第百九十七話【今見るべきものは】
「そうですか……やはり、街の近郊では魔獣の姿を確認出来なかった、と」
ダーンフールには奇妙な点がある。
カストル・アポリアに若者が移住しているにもかかわらず、生活が成り立っているというところ。
人々の生活があるにもかかわらず――老人という弱い人間が多く住んでいるにもかかわらず、魔獣に対する防御がまったく見られないというところ。
ならば、何かによって護られているのは間違いないだろう。
そう思って、街の外を調べている部隊に話を聞いていたのだが……
「魔獣の痕跡はどうだったんだ。いつ頃まではいたとか、分かんなかったか。戦って退治した痕とか、何かしらは残ってたんだろ」
「はい。矢とか弾丸とか、剣や盾の一部とか。それに、罠みたいなのもまだ残ってました」
じゃあ、やっぱり決まりだな。と、若者達の言葉にジャンセンさんは小さく頷いた。
彼は、やはりこのダーンフールはカストル・アポリアの手によって護られていたのだ。と、そう言いたいのだろう。
状況的にもそれが自然だし、この街とあの国との間に交流があることの裏付けも取れている。のだが……
「他の街から誰かが来ている可能性は無いでしょうか。ここもカストル・アポリアのように、街と街とが手を取り合って自衛しているという可能性は」
「他の街……って言っても、この辺で一番大きい街はここで、次に都市と呼べるだけの規模の街は、もっと北のアルドイブラに行くまで無いんだし」
そう、そうなのだ。それは私も理解出来ている。
しかし……しかし、何かが引っ掛かっている。
この街の近くに、ヴェロウやジャンセンさんがやっていたことの恩恵を受けたところがあっても変ではない、と。
カストル・アポリアか盗賊団、或いはその両方と関係を持っていた場所が、この最終防衛線の外側には存在してもおかしくない筈で…………
「――っ! そうです! ジャンセンさん、フーリスという街をご存じありませんか?」
「カストル・アポリアから西……このダーンフールから南南西に位置する街の筈なのですが」
「フーリス? そりゃまあ、名前は知ってるよ。でも、あんなとこ何も無いよ?」
「大して力のある街でもなかったし、そもそもここに援助してられるような余裕があるとも思えない。なんだってまたそんな街を」
思い出したのは、アルバさんに任せて貰った野菜を盗まれた……ではなくて。
かつてカストル・アポリアで市場へ向かっていた際、馬車の中でガンバラという男から聞かされた話だ。
もちろん、あんなものは全くの嘘で、私の意識を逸らす為の方便だった……と、そういう可能性も否定はしきれない。だが……
「カストル・アポリアとフーリスとは、少なからず交易を行っているそうなのです。それと同時に、主に国の南側で活動する盗賊団とも交流関係にあったのだと、そう聞かされました」
「もしもそれが本当ならば……」
「えっ、ちょっと待って⁈ それは聞いてない、俺も知らないよ⁉」
「北についてはダランまで、そっから先は踏み出せなかったんだ。フーリスなんて、全然何も関係してない筈だけど⁈」
やはりこの件は、ジャンセンさんの管理下から離れたところで、恐らく盗賊団の一員だった者が独断で行っていた取引なのだろう。
ジャンセンさんも大慌てでその場にいた若者全員に事情を聞くのだが、しかし誰の口からも明確な答えは聞けなかった。
つまり、特別隊結成の時点では独立して活動していた……という可能性もあるだろうか。
「ただの噂話、嘘の情報を掴まされたという可能性もありますが、しかしそれが真実であるならばこの街の状況にも納得がいきます」
「魔獣への対処、戦闘については、カストル・アポリアよりもジャンセンさん達の方が優れていたと感じましたから」
「いやいや、そんな……うーん……無くも無い話……なのかなぁ」
「恥ずかしながら、纏めるべき人間があっちこっち動き回ってた組織だからね。特に北はごちゃごちゃしてて、情報の整理が追い付いてなかったところもある」
「その隙突いて、誰かが横流しやっててもおかしくはない……かもだけど……」
うぅーん。と、ジャンセンさんは深く深く唸り声をあげてしまった。
そんな頭の切れるやついたかなぁ。なんてボヤキからは、どうにも哀愁すら感じられてしまう。
もちろん、その言葉は彼が部下の能力の低さを嘆いてのものではない。
経済や物流についての知識があるものは、各地の役場へと潜入させていただろうから。
常に人員がぎりぎりだったからこそ、そんな優秀な人間を見落としていたのだろうかと後悔しているように見える。
「カストル・アポリアへの確認もしますが、同時にフーリスも調査してみる価値はあると思います」
「もしも本当にかつての盗賊団とカストル・アポリアの両方と貿易をしているのだとしたら、かなり大きな経済市場になっていたとしてもおかしくはありませんし」
「うーん……そうだね、そこを引っ張り込めれば宮の資金問題もちょっとはマシになりそうだ」
「ダーンフールもさ、今はジジババの拠り所だけど、金と時間とやる気さえあれば、ちゃんと解放して活気のある街に戻してやれるだろうし」
それは、ここを解放し、活動拠点として軍事設備を建て、そしてそれらの作戦が終わった後の話だろうか。
まだ少し先にことにも思えるが、将来に展望を抱けないような解放はすべきでないだろうから。
ジャンセンさんも私と同じ考え……いいや。同じ意志を持って取り組んでくださっているのだなと思うと、また嬉しい気持ちになるものだ。
「さて。そういうことなら、姉さんと合流したらちょっと移動しよう」
「多分、決定権を持ってる人間はもう残ってないと思う。市長でも町長でもなんでもいいけど、とにかくここには指導者がいない。というか、他所の人間に任せてる」
「となったら、そっちに話を通さなくちゃならないよね」
「そうですね。まずはカストル・アポリア、それからフーリスへ。距離的にも、今日の内にどちらも訪れてしまえそうです」
また窮屈な予定組むね……と、なんだか訝しまれてしまったが、急いでいるのは事実なのだから。
今日の内に終わるのならば終わらせる。
今回は体力にも腕力にも覚えのある若者揃いだから、明日や明後日の為にしっかり休息を……という配慮もそこまで必要ではない。
「それじゃ、そっちのお前らはここで待機。フィリアちゃん、早いうちに出発準備させといて。で、こっちは俺と一緒に姉さんとこ行くぞ」
ジャンセンさんはそう言うと、部隊に区別無く若者数名をざっくりと指名し、そのまま林の方へと駆けて行った。
いつもよりやや強引で、それに焦った様子があるのは……
「……思いがけず無茶な予定をお願いしてしまった……のでしょうね。すみません……」
私はいつも守られて運ばれているだけだから。その視点からでは、間に合うように思えたのだ。
しかし、現実的には厳しい……ぎりぎり間に合わせられれば、くらいの時間なのだろう。
ほ、本当に申し訳ないことを……
「……こほん。では、私達は出発の準備をしましょう。マリアノさん達が戻って来た際、すぐに出られるように」
「少しの休憩は挟むでしょうが……その……呼び付けておいて準備がまだとなれば、マリアノさんに怒鳴られてしまいそうなので……」
何も冗談や場を和ませる為に言った言葉ではなかったが、先ほどまでまだ緊張の色があった皆の顔に少しだけ笑みが浮かんでいた。
笑みが……笑っているのに、どうしてか怯えや不安の言葉を口にしている。
私のマリアノさんへの認識は、彼らとそう違いないものなのだな……
「それだけマリアノさんが分け隔てなく接してくださっている……ということでしょう」
「さあ、ユーゴも手伝ってください。私達が一番体力を余らせていますから、率先して働かなくては」
「はいはい、分かった分かっ……わ、分かったから! お前はじっとしてろ! 変なことしようとすんな!」
な、なぜそこまで必死になって止めるのですか……
ここまで守って貰ったのだから。と、私が馬車の方向転換や荷物の積み込みを始めようとすると、ユーゴは慌てて私の背中を押して隊列から少し離れたところへと追いやった。
わ、私では足手まといになる……と、そう言いたいのか……っ。
「バカ! アホ! デブ! 間抜け! お前になんかあったら全部台無しになるだろうが! 準備してきたことも! これからやることも!」
「無駄に張り切って馬になんか近付くな! エリーじゃないんだから、蹴られるぞ!」
「うっ……こ、これでも馬の扱いは心得て……」
そういう話じゃない。と、ユーゴがそう言うと、周りの皆も苦い顔で頷いていた。
う、ううん……出来れば皆のことも休ませたかったが……しかしここはユーゴが正しいか。
私がこれで怪我でもして、その所為で解放が遅れたとあっては大問題だ。
「では……皆、よろしくお願いします。な、何か手伝えることがあれば言ってください。カストル・アポリアでは仕事を任せて貰ったのです、それなりに経験はあります」
「このアホ、体験入部みたいなこと言ってんな。指示だけ出してろ、こっちくんな」
しっしっとまるで犬でも追い払うように、ユーゴはずいぶん怒った顔で私にそう言った。
そして彼がいの一番に運び始めたのは、どうやら武器の入った箱……銃や弾丸の詰まった危険物だった。
こんなものは絶対に任せられない……か。
ううん……そんなにも私は信用ならないのだろうか……ううぅん…………




