第百八十九話【少し先のお願い】
ダーンフールへ向けての遠征の準備をジャンセンさん達に任せ、私とユーゴはまた洞窟の最奥――バスカーク伯爵の屋敷を訪れていた。
「よく来たのであーる。もてな――」
「もてなさなくていい、急いでるからな。フィリア、さっさと説明してやれ」
訪問して、彼の顔を見るや否や、ユーゴは冷たくそう言い放った。
もう、どうしてそんな態度を取るのですか。
しかし伯爵はそんな扱いを受けたにもかかわらず、視線をユーゴから私へと向けた。
急いでいるという言葉に、事情をなんとなく察してくれたのかもしれない。
「申し訳ありません、伯爵。しかし、ユーゴの言う通り、本日は急ぎの用で参りました」
「今回ばかりは、挨拶も世間話も無しで本題に入らせてください」
「うーむ、分かったのであーる」
「先日まではヨロクよりも北へ遠征に出ていたのであったな。今日はそれについての報告……だけでは終わらない様子であーる」
「あまり優雅なやり方ではないであるが、本題を急ぐであーる」
伯爵はそう言って地面に座り込んでしまった。
ここを屋敷と呼ぶのならば、地面にそのまま座るのはどうなのだろうか……
いえ、今そんなことを気にしても仕方がないのですが……
「まず、報告からさせていただきます。今回の遠征にて、私達はカストル・アポリアという国を発見し、そしてゴートマンとの接触を果たしました」
「しかし、その両者には関係性は無く、偶然そこで鉢合わせただけ……のように見えました」
カストル・アポリアという名に伯爵は首を傾げ、それを国と呼んだことに目を丸くし、そしてゴートマンの名を聞いて頭を抱えてしまった。
手早く終わらせる……と、とりあえずあったことを全てひとまとめに説明した結果、なんとも頭の痛い問題の羅列に聞こえたようだ。
「カストル・アポリアとは、ヨロクより北方、そしてダーンフールよりも南方の、街々の集合した自治区のようなものでした」
「しかし、その統制や経済力、そして安全性などにおいて、国と呼ぶにふさわしい規模のものです」
「むう……宮仕えのフィリア嬢がそういうことを言うと、粛清されかねないであーる」
「この場所においては問題無いであるが、外では言葉を選ぶべきであーる」
……本当に、このことは反省しなければならないのだろうな。
伯爵に素性を明かしていないことと、あの地を勝手に国として認めてしまったことのどちらも。
しかし、粛清など誰が出来ようものか。私が王なのだから。
まったく、傲慢さと暴虐さを振り回す暴君になった気分だ。
「こほん。そうですね、それについては十分に気を付けます」
「さて、このカストル・アポリアなのですが、人々を纏めるヴェロウという男性と友好的な関係を築くことも出来、物資の補給や交易については約束していただけました」
「この点は、間違いなく大きな利得になるでしょう」
「ふんむぅ。今までのように街を解放するのではなく、既に解放されていた街と同盟を組んだ……と、そう捉えるとしっくりくるのであーる」
「南の四都市においても、似た解決を目指せると考えれば、こういった前例は確かに有益であーる」
「もちろん、国としての独立を認めてしまえば、不利益にも繋がりかねないであるが……」
うっ。しかし、それは覚悟のうえで……いいや、その方が正しいと思ったから私はあの国を認めたのだ。
っと、今はカストル・アポリアの権利や独立については主題ではない。
問題なのは、この場所で何があったか、だ。
「私達はこの地で、ゴートマンと遭遇しました」
「しかし、どうやらその場所を拠点としている様子は無く、私達を探していたか、或いは偶然立ち寄った結果鉢合わせになったようです」
「ふむ。魔人の集いというものが一定以上の組織力を持つのならば、他の街や組織と交流を持ち、経済活動を行いたいと目論むのは自然であーる」
「ならば、魔人の集いというものについての認知は別として、その国は既に集いと交易を行っていたり、組織の人間が出入りしていたりする可能性は十分にあるのであーる」
かつて国内の公的な施設に、盗賊団の幹部が入り込んでいたように……いや、あれとは少し違うのか。
相互利用の為に――魔人の集いは生活物資を求めて、カストル・アポリアは難民の受け入れと働き手の確保の両方を成す為に。
大きな市場もあったあの国は、そこに属していない街からも非常に魅力的に見えた筈。
ならば伯爵の言う通り、魔人の集いと、脅威であると知らずに関係を持っている可能性は確かにある、か。
「となると、むしろあの街は不当に攻撃されづらい……と、そう考えることも出来るでしょうか」
「魔人の集いにとっても重要な市場であるというのならば、私との関係を疑ったとしても、そこを壊滅させるのは悪手も過ぎるでしょうから」
「確かに、論理的に考えればその通りであーる」
「しかし、なにぶん倫理的に理解しがたい行動を繰り返す組織であるからして、そう安々と安全を信じてはならんであーる」
「その地に被害を出したくないのであれば、補給や交流は最低限にとどめ、まずは魔人の集いの全貌を明かすことを急ぐべきであーる」
やはり伯爵もその結論に至ったか。
どうあっても危険はぬぐい切れない。
ならば、やはり最大の脅威を――ゴートマンを捕え、魔人の集いそのものを無力化する他に無い。
そして、今日はその為の一手を手伝って貰う為にお願いにやって来たのだ。
「ゴートマンの能力については、今のところ推測通りだろうように思えました」
「接触した際には例の魔術も行使され、それと同時に連続発動をしようとしない様子も確認しています。やはり、再使用には時間が掛かるようです」
「ならば、この機を逃す手はありません」
「ふむ。また危なっかしいことをしてきたのであるな、フィリア嬢は」
「しかし、その言葉には全く同意であーる」
「机上の話ですら厄介極まりない存在であーる。なんとしてもここで捕まえ、魔人の集いを弱体化するであーる」
伯爵はそう言うと、それで自分には何を頼むつもりであろうか? と、そんな顔を私に向けた。
どこか期待しているようにも見えるし、同時に満足げにも見える。
もしや伯爵は、ユーゴと同じで頼られたがりなのだろうか。
それも伯爵の場合は、認められたいという欲求からではないのだろう。
嬉しい限りではあるが、いったいどこまで子供扱いされているのだろうか。
「今回伯爵にお願いしたいのは、ダーンフールよりも先、アルドイブラの調査です」
「今回の遠征によってダーンフールを解放し、その勢いのまま一気に北上したい」
「その為にはやはり、より危険であろう場所の下調べが必要になります」
「ふむ、アルドイブラの調査であるな。受け持ったであーる。しかし……」
しかし。と、伯爵は喉に手を当てて首を傾げてしまった。
ダーンフールについては調べなくても良いのか。
カストル・アポリアの裏事情を探らなくても良いのか。
そう尋ねたいのだろう。
「伯爵にはこれまでも多くの負担をお願いして参りました。だから、気を遣って……というわけではありません」
「ダーンフールまでの遠征となれば、行って帰るだけでも十日近い日数を要します」
「そうなると、調査していただいても、その情報を現場に反映させるには時間が掛かる」
「ゴートマンの捕縛を急ぐ以上、今回の遠征は急がなければなりません」
彼の調査を待ってから出発では、ダーンフールでゴートマンを捕まえられなかった時に痛いタイムロスとなる。
そして、行って帰ってもう一度情報を貰って、それから解放していたんでも遅過ぎる。
伯爵からの情報無しは心細いが、しかしダーンフールについては私達だけでなんとかしなければならない。
「最優先すべき目標はゴートマンの捕縛である、と。故に、ダーンフールではなく北全体に照準を合わせるのであるな」
「理解したのである。そして、その調査依頼も請け負ったであーる」
「はい、どうかよろしくお願いします。必ずダーンフールは解放してみせます」
「これまでの伯爵のご助力に応える為、そして今回の協力を無駄にしない為にも」
伯爵は私の言葉にうんうん頷いて、そしてユーゴの方へ顔を向けた。
ユーゴからも決意表明を聞きたい……と?
どうやらユーゴもそれを悟ったようで、なんともものぐさな態度で私の前に一歩だけ歩み出た。
「フィリアが決めたことだからな、俺はそれに従うだけだ」
「ゴートマンは俺がぶっ倒すし、魔獣も全部倒す。なんかもっとヤバいの出て来ても、それも倒す」
「そういう約束をしたし、そういう力があるからな」
「だから、ちゃんと調べとけよ。サボったら二度とプリン買って来ないからな」
「うんむ、頼もしい限りであーる。しかし、過信は禁物であーる」
「ゴートマンがそうであったように、膂力や武力に依らない攻撃というものが他にもある可能性は否めないであーる」
「そちにも必ず弱点はある。気を抜かぬように、そして己の欠点と向き合っても諦めぬように」
ユーゴの弱点……か。
伯爵の言葉にユーゴはすっごく嫌な顔をしたが、確かにそれは気を付けておこう。
現時点でも、攻撃意思が無ければ感知出来ないことや、思い描けないだけの進化は出来ないという弱点は判明している。
彼もそれを前提に立ち回るだろうが、そのバックアップを私がしてあげないと。
それから私達は伯爵に礼をして、急ぎ特別隊の皆のところへと戻った。
既に出発の日取り、部隊編成、進行経路、そしてダーンフール到着後の解放手順などをまとめ終わった、頼もしくて仕方のない仲間のもとへ。




