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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第百九十五話【老いたる街、ダーンフール】



 ヨロクより北方、最終防衛線の外。

 その中でもっとも距離の近い大きな都市、ダーンフール。


 魔人の集いの問題を解決する為には欠かせない、北に戦線を伸ばす為の活動拠点。

 それを確保する為に、私達は――私と、ユーゴとジャンセンさんと、それから少数の護衛部隊は、門をくぐって街の中へと踏み込んだ。


「……あんまり、元気な感じはしないな。カストル・アポリアは割と人が出歩いてたのに」


「そうですね。ユーゴ、ゴートマンの気配は感じられますか? 他にも、攻撃的な意思を持つ人物がいないかどうか、確認をお願いします」


 言われなくてもやってる。と、ユーゴはそう言って、そして首を横に振った。

 危険なものは無さそうだ……か。


 ならば、このまま街の中心まで進もう。

 もうずっとずっと昔の地図になってしまうが、街の中心のやや北寄りに役所があった筈だ。


 機能しているかどうかをはじめ、この街の状況を知るにはそこを見るべきだ。


「おい、ユーゴ。お前、人間の気配は感知出来るんだっけか? それなら、どこら辺に何人……とか、分かったりしねえかな」


「そこまでは流石に無理。まあ、音がすれば分かるけど、それが人のものかどうかまでは分かんないし」


 そっか。と、ジャンセンさんは少しだけ得意げに相槌を打った。

 そんな彼に、ユーゴはまた嫌そうな顔を向ける。

 もう、すぐに喧嘩が始まるのだから……


「だったら、今回ばかりは俺の方が役に立てそうだな」

「フィリアちゃん、端的に言うね。ここは“はずれ”だ」

「いや、都合の良いことに“あたりじゃなかった”が正しいのかな?」


「はずれ……であることが、都合が良い……ですか?」


 ジャンセンさんは少し周囲を見回して、それからもう一度深く頷いて私の問いに答える。

 その通りだ、と。


 しかし、いったい何を指してあたりはずれと言っているのだろう。


「ここには魔人の集いは絡んでない。っていうか、大きな組織は存在してないと見ていいだろうね」

「だから、ここを活動拠点にしよう、とか。お金を掛けずに解放しよう、とか。そういう視点からははずれ」


「……けれど、最悪の状況は免れそうだから、都合が良い……と?」


 そういうこと。と、ジャンセンさんはまた小さく頷いて笑った。


 どこか安堵の表情にも見えるそれは、まだ少し早いもののようにも思える。

 だって、まだ街に入ったばかりなのだから。


 もう結論を出すというのは、いくらジャンセンさんでも難しいのでは……


「さっき通ったのが、多分一番大きい出入り口だよね。少なくとも、以前のダーンフールにあれ以上の門や砦は無かった筈」

「としたら、そこをどれだけ守ってるかで、街の武力はおおよそ見当が付くでしょ」

「門に立たせる見張りもいなけりゃ、勝手に入って来た俺達を迎え撃つ憲兵もいない」

「もう、ここには戦う力なんざこれっぽっちも残ってないんだよ」


「魔獣を追い払うだけの余力も無く、ただ閉じられた門の内側に隠れているだけの状態だ、と」

「ううん、言われてみれば、門に見張りが立っていないのは不自然ですが……」


 ジャンセンさんの言葉には、なるほどな説得力があった。

 しかしまだ希望を捨て去るのは早い……と、それは甘い考えだろうか。

 この街にはそれなりに備えがあって欲しいと、どうしても願ってしまうのは私の弱さなのか。


 やはり、この街の解放に多額の資金を投入するのは避けたい。


 何があっても解放しなければ、押さえておかなければならない。

 そういう前提があるから、どんなにお金が掛かってもやり遂げはする……のだが。


 しかし、現実問題として、宮の財政も苦しいもので……


「……はあ。叶うのならば、この後の遠征に余裕を持たせられるだけの資金は残したいものです」

「ダーンフールを解放しなければ始まらないとは分かっていても、しかしここで力を使い果たしては意味が無いのですから」


「そうだねぇ。そういう意味でも、カストル・アポリアの独立を認めちゃったのは痛かったと思うよ」

「ここがダメでも、代わりの拠点を準備出来れば問題無かったわけだし」


 いいや、そういうわけにもいかない。

 あの場所はあそこに住む人々のものだ。

 少なくとも、私達の介入を求められていない時点で、解放という言葉を使っていい場所ではなかった。


 もっとも、そういう意味なら、この街は障害が少なそうだとも捉えられるが。


「っと、そんな話をしてたらそろそろじゃない?」

「ま、昔の地図を見ただけで、誰もこの街に来たことは無いからさ。土地勘なんてあったもんじゃないけど」


「そう……ですね。もうそろそろ街の中心に到着する頃ですが……」


 ジャンセンさんに言われて周囲を窺ってみても、しかしそこには目立つような建物の姿は無い。

 というか、ここまで歩いてきて、まだ誰ともすれ違っていない。


 もしやとは思うが、もう人は誰も住んでいない……などという話があるだろうか。


「ええと……記録では大きな建物があった筈ですが……道を間違えてしまったのでしょうか。それとも、取り壊してしまったとか」


「うーん。わざわざ壊すとは思えないんだよね」

「ま、余裕があるうちにさ、お国憎しで国営の設備全部潰した……とか、無くも無い話かもだけど」


 となると……ううん。やはり道を間違ってしまったのだろうか。

 なにぶん古い情報だったし、それに時期が時期だから、距離が正しいのかどうかも疑わしい。


 となったら、もう少し歩き回って探してみるしか……


「……フィリア、止まれ。誰か来るな、足音がする。多分、年寄りだ。ペースが遅い」


「ご老人……ですか。ちょうど良い、話を伺ってみましょう」


 どちらから来ますか? と、私がユーゴに尋ねながら歩き出すと、彼は大きなため息をついて頭を抱えてしまった。

 それに続くようにジャンセンさんも苦笑いを浮かべて、周りの若者達に指示を出し始める。

 え、ええと……?


「アホ、バカ、まぬけ。いきなりお前が行くな。いつも言ってるけど、もうちょっと危機感持て」

「年寄りだったとしても、それが悪いやつじゃないとは限らないだろ」


「悪意敵意にはユーゴが反応するとはいえ、向こうからこっちが見えてない状況だからね」

「うっかり近寄ってから正体がバレて、割って入る暇も無く刺された……とかなったら全部おじゃんだ」

「もうちょっとだけ、囲まれながら動いてね」


 うっ。ご老人だと聞いて、頭の中にアルバさんの姿が浮かんでいた。


 そうだな、誰も彼もがあの人物のように聡明で慈愛に満ちているとは限らない。

 もちろん、魔人の集いの中にも高齢の人物もいるだろうし。


 ううん、やはりどうにも、私には危機感が……


「ま、話聞くのは俺に任せて。こういうのは慣れてるっていうか、そもそもそれで飯食ってたんだからさ」


「はい……では、お任せします……」


 そんな顔しないの。と、ジャンセンさんにそう言われてしまったから、きっと私は不服そうな顔をしているのだろうな。


 何も、過保護にされているような気分が嫌だというわけではない。

 ただ、カストル・アポリアではいろいろと任せて貰えたから。


 他にいなかったからとはいえ、多くのことを経験出来たのだ。

 その機会が遠退いてしまうのが惜しい。


「おはよー、じいさん。ちょっと話聞きたいんだけど、平気かな?」


「……? はい、おはよう。話……かい? なんでもいいけど、また随分物騒な格好をしとるね」

「なんだい、こりゃあ。わしにももう迎えが来てしまったかいね」


 ユーゴが感知した足音の正体は、杖を突いてふらふらと歩く、腰の曲がったおじいさんだった。

 眼も随分悪くなっていそうだ。

 そういう点では、アルバさんを思い起こさせるが……


「いやいや、誰が戦死した兵隊だっての。俺達はここの外から来たんだよ」

「ここ、ダーンフールだよね? まだ人が残ってるってんなら、ここを守って街として復興していこうと思って」


「街の外から……かい? そりゃまた……そうかいそうかい、珍しいことがあったもんだね」

「そうかい……わしももう迎えがくる歳になったかいね」


 だから。と、ジャンセンさんは普段も見せるひょうひょうとした態度でおじいさんと会話を試みる。


 確かに、彼は商人として各地を渡り歩き、そして盗賊団を成立させる為の資金繰りをしていた。

 私も初対面では……ひどい目には遭ったが、しかし彼にはすぐに気を許した覚えがある。


 いえ、私は誰に対しても警戒心を抱かなさ過ぎるのだと怒られていますが……


「あのー……あれかい。街の外っていうと、南の方かい。なんだったかな、みんなそっちへ逃げたんだ。ええと……」


「……あっ。もしかして、カストル・アポリア? え? みんなカストル・アポリアへ逃げたの?」


 そう、カステロ・アプリア。と、おじいさんは少しだけ間違った認識ながらもジャンセンさんの言葉に頷いて、それからまたゆっくりと時間を掛けて言葉を紡ぎ出す。

 わしにも迎えが来てしまったかいね……と。


「初めは子供達と、母親がね。安全な街を作ったからって言って、避難させるからって、連れてかれてね」

「それから若いもんも連れてかれてね。今でもたまに来てくれるが、まあでももうここに残っとるのは、働きようもないジジババだけだでね」


「んっと……もうダーンフールにはじいさんばあさんしか残ってない……のね」

「ふーん。そっかそっか。ありがとね、じいさん。家どこだい、送ってくよ」


 わしにももう迎えが来てしまったんだねえ。と、おじいさんはカストル・アポリアからの迎えなのか、それとも別の意味での迎えなのかがはっきりしないうわごとを繰り返しながら、そのままジャンセンさんに送られていった。

 そう……か。この街にはお年寄りしかいない、か。


「……もしや、この街はカストル・アポリアによって護られている……のでしょうか。直接的にも、間接的にも」


 お年寄りしかいない。それは、弱り切っている証拠でもありながら、しかしそれだけ弱い立場の人間でも生存が許される環境であるという証拠でもある。

 つまるところこのダーンフールは、街そのものには力が無いが、なんらかの外的な要因によって平和な暮らしだけを維持出来ている……と。


 それからおじいさんを送り届けて戻って来たジャンセンさんからも、同じような推測を聞くことが出来た。

 まず間違いなく、ここは何かによって護られている。

 カストル・アポリアか。或いは、もっと他の何か……か。

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