第百九十九話【都市に囲まれた街】
ダーンフール解放の前段階として、私達はカストル・アポリアの訪問と、フーリスの調査をそれぞれすることとなった。
そう、それぞれ。
私とジャンセンさんが二手に分かれて、それぞれがひとつずつ役割を遂行するのだ。
「……ユーゴ。もう、いつまでそうしているつもりですか」
まず出発したのはジャンセンさんだった。
若者数名を連れて――マリアノさんを連れずに、カストル・アポリアへと彼は向かった。
ヴェロウと一度会ってみたいから、その国の在りようを見てみたいから。そんな理由を付けて。
そして私は、ユーゴと、大勢の若者と、そしてマリアノさんに守られながら南へと進んでいる。
目的地はフーリス――かつてあった盗賊団と、カストル・アポリアが関わっているかもしれない街。
「ユーゴ。ほら、ユーゴ。そんなに不貞腐れないでください」
「貴方の気持ちも分かりますし、ジャンセンさんも、嫌がらせやあてつけの為だけにやったわけではないのでしょうから」
「不貞腐れてない。うるさい、デブ」
で……もう。
さて、そうして私はまたユーゴとふたりで馬車に揺られているのだが、その彼がもうずっと不機嫌極まりない。
理由は簡単で、私達の先頭をマリアノさんが守っているから、だ。
大雑把な言葉で纏めてみると、ジャンセンさんに信頼されなかったから……なのかな。
ユーゴはずっと、私のそばを離れようとしなかった。
それは、一度は裏切られたという警戒心が原因だ。
ジャンセンさんに対して――彼の部下に対して、一切隙を見せようとしない。
絶対に私を預けない、自分だけで守り通そうとする。
それ自体には筋も通っていたし、私としては感謝すべきことだろう。
「……けれど、貴方ももう彼らのことは信用しているのでしょう?」
「ジャンセンさんもそれが分かっているから……いえ。むしろ、こうして無理にでも言い出す機会を作ろうと……」
「うるさい! このデブ! アホ! デブ!」
で……っ。はあ、もう。これ以上は私が何を言っても、かえってこちらの胸に傷が増えるばかりか。
やはり、彼を変えるのは――変えられるのは、私のような未熟な人間ではないのだろう。
冷静で、ものごとを深く考えられる彼にとって、倣うべきは能力の高いものだ。
ジャンセンさんやマリアノさん、バスカーク伯爵もそうだな。
それから、このまま友好的な関係を結べたならば、ヴェロウもきっと彼の良い手本になる筈。
「……はあ。どうして、私はこうも……」
女王としても未熟で、人として――特別隊の一員としても力不足。
ユーゴを導くものとしても、ただ道案内と攻撃の許可を出すだけのきっかけくらいにしかなれていない。どうしてこうも無力なのだろうか。
「……悪かったよ。まあ……そんなにすぐ痩せなきゃいけないくらいじゃないとは思う……」
「……え? あ、えっと……うっ。あの……それは……」
今の独り言を聞かれていたのか。
そして……それに対する励ましの言葉がそれ……ということは、どうしてこうも醜い身体をしているのだろうか……と、そう嘆いたと思われている……のだろうか……っ?
そ、そんなに……自己嫌悪で嘆かなければならないほどひどい体型だとでも……っ⁈
「はあぁ。ユーゴ、私よりも先にジャンセンさんへ謝るべきですよ」
「確かに、一度は試され、裏切られたようにも感じました。けれど、それはどうしても必要なことでした」
「それからというものの、ジャンセンさん達のおかげで私達は……」
「うるさい、このアホ。そんなの、言われなくても……」
言われなくても分かっているのなら、こうして手を差し伸べられる前に謝ったら良かったのに。
改まって言葉にしなくとも、私を彼らのもとへ預けて戦いに出る、とか。
気恥ずかしさがあるのならば、せめて行動だけでも示せば良いものを。
それからもユーゴは不機嫌なままで、私達はしばらく馬車に揺られ続けた。
そして、行きよりもずっと短い時間が経過した頃に、威勢のいい若者達の声が響いて……
「どうやらそろそろ到着するようですね。しかし……ううん」
「マリアノが指揮執ると、なんか……蛮族って感じになるな」
蛮族。流石にそこまでは思っていなかったが、確かにそう言い表すことも……ふっ。
い、いけない……ふふっ……言い過ぎなのに、思ったよりもすっぽりと当てはまるものだから……ふく……っ。
「女王陛下、到着しました。揺れるんで、お気を付けください」
「は、はい……ふふっ……く……ふふふ……」
い、いけない。ど、どうにも変なツボに……っ。
それから馬車は大きく揺れ、私もユーゴも転げないように荷物に掴まって、完全な静止を待っ……
「……こういう荒っぽいとこも蛮族感あるよな」
「――くふっ――ふふ……ゆ、ユーゴ。いけませんよ、そんな言い方……」
いけない。いけないことだと、他者を貶めるような言葉を口にしてはいけないのだと叱らないといけないのに。
私が笑いをこらえているのが面白いのか、ユーゴはその後もしばらく蛮族という言葉を繰り返して……ふふ……な、なぜこんな時に子供みたいな真似を……
「おい、デカ女。さっさと出て来い……ァア? なんだ、何してんだテメエら。遊んでんならこのまま置いてくぞ」
「あっ、ち、違うのです! ふざけていたわけではなくて!」
もう! ユーゴの所為で! 妙な誤解を持たれたらどうするのですか! と、私が詰め寄れば、ユーゴはもう不機嫌そうな顔などどこかに忘れてきてしまったみたいに笑っていた。
もう……機嫌が直ってくれたのなら、こうして訝しまれたのにも意味はあったと思えますが……
「さて。あのバカも言ってたと思うが、オレじゃ探す前に逃げられる可能性がある。だから、オレと古株のやつらは街の外で待機する」
「デカ女、テメエが指示出してこいつら上手く使え」
「私が……はい。では、すみません。念の為、街の周囲の警戒をお願い出来ますか」
了解した。と、マリアノさんは姿勢を正して答えてくれた。
今のは特別隊の最高責任者の言葉として受け取った……と、そう言われたみたいだった。
うん。やはり、マリアノさんに対して蛮族という言葉は……しっくりはくるけれど、正しくはない。
彼女ほど統制という言葉の似合う人物もいまい。
軍属ではないのに、軍人よりも規則に厳しいとさえ思える。
「では、皆にも指示を……っと。隊が出来上がってから、こんなにも人を増やしてくださっていたのですね」
「それとも……こうする予定で、古くからの隊員はあちらに引っ張っていった……ということでしょうか」
マリアノさんの期待にはしっかり応えなければ。
そう思い、気合を入れて隊員達の方を振り返れば、同行してくれたうちの半数以上がそこには並んで残っていた。
人数にして、およそ二十五から三十名か。
そうかそうか、こんな危険な作戦に送り出せるような人物を、隊の結成以降にもこんなに募集してくれていたのだな、ジャンセンさん達は。
「……こほん。では、基本的には三名……いえ、四名一組で行動してください」
「まだこのフーリスに危険が無いと決まったわけではありません」
「魔人の集いという問題もそうですが、そもそも危険な環境にぎりぎりで耐えている街である可能性も高いですから」
「余所者に対して過敏に、そして攻撃的になっていてもおかしくはありません」
穏便に、刺激しないように。
どんなに良い方向に試算したとしても、この街が疲弊していない可能性は絶無に近しい。
ならば、武装した我々が乗り込んできた、と。そんな勘違いを生むのだけは避けなければ。
「それでは、私達も参りましょう。ユーゴ、周囲の警戒を。けれど、あまり睨み付けたりしてはいけませんよ。穏やかに、静かにお願いします」
「……なんかムカつくな、その言い方。犬みたいに扱われてる気分だ」
そ、そんなつもりは……
ユーゴは私の言葉に少し不満があったみたいで、ぺしぺしと私の肩を叩いてそっぽを向いてしまった。
けれど、出発直後のような不貞腐れた態度はどこにも無い。
機嫌を直してくれた……のもあるだろうが、ここからはふざけている場合ではないと緊張感を持ってくれているのだな。
隊員全員の出発を見届け、私もユーゴも街の中を散策し始めた。
事前に得ていた情報通り、ここはそこまで大きな街ではない。
都市と呼ぶには小さく、しかし村や集落と呼ぶほどでもない。
この街の特色……今調べるべきことに関係する特徴といえば……
「ダーンフール、カストル・アポリア、そしてヨロク。この三つの中間に位置するというのは極めて大きな利点です」
「そして、それらに比べて海が近いことも無視出来ませんね」
「海……海路か。ってなると……まだ、可能性はあるよな。最終的にヨロクの方へ行ったっぽい、アレが入ってきた場所として」
アレ……か。
ヨロクの北の林の、その更に奥にユーゴが感知した何か。
カンビレッジやウェリズに魔獣がいない原因……だと思われるもの。
私達の予測では、ウェリズの港から入って来て、ナリッドを一度経由し、そしてヨロクへと運ばれた……と、そう考えている。
だが、確かにユーゴの言う通り、ウェリズの前にこのフーリスを訪れていても、地形的にはそう変でもないのだ。
ここから近い港は湾の内側ではあるものの、島の西側の海岸線で繋がってはいるのだから。
まだ不安要素はある。けれど、ここにはまた別のものを求めてやって来た。
カストル・アポリアと交易をしている存在。それを探して、私達は大通りを進んで繁華街へと踏み込んだ。




