第百九十六話【弱きの許される地】
私達は魔人の集いの問題を解決する為に、その活動拠点を設けようとダーンフールの解放を急いだ。
そして部隊を率いて街までやって来たのだが……
「確かに、冷静に考えてみれば当たり前のことだったね」
「カストル・アポリアは国として自立するくらい強い力を持ってる。裏を返せば、それだけの力を――人を集める必要があった」
「となれば、近隣の街から働き手をかき集めるのは当然。ダーンフールがそこに属してるかどうかは関係無しに」
「そうですね。見落としていた……わけではないのですが、まさかここまでとは思っていませんでしたから」
働き手を集める、住民を集める。
それはすなわち、経済を大きくするということ。
当然、ヴェロウならばそれに考えが及ばないわけもない。
ただひとつ意外だったというか、予想出来なかったのは、ここまでもぬけの殻になっているという現状だ。
「今でも迎えが来てるって言ってたから、年寄りは見捨てて……って腹じゃないんだろうな」
「まず下地を作り上げる為に、動けるやつを片っ端から呼び集めた」
「それから家族も連れて来られるようにしてやる……とか、そんな条件付けたんだろう」
「カストル・アポリアは民主主義の国でしたから、民の総意を得られそうにない策は選ばないでしょう」
「それに、ヴェロウは情に厚い人物に見えました。弱者を庇い、手を差し伸べることはあっても、働けないからと見捨てるとは思えません」
事実、ここにはこうして高齢になるまで生きられるだけの環境がある。
少なくとも、食や医療については問題無く行き渡っている筈だ。
ただ……そうなるとまた別の疑問が浮かび上がってくる。
ここには働けるものが少ない。
なら、その食料や衣料品はどこからやってくるのか……という問題だが……
「定期的に訪れては物資の支給をしているのでしょうか。そして、その度にカストル・アポリアへの移住を勧めている、とか」
「当然ですが、この地から離れたがらないものもいる筈ですし」
「うーん、順当に考えたらそうなるよね」
「俺達も似たようなことはしてたから、それに意味があることは理解出来る」
「いずれはここも領地内に入れてしまおうって魂胆だろうね」
「その時にここが魔獣に荒らされて使い物にならない状態じゃ、手入れの手間が増え過ぎる」
「維持出来る最低限を確保しつつ、まずは今ある領地を強固にしようってとこかな」
やれやれ。と、ジャンセンさんは肩を竦めてため息をついた。
そんな彼の様子に、ユーゴはどこか自慢げに……というか、ジャンセンさんが困っているという点だけを喜んでいる顔で、どうだと言わんばかりに視線を送っている。
「……ユーゴの言ってたことはよく分かったよ。こりゃお手上げだ、俺より間違いなく上だろうね」
「手腕も人望も……だけど、何より見えてるものが――将来に対する展望が違い過ぎる」
「展望……ですか? しかし、ジャンセンさんとヴェロウとの間に、それほどの差があるようには思えません」
「おふたりとも人々の為に尽力し、そして結果を出してきた」
「国という骨組みをヴェロウが組み上げたことは確かに素晴らしいですが、しかしジャンセンさんは南部にも北部にも拠点を構えています」
それぞれの距離が遠過ぎて、国という形式を取るのが難しかった、不可能に近かった。
連絡の手段が限られ過ぎていた時点で、かの盗賊団は団という組織止まりになってしまう。
しかし、それでもより広い範囲で人々を守り、助けてきた。
その実績がヴェロウに劣るとは、私には思えないのだけれど……
「お褒めの言葉は嬉しいけどね、そういう話じゃないんだよ」
「俺は、今出来る限りで全員を守ろうとしてた」
「だから、最終的にはすぐ頭打ちになる形でも問題無いと思ってた」
「でも、そのヴェロウってやつは違う。国って形にこだわって、最終的に救える最大数を増やす方を選んだ」
「早い話、そいつはアンスーリァの全部を手に入れる計算でいるのさ」
いやはや参った。と、またジャンセンさんはため息をつくが……そ、そんな計算は私も困る。
確かにカストル・アポリアの在り方は素晴らしいと思った。
民主主義という形も、またひとつの国の可能性だろうとも。しかし……
「ま、でもフィリアちゃんが直接乗り込んだからね。そう簡単に踏み込んでは来れなくなったと思う」
「今までの王政は、基本的に受け身の姿勢が多かったからね」
「フィリアちゃんみたいにやたらめったら暴れ回ってなんとかしようとする王様がいると分かれば、向こうも下手に手出しは出来ない」
「っ⁉ わ、私はそんなにも暴君めいて見えるのでしょうか……?」
「自分では出来るだけ穏便にものごとを進めようと心掛けているつもりなのですが……」
私の言葉に、ジャンセンさんは何も言わなかった。
どうしてだろうか、その沈黙は肯定の意味を含んでいる気がする。
ユーゴもユーゴで苦い顔を浮かべるばかりだし、周りの隊員達もどこか気まずそうだ。
こ、これは……
「いやまあ、暴君ってほどじゃないんだけどね。ただ、やり方はかなり乱暴というか、強引だよねって」
「そもそも、俺達を味方に引き入れた件とかさ。国軍の機能を半分棄てて、実力のほども分からないならず者に頼るとか、冷静な指導者のすることじゃない」
「で、ですが、それはもうジャンセンさん達の実績と、そして能力を知った上での決定で……」
一緒に仕事したことも無いのに、分かるわけないでしょ。と、ジャンセンさんは笑ってそう言った。
それは……そうかもしれないが……
「実際、俺達の組織規模については手を組んでから知ったでしょ」
「ま、結果としてはこの形が最善だったと、俺達目線からは言えるけどね」
「ただまあ、どっちに転ぶか分かんない無茶をする王様だってのは事実だし、多分そのヴェロウにもそう捉えられてるだろうね、って」
うう……い、言われてみると、確かにヴェロウはそんな反応を見せていた気がする。
前王政までに比べて苛烈だ、とか。強引だとか。それに……考えられない……とか。
「……まあ、それが今回もいい方向に作用してそうだからさ。フィリアちゃんは相当運が強いんだろうね」
「冷静に考えたら、女王様自ら、それもたった三人で遠征になんて出掛けないし」
「そんなバカげた無茶を通した結果、カストル・アポリアと協力関係を結びつつ、牽制も出来てる」
「その上ゴートマンの一時的な無力化も達成してるんだから、とんでもない豪運だよ」
豪運……か。それには自覚がある。
そもそも、王家の娘に生まれる可能性がどれだけ低いものか。
そして、跡継ぎ候補の誕生前に前王が暗殺されたことも。
そこで王政が崩壊し、貴族によって政治を乗っ取られなかったことも。
まずもって、女王フィリア=ネイという存在が、奇跡的な確率のもとに誕生しているのだから。
その後の出会いについては、今更語るまでもない。
「さて、それじゃもうちょっと調べたら人を集めますかね」
「一応さ、まだ魔人の集いとの関係がゼロだとは決まってないわけで。そこをはっきりさせたら、次はここをアンスーリァのもんだってしっかり主張しておく必要がある」
「形だけ見れば、カストル・アポリアは人だけぶっこ抜いて街を放棄したとも捉えられる」
「だから、ここに俺達が拠点を構えても文句は言いにくいでしょう」
「わ、私よりもジャンセンさんの方が強引な気がするのですが……しかし、その通りですね。ここにはなんとしても拠点を構えたい」
「ただ、カストル・アポリア近郊への軍事拠点の建設は一度反対されていますから。本格的な設備の建設前に、もう一度交渉に伺った方が良いでしょう」
そんなの、先に言っちゃったらそりゃ断られるよ……。と、ジャンセンさんはどこか寂しそうな顔でそう言った。
そ、そうかもしれませんが。しかし、あまり不義理を働きたくないと思ったのも事実だ。
恩もあったし、何より手を取り合いたいとは本気で考えている。
ならば、騙し打ちのようなことはしたくない。
カストル・アポリアへの攻撃の意思はまったく無いのだと伝え、解放が進めば軍事力も低減させると約束し、拠点の設営を正式に許可して貰いに行こう。
「ま、今はカストル・アポリアよりもここだ」
「おし、お前ら。手分けして聞き込みして来い。んでもって、畑とか農場とか、この街が何を賄えてるのかもしっかり確認すること」
「ここが本当にカストル・アポリアに守られてるんなら、それ以上の支給をしなくちゃ、ただわがままで取り上げただけになるからな」
ジャンセンさんがそう指示すれば、隊の若者達は三人一組で散策に向かった。
ジャンセンさんの言う通り、ここが既にヴェロウによって解放されていたのだとすれば、それ以上の待遇が無ければここの人々にも、カストル・アポリアに逃げていった人々にも申し訳が立たない。
ううん……ただでさえ解放の為に資金も物資も必要になるというのに……
「俺達も俺達で動きますかね。さっきのじいさん送ってった感じだと、この街には本当に兵士だの警察だのはいなさそうだった」
「ってーことは、だ。そろそろ姉さん達も異変に気付く頃でしょ」
「この街の周辺には魔獣がいない……或いは、魔獣が近付けない何かがある、って。ちょっと合流して話を聞こうか」
そうして私達は、街の中心からまた外へ向かって歩き始めた。
ジャンセンさんが指揮を執っていることが気に食わないらしいユーゴだけは不満げな顔をしているが、しかしそれでも文句らしい文句はこぼさない。
論理的な決定がなされているから、だろう。
かたや笑顔のジャンセンさんと、かたや仏頂面のユーゴに守られながら、私達はまた門をくぐって街の外へと踏み出した。
そこにはやはり、入り口を警備していた部隊の他に、マリアノさんに連れられていた筈の若者数名の姿もあった。
ジャンセンさんの予想通り、違和感に気付いて報告をしているところなのだろう。
彼らは私達の姿を見付けると、急いでこちらへ駆け寄って来た。




