」
「た、確かに。一度は働いた、市場も見に行ったとはいえ、事情については深く知りませんからね」
アルバのばあさんを楽させてやりたくて、勝手にやってるってことにしよう。と、ユーゴはそう言って、私にもう一度設定を復唱させた。
本当に信用が無いのだな……私は……
「私達はカストル・アポリアに流れ着いて、アルバさんのお宅に厄介になっている」
「アルバさんの手伝いをして暮らしているけれど、その恩をどうにかして返したい」
「そこで、ガンバラさんに聞いた噂話をアテにして、ここで少しでも仕事を貰えたらと思ってやって来た……と」
「うん、おっけー。それじゃ、市場に行こう」
こう……なんだろうか。決して否定出来ないのだけれど、すごく卑怯なことをしている気分だ。
だが、他に方法も思い付かない。今は張り切っているユーゴに任せてみるしかないか。
それから私達は、繁華街で市場の場所を聞きこんだのだが、しかしここでも困ったことが発生してしまった。
どうやら、ここには大きな市場というものが無いらしい。
街の規模が大きくないから……というのもあるのだろうが、やはり経済力の問題があるのだ。
「街の中で賄えるものは、それぞれ生産者が直接売り込みに来ている。そうでないものも、商団から買い付ける……と、そういう仕組みのようです。となれば、まず間違いなく……」
「商団ってのがそいつらだよな。でも、どっかに構えてやってるわけじゃないみたいだから……」
商団は朝早くに品物を売り歩き、そしてすぐにまた街の外へと買い付けに出てしまうらしい。
となると、もう今日は見付けられないのだろう。ううん……困ってしまったな。
「でも、なんか珍しいやり方だよな。こんなの、他のとこではやってないだろ? 多分、効率悪いから……だよな」
「そうですね。生産者がそのまま売りに出ていては、どうしても売り込める範囲が限られます」
「逆に、消費者もまた買えるものに限りが出てしまう」
「たとえ人件費や仲介費用が掛かっても、卸し業者は介すべきなのですが……」
この街にはそれが無い。
その理由は単純で、経済力に乏しい街だから……だろう。
仕事を増やして賃金を多くの人間に分散すれば、それぞれの収入自体は減る。
そうなれば消費は落ち込み、釣られて物価も下がる。
きっと現時点でも、デフレーションの限界に到達しているのだろう。
「こういう時に、国家であればもう少し対処も出来るのですが……やはり、ヴェロウは特別な存在なのだと思い知らされますね」
つまるところ、ここが街でしかないことが原因だろう。
経済の規模が小さいから、どんなに外貨を得ても上限が低い。
となれば、まったく勝手な言い分かもしれないが、この街はアンスーリァによって解放すべきだ。
もちろん、カストル・アポリアに合併される……という形でも、この街からすれば結果は変わらないだろうが。
「この街を治める人物はどこにいるのでしょうか」
「ヴェロウのように国として統治はしていなくても、市長という肩書きくらいは残っている筈です」
「指導者が無ければここまでしっかりと形を残せないでしょうから」
商団というものを探さなければならないが、しかしそれは今日の内には望めない。
となれば、まずはこの街をなんとかしなければ。
そもそも本来の目的は、ダーンフールが何者によって守られているのかを探ることだ。
それほど規模の大きなものではなさそうだと分かった以上、他の候補も当たっておかないと。
ひとまず誰でもいいから話を聞こう。
「あの、すみません。私達はカストル・アポリアから来たのですが、この街の市長はどなたでしょうか。挨拶をしたいのですが」
「市長……族長のことで良かったかい? それなら、今は出掛けてるよ」
「ちょうど入れ違いだったね。ハーデン族長はカストル・アポリアへ向かったところだ」
な、なんと。まさかこちらもすれ違ってしまうとは。
しかし……ふむ。ハーデン……族長、とは。
国から切り離され小さな集団となったからこそ、結束力を高める為に街そのものを一部族として纏めよう……と、そういう意思の表れ……なのだろうか。
「しかし、珍しいね。カストル・アポリアってあれだろう、商団がよくいろんなもの買い付けてくるところだろう」
「族長はそこの首長と面識があるとかで、たまに出掛けたりするけどね。そっちからここへ来て貰うってのは聞いたことが無い」
「ああ、ええとですね。私達はカストル・アポリアからの使者というわけではなくて……」
ヴェロウと親交のある人物がこの街に……?
ふむ、また少し面白い話が聞けたものだが……
私はユーゴと決めた設定どおりに話を誤魔化し、礼を言って早めにその場を立ち去った。
あまり長く話し込むとボロを出しかねない。散々言われているのだから、自覚しておかないと。
「カストル・アポリアから公的な師団をここへ遣わせたことは無い。けれど、こちらからは向こうへ赴いている」
「そして、商団はおそらく公認のものなのでしょうね」
「ってなると……こっちじゃなくて、ゲロ男の方でいろいろ調べが付きそうだな。ちぇっ」
なぜ拗ねるのですか。
ジャンセンさんに手柄を取られてしまったとでも思っているのでしょうか。思っているのでしょうね。
本当にどうしてそこまで張り合わなければ気が済まないのか……
「しかし、こちらでも調べられるだけは調べておきましょう。今日は無理でも、きっと次の機会にはここを解放することになるでしょうから」
「もしもその商団というものもアンスーリァが管理出来たならば、また広い範囲に物資を送り届けられるようになります」
「問題解決後のダーンフール復興にも必ず役立つでしょう」
調べられるだけは。と、そうは言ったものの、あとは何を調べたものか。
ひとまず、商団の不在を知ったのだから、マリアノさんと合流すべきか。
ユーゴにも同意を貰い、私達はまた街の外へと向かって歩き出した。
 




