第百九十四話【到着、そして確認】
ダーンフールに到着した。
私はそのことを、前のめりに倒れそうになるくらい急なブレーキによって知らされた。
ううん……エリーはどうしてあんなにもスムーズに停止出来たのだろう。
発進もほとんど揺れなかったし……と、今する話はそれではなかった。
「――ここが――」
馬車から外へ出れば、そこは周囲を林に囲まれた大きな街であった。
最後の大きな揺れの所為で少しだけ足下がふらふらするけれど、それでも意識はしっかりと目の前にピントを合わせられている。
ここが、これから解放するべき街だ。
「あ、ちょっとちょっと。いいよって言うまで出てきちゃダメだって。まったく、微妙に危機感無いんだから」
「あっ、す、すみません……」
よし。と、気合を入れたそばから、ジャンセンさんに怒られてしまった。
ううん、空回りしてしまった感じがどうにもある。
しかし、それでもそこまで強く咎められなかったのは、周囲の安全がそれなりに確認されているから……だろうか。
さて、それはそれとして……
「……ユーゴが言っていた変なもの……とは、それのことだったんですね。またなんとも……」
「うん? ああ、これね。ダランの砦にしまってあったやつ拝借してきたんだよ。意外と便利なのよ、こういうのって」
馬車の中では結局一度も見せて貰えなかった、ジャンセンさんの乗っていたという変なもの。
それは、二頭立ての戦車であった。
といっても、そんなものは遥か過去の遺物、戦争の為に作られたものではない。
式典で軍事パレードを行う際に用いられる、見た目を派手にする為の、実用的でないものの筈だが……
「馬がね、そんなにいいのばっかりいるわけでもないから。こんだけの騎馬隊を準備すると、どうしても馬の数が足りなくなっちゃうんだよ」
「かといってさ、俺が箱の中に引きこもってちゃいざという時に指示出しにくいし」
「そんなわけで、チビ馬でも引けるこういうのが、意外と便利に使えるわけですよ」
「そうだったのですね。す、すみません……そうとも知らず、マルマルをエリーと共にカストル・アポリアへ預けてきてしまって……」
こ、こんなところにも裏目があるなんて……
特別隊の状況――活動資金や人員、それに物資の貯蔵量など、把握出来ているつもりではいたのに。
蓋を開けてみれば、私の勝手な決断で、ジャンセンさんを危険に晒してしまっているではないか。
便利とは言っていたが、この戦車は不安定極まりないものだ。
パレード程度ならいざ知らず、実戦で走らせるとなれば……
「一頭やそこらじゃ変わんないよ。もしもう一頭いたら、もうひとり騎兵として走らせるだけ」
「色んなとこに拠点を作ってた弊害だよね、どっちかって言うと。ウェリズとかナリッドからもかき集めればもっといるんだし」
確かに、そうとも言えるだろうが……
ジャンセンさんはそれからすぐに視線を部隊全体へと戻し、もうすぐにでもダーンフールの解放に取り掛かろうとしていた。
私の失敗や、戦車の危険性など、彼にとっては些細なこと……なのだろうか。
「フィリアちゃん、早速だけど指揮執って頂戴」
「俺があれこれ言ってもいいけどさ、やっぱりこの特別隊はフィリアちゃんの為の組織だから。バシッと頼むよ」
「はい。では……こほん」
ジャンセンさんに言われるままに一歩前で出ると、部隊の皆は背筋を伸ばしてこちらを向き直した。
国軍の前で演説をする機会も今までにはあったが、それに劣らないくらいの圧を――頼もしさを感じる。
誰もが凛とした表情を浮かべていて、しかし気負った様子も見られない。
ここにいる全員が私を味方してくれるのだと思うと、不安などは全部踏み潰して貰えるような気になってしまう。
「――これより、ダーンフールの解放を始めます」
「ですが、先にひとつ断っておきます」
「私達の目的は、確かにこの街の解放です。しかし、その為に住民に不幸があっては意味がありません」
「既にこの地が統治、自治されているのならば、その時は解放という形式にはとらわれぬよう」
魔獣との戦闘を前提に部隊を編成しているものだから、これをこのまま街へと進ませれば、住民を怯えさせてしまいかねない。
解放は確かに目的だが、それの意味するところは人々の安全を確保するという部分に集約される。
故に、ここからは……
「ここからは部隊を三つに分けます」
「まず、マリアノさんと共に街の周囲を調査する部隊」
「そして、この街の入り口を警備する部隊」
「最後に、私と共に街へ入り、交渉を行う部隊です」
「出発前に説明があったと思います。それぞれ、自分の持ち場へと向かってください」
段取りは全て、ランデルを出る前にジャンセンさんが伝えてくれている。
私に求められているのは、最終確認と皆の士気の向上。
あまり立場にあぐらをかくようなことはしたくないが、それはそれ。
女王という存在からの命令とあれば、彼らのモチベーションも少しは高まるだろう。
「よっしゃ、それじゃ行こうか」
「ユーゴ、街の中では駄々こねんなよ。みっともないとこ見せると、フィリアちゃんの信頼に傷が付く」
「そうなると、協力関係を結ぶとなった時に障害になりかねない」
「うるさ、死ねばいいのに。だったらお前は街から遠く離れてひとりで魔獣に食われてろ。胡散臭過ぎて一ミリも信用とかされないんだし」
もう、どうしてこのふたりは……
ユーゴもユーゴだが、ジャンセンさんも意図的にからかっているだろう場面がよく見られる。
まあ、仲が良い……と、そう捉えてもいいなら、これもひとつの関係なのだけれど……
「では、私と共に来るものはこちらへ」
「今のジャンセンさんの言葉の通り、あまりみっともないところは見せないようにしてください」
「街の皆に信頼されなくなる……というのもそうですが、何より彼らが私達に失望することは避けなければなりません」
「この街がまだ危険に晒されているのならば、私達はそれを払拭しにやって来たのですから」
民にはまず希望を見せてあげなければならない。
この街がただアンスーリァの国土内に収まった……というだけならば、彼らの生活は変わらない。
魔獣の脅威を払い除け、経済的な援助を行い、衛生や医療の発展を約束する。
そういった具体的な未来を見せ、生活に希望を見出させること。
これこそが解放の本質なのだから。
「それから、緊急時以外には抜刀許可も出しません。もしも暴漢が現れたとしても、それが私やジャンセンさんを狙ったとしてもです」
「武装を発揮するのは、外敵に対してだけ。魔獣の出現を確認した場合のみです」
私の言葉に、皆も首を縦に振って返事をしてくれた。
そうだ、決して剣を抜いてはならない。人に向けてはならない。
たとえそれが、ゴートマンであったとしても、だ。
これもまた、出発前に決めていたことだ。
魔人の集いというものがどこにあるのかも分からない。
可能性としては、このダーンフールがそうであってもおかしくはないのだ、と。
だから、ここへ踏み入った時点で、魔人の集いからの攻撃に遭う可能性は考慮していた。
しかし……
それに反撃してしまえば、その時点でこの街は解放出来なくなってしまう。
確かにゴートマンは敵対の姿勢を見せている。
魔人の集いについてもそう。
しかし、それはこちらも攻撃して良いという意味にはならない。
「ユーゴも、いいですね」
「これまでは攻撃されたから反撃した……という形でした。しかし、もしもこの場が魔人の集いと深く関係しているのならば……」
「分かってる、何回も言わなくていい。っていうか、言われなくてもそのくらいは分かる」
ここが魔人の集いの本拠地だったならば。
この状況は、国が軍を率いて攻撃に乗り出したようにも見えるだろう。
その本当の目的などはなんだっていい。
攻撃されていると感じさせるのが問題なのだ。
魔人の集いは、ゴートマンは、間違いなく私に対して攻撃的な姿勢を取っている。
それが街の解放に支障をきたす以上、なんとかして退けなければならない。
だからと言って、せん滅作戦など展開しようものならば、彼らの持つ恨みは余計に大きくなるばかりだ。
「可能ならば、手を取り合う未来を模索したい。この考えは絶対に変わりません」
「それが望めないにしても、こちらから彼らの生活を否定する行為はしてはならない」
「少なくとも、私達が国という大きな力を振るっている以上は」
むやみやたらとその力を振るうのならば、それは怖い人間になってしまうから。
ユーゴの言葉を借りてみれば、これほどかっちりと当てはまるものもない。
国として、ゴートマンの攻撃から身を守る。
あの魔術師を捕え、“罪人として”裁く。
それで後手に回ろうとも、その姿勢は崩してはならないだろう。
私が女王である以上は。
最終確認を済ませ、私達は大きな門をくぐって街の中へと踏み込んだ。
この街が今何を求めているのかを知る為に。




