第二百話【奇妙な街とまだ見えぬ影】
少し南へと戻り、私達はフーリスの街の調査に訪れていた。
目的はダーンフールの現状を知る人物を探すこと。
同時に、ここにあるというカストル・アポリアと盗賊団との関係を明かすのだ。
もしも野菜泥棒から聞かされた話がまったくのデマでないのならば、ここはアンスーリァの経済的にも、解放作戦の軍事力的にも、そしてカストル・アポリアとの貿易の為にも欠かせない場所になるだろうから。
「……なんか、思ってたよりはにぎやかだな。そんなに大きい街じゃないって聞いてたけど」
「そうですね。街の規模そのものは……広さや人口という点では、昔とそう変わらないのでしょうが……」
私とユーゴは繁華街をしばらく歩いていたのだが、その間にもいくつか嬉しい手掛かり……或いは疑問、謎とも呼べるものを見つけられた。
この街には、本来ならばあり得ないものがいくつもある。
それは地理的な理由であったり、それから現在のアンスーリァの情勢的な理由であったり。様々な要因で難しいだろうことを可能にしているものが見て取れた。
たとえば、レストランから漂う刺激的な香り――香辛料を使った料理だ。
これにはカストル・アポリアでも覚えがある。
アルバさんのおうちでごちそうになった際にも、この近辺では手に入らないだろう香辛料を使った食事をいただいたものだ。
つまり……
「少なくとも、こことカストル・アポリアは間違いなく繋がっているでしょう。どちらがどこから入手し、提供しているのかは分かりませんが」
経路を順当に辿るとすれば、やはりこのフーリスから……西の海岸から、北か南へと船を出しているのか。
或いは、外国からの商船が来るなんて話もあるだろうか。
いえ、その場合……密輸……ということにはなるのですが……
「ここも魔獣が寄り付かないようになってる……とかもあるのかな? ほら、ダーンフールをそう出来たならさ」
「可能性は十分にありますね。ダーンフール同様、ここにも防御らしい防御は見られませんが……しかし、人々が何かに怯えている様子も無い」
砦はおろか、柵や門すらも存在しないこの街は、果たしてどうやって魔獣の脅威を退けているのだろうか。
これがふたつめの嬉しい疑問だ。
ううん……簡単に魔獣が近寄らなくなる方法があるのだとしたら、一刻も早く国中に広めてしまいたいのだけれど。
「なら、やっぱり盗賊団は関わってるんじゃないか?」
「ほら、前に言ってただろ。ランデルの近くとか、他の街とか。魔獣の動きはあいつらが抑えてた、って」
「それを解放したから、ランデルに魔獣が沢山入って来たんだ、って」
「確かにそんな話もありましたが、しかしアレはマリアノさんありきの話なのではないでしょうか。誰でも……というような話とは到底思えませんが……」
ユーゴの言う通り、その話はいつか私も聞いている。
マリアノさんをはじめとした特別な戦力――特別に強い若者数名の指揮によって、最終防衛線内の主要都市においては魔獣の侵攻を低減しているのだ、と。
だが、それはあくまでも特別な部隊があってこその成果だ、とも。
「ジャンセンさんは、部隊の離別があったことを認知出来ていませんでした。となれば、特別な部隊や重要な組織に欠員は無かったのでしょう」
「ここに来ているとすれば、彼が管理しきれない末端の人間……彼ほどの管理能力があっても認知しきれていなかった、縁の薄い人達でしょう」
「悪い意味ではなく、彼の知らないところで招かれたとか、組織に属して日が浅かったとか」
「……まあ、あのクズはそういうとこ目ざとそうだもんな。ちゃんとしたやつだったら覚えてそうだし、いなくなったら騒いで探しに行ってそうだし」
騒ぐかどうかは分からないが、特別な人材を欠いている余裕は無かっただろうから。
もしも離反に気付けていたなら、彼は直接説得に赴いた筈だ。
それが無かった、認知されていなかったとなれば……
「……でも、意外とキツイこと言うんだな。いなくなっても気付かれないようなのしかここにはいないってことだろ?」
「ち、違いますっ。確かに……極論として捉えればそう聞こえてしまうかもしれませんが……」
もう、分かっているくせに、からかう為だけにそんなことを。
ユーゴは私があまり慌てないものだから、つまらなさそうにツンと口を尖らせてそっぽを向いてしまった。もう……
組織が大きくなれば、当然管理者は全ての人員を把握出来なくなる。
これはその人物の性格や人間性、能力を測る指標にはならない。
そんなことに意識を割いている場合ではないから、だ。
当然、覚えていられるのならば覚えた方が良いだろう。
指示も通りやすくなるし、信頼関係も強固になる。けれど、だ。
「末端の人間の顔を覚えている暇があれば、その間にも組織を大きく、豊かにする道を選ぶでしょう」
「そもそも、そう出来ない人間にはあれだけ大きな組織を運用することなど出来ません」
「真に部下を想うのならば、成果を挙げる他に無いのですから」
もちろん、これは私にも言える。
使用人の顔は覚えている。
だが、名前までとなれば半数を少し上回るかどうか。
一緒に遠征に出かけた兵士や隊員の名は精一杯覚えるようにはしているが、それもいつ忘れてしまうかも分からない。
考えることも付き合う相手の数も、いちいち数えていてはキリがないのだから。
「国軍の指導官などは、何百という部下の名や顔、それに普段の生活なども覚えているでしょう。それが仕事の一部ですから」
「しかし、ジャンセンさんは……」
「……もう分かったって。なんだよ、妙にムキになって庇うな」
そ、それはっ。ち、違います。
私が……自分があまり人の名や顔を覚えられないからと、言い訳をしたかったわけでは……わけでは……なくもないのだが……っ。と、誤魔化すか慌てる以下のどちらかしか出来ない状態の私を前に、ユーゴはなんだか不機嫌になってしまった。
おや? てっきりまたからかわれるかと思ったのに……
「さっさと探すぞ。顔の名前も知らない下っ端連中とはいえ、今はそいつらに用があるんだろ」
「下っ端……もう、言葉が悪いですよ」
「組織には上下があって、中心から末端までがあって。これはどうしても避けられないのです」
「しかし、そこには相互リスペクトがあるべきで……」
分かったって。と、ユーゴは私の言葉を少しだけ鬱陶しそうに遮って、むすっとしながらまた繁華街を戻り始めた。
ち、違いますよっ⁈ 決して、自分の情けなさを正当化したいのではなくてっ!
「……フィリア。もし、盗賊団が本当にここへ流れ着いてたとしたら。そいつら、何してると思う?」
「えっ? 何を……ええと……」
それは……やはり……自分に出来ること、或いは自分が請われたことを、だろう。
誰にも請われず、仕事も与えられなければ、盗賊行為に走って生活を成り立たせる……だろうが、それは今回無視して良い。
こことカストル・アポリアとが繋がっている――経済的な交流があるという前提がある以上、彼らはここでは無法をやっていない筈。
もっとも……他の街での無法の成果を売りさばいている……ということではあるのだろうけれど……
「……出来ることを、求められたことの為にしている。他の街……強い街から物資を盗み、それを横流ししている」
「しかしその盗賊行為の大半は、ジャンセンさんや公的機関に潜入した幹部の手引きが無ければ成立し得なくて……?」
「そんなシステムだったよな、アイツら。じゃあ、下っ端だけじゃロクなこと出来ない筈だろ?」
「なのに、なんかちゃんと成立してるってことはさ」
ここへ来たもの以外にも――現在特別隊に属しているものの中にも、関係者がいる……と?
私の問いに、ユーゴはやっとこちらを振り返って首を横に振った。
「特別な奴が抜けてたらあのクズは気付く。あと、そういうやつがなんか企んでても看破する。だったら、答えはひとつだろ」
「盗賊やめて自分からここへ来たんじゃなくて、誰かに言いくるめられて連れて来られたんだ」
「言いくるめられて……つまり、他の似た組織によって引き抜かれた……と?」
ユーゴはこくんと頷いて、なんだか妙に嬉しそうに、張り切った様子で身体もこちらへと振り返った。
いつだっただろう、こんな姿を以前も見た覚えがある。アレはなんの時だったか……
「ゲロ男とも違う、多分ヴェロウでもないやつ。魔人の集いと関わってる可能性も薄いよな、きっと」
「だってもしそうなら、引き抜きがあった時点でとっくにこっちの行動は全部見抜かれて先回りされてる筈だし」
「なら、またなんか変な組織が出てくるやつだろ、これ」
「変な……それが敵か味方か分からないのに、どうしても楽しそうにするのですね……」
ああ、思い出した。
バスカーク伯爵からゴートマンの能力について伝えられ、それをジャンセンさん達に隠しながら調査をしている頃だったな。
緊張もするし難しい話だというのに、それを娯楽のおとぎ話の中に入ったようだとユーゴは楽しそうに語っていた。
はあ……この子は……
「……貴方は戦いが好きなのではなくて、強い緊張状態や、取り返しのつかないという危機感を楽しんでいるのでしょうか」
「普段は私を変な人間だと散々言うくせに、貴方も大概ですよ……」
「な、なんだよ。楽しいだろ、なんとなく。わくわくするし」
いえ、わくわくはしませんよ……
おそらく、彼は自分が何かを発見することが――特別な何かが起こっているのだと、自分から気付けたことが楽しくて嬉しいのだろうな。
ううん……子供らしくて良いとは思うけれど……もう少しだけ穏やかな事象に対してその感情を持って欲しかった……
けれど、それを子供の妄言とは片付けられない。
ユーゴの言う通り、盗賊団に属していた若者を引き抜いた組織があってもおかしくはない。
もちろん、他の可能性が潰えたわけではないが。
それを念頭に置いて、もう少しじっくりと街の様子を観察してみよう。
ユーゴのモチベーションが妙に高いうちに。




