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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】

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第百八十六話【ふたつの報せ】



 カストル・アポリアからランデルへ戻ってすぐ、マリアノさんや他の腕利きを連れて集まってくれるようにとジャンセンさんに連絡を入れた。


 彼らが集合し次第、私達は本格的に北の解放に着手する。

 ゴートマンの脅威の弱まった今、魔人の集いを発見し、解体するのだ。


 そうして彼らを待つこと四日。

 私のもとに、ふたつの手紙が同時に届いた。


 ひとつは、ジャンセンさんの到着を報せるもの。

 そしてもうひとつは……


「――女王陛下――っ! こちらを! こちらをご覧になって下さい!」


「ど、どうしたのですか、リリィ。今朝は珍しく慌ただしいですね」

「ジャンセンさんの到着ならば、先ほど私のもとにも報せが……」


 その件ではなく。と、リリィが息を切らせて持って来たもの、それこそがもうひとつの報せだった。


 それは立派な封筒に入れられ、飾りの入った封蝋によって閉じられている、この宮にあってもなかなか目にすることのないような重々しい空気を醸し出していた。


「これは……ええと……っ! リリィ、まさか……」


「はい! ようやく……ようやく、返事が!」

「かの大国から――協力要請を出していた複数の国の内のひとつから、連絡が届いたのです!」


 リリィは期待のこもった眼差しと、そして歓喜に打ち震えた笑みで私にそう告げた。


 この封筒は、或いはこの国を大きく前進させる希望の報せとなるやもしれない。

 以前より友好関係のあった諸国に救援要請を出していたが、その返事がようやくひとつ届いたのだった。


「陛下、至急確認を。これによっては、議会も軍の派遣に前向きになるかもしれません」

「そうなれば、特別隊だけでの危険な遠征もしなくて済むようになります」


「そうですね。もしも軍がかつてと同じように動かせるのであれば、特別隊の戦力と併せてかなりの武力で解放を進められることになるでしょう」


 もちろん、弊害もある。

 協力に応じて貰ったならば、当然礼をしなければならない。

 解放を進める中で国の財力は目減りし続けているのだから、それの負担は決して小さなものではない。


 だが、それでも大国の軍事力を借りられたならば、間違いなく魔獣の問題の大半を解決出来る。

 少なくとも、現在解放されている街の全てを安全な場所にしてしまえる筈だ。


「ひとまず開けてしまいましょう。あとでパールにも声を掛けておいてください。彼にも確認していただいて、それから議会へ提出します」


「はい、かしこまりました」


 では、さあ。と、私もリリィもまるでプレゼントの包みを開ける子供のような期待の表情を浮かべ、その荘厳な封をゆっくりと切り開けた。


 中には箔の押された羊皮紙が入っており、やはりこれが国際的に強い意味を持つ公的文書であることを感じさせる。


「…………っ! これは……陛下!」


「……はい……はい!」


 どくんどくんと鼓動の音が大きくなる中でゆっくりと書面に目を通すと、私の中にあった僅かばかりの不安や葛藤は全て消し飛んだ。


 この立派な公的文書の内容は、軍事力の派遣の承認、及びその完了の連絡であった。


「かの国からならば、海路で数十日……いえ、もう出発したとのことですから、これからの北への遠征……魔人の集いに関する問題を解決してから、十日ほどで到着するでしょうか」


「他国からの手紙がこれほど嬉しかったことは今までにありません」

「たとえ今から出発だとしても、十分過ぎるほど頼もしいです」


 そうと分かれば、早速パールに確認して貰い、議会に提出しなければ。


 そして、私はその報せを持って特別隊に顔を出そう。

 ジャンセンさんにも伝えなければ。


 今日明日のうちに段取りを決め、そして伯爵へ報告を入れたらすぐに出発したい。

 今、私達には追い風が吹いている。この勢いには乗っておかないと。


「では、少しの間席を外します。陛下はユーゴさんを呼んで出発の準備を進めてください。宮の仕事はしばらく私達で請け負います」


「はい、任せます」


 リリィはまだ目をキラキラさせたまま執務室を飛び出して、パールを迎えに行った。

 彼女はもともと感情を表に出す方ではあるが、しかし今日ほど大きく喜ぶ姿は目にした記憶も無い。


 それだけ大きな意味を持つのだ。

 魔獣の問題に対して、他国が――それも、大国が介入してくれるというのは。


「……ふう。そうなると……ううん。やはり、パールの言った通りになってしまうかもしれませんね……」


 そう、大きな意味を持つ。


 すごく喜ばしい、頼もしい話なのは間違いない。

 けれど同時に、私の中にはひとつの不安が浮かんでいた。


 それに頭を抱えながら、私も執務室を出てユーゴの部屋へと向かう。


 大国が現在のアンスーリァの情勢を知れば、或いは国土を奪われてしまうかもしれない。

 これは決して考え過ぎなどではない、現実的な懸念だろう。


 カストル・アポリアの自治を認めるとしてしまった以上、最終防衛線の外は全てアンスーリァの領土ではないとみなされてしまう可能性がある。

 そうなると……


「ユーゴ、入りますよ。これから特別隊に集合を掛けます。貴方も同行してください」


 このアンスーリァは島国だ。

 そこへ一部でも大国の領土が出来てしまうと、物流も、それに安全保障もままならなくなる可能性がある。


 例えば、南西端にあるバス半島。

 ここを大国が領土として占有した場合、いつか開拓したウェリズからナリッドまでの南回りの海路が使えなくなる可能性があるのだ。


 そして安全保障の問題。

 こちらはカストル・アポリアでのヴェロウの発言がそのまま引用出来る。


 今までは海を挟んでいた他国の軍事力が、これからは地続きで拠点を建設する……となれば、いつ攻め入られたものか分かったものではない。


 それは私の懸念という意味だけではなく、その近くに住まう民の不安に直結するだろう。


「ん、やっと来たのか、ゲロ男。ならさっさと行って話を……? フィリア? どうかしたか?」


「……いえ、その。喜ばしい話が聞けまして」


 喜んでる風には見えないんだけど。と、ユーゴは眉をひそめた。

 ううん、彼ももうすっかり私の考えることなどは見通すようになってしまったな。


 もとより筒抜けだったのかもしれないが、以前にも増して……そういうことをズバズバと切り込んでくるようになったというか……


「……そのですね。嬉しい話なのは間違いないのですが、私が安易に決めてしまったことの所為で、もしかしたら嬉しくない話に変わってしまうかもしれない……という状況にありまして……」


「……? まあ、フィリアは割といつも考え無しだからな。そういう裏目もあるだろ」


 ううっ。


 今回はきちんと考えた上で、私の中に筋を通す為に選んだ答えのつもりだったのだ。

 けれど、言われてしまうと、確かに浅慮だったと思わざるを得ない。


「でも、別にいいだろ、そんなの」

「嬉しくない話に変わるのが嫌なら、そうならないように今のうちに決め直しとけば」

「そういう権利があるわけだし、女王なんだから」


「ユーゴ……いえ、その発言はなんだか危険な思想が混じっていそうなのですが……」


 いくらなんでも王権の乱用は問題だろう。

 それも、自治を認めるという発言を取り消す……なんて、ヴェロウとの関係が破綻してしまいかねない。


 そうなればカストル・アポリアとの交流は不可能に近い。

 それどころか、下手をすると内乱にすら発展し得るだろう。


「ま、そこはフィリアが悩むところだからな。俺は何もしてやれないし」

「またバカプリンとかマリアノに相談して、怒られながら決めればいいだろ」


「うう……その通りではあるのですが……」


 また簡単に想像出来ることを簡単に言われてしまったものだ。


 しかし、ユーゴが気楽にそう言えるくらい、私の周りに頼もしい人物が増えているのも事実。


 そうだな、怒られながらでも相談して決め直そう。


 カストル・アポリアの処遇を……ではなくて。

 付け入られないようにする工夫を考える、という方向で。


 それからすぐに私達は執務室へと戻り、そしてパールに書面の確認をお願いした。

 やはりというか当然というか、パールもその封筒を前に少しだけ苦い顔をしていた。

 彼もまた、私と同じ不安に思い至ったのだろう。


 それでもパールはその件を咎めたり、それを理由に書面の議会提出を否定したりはしなかった。

 どうやら、彼の中にも優先順位が出来上がっているようだ。


 何よりも急ぎ解決すべきは、ゴートマンと魔人の集い、延いては未解放地区の問題である、と。


「では、私達はこのまま特別隊の皆と合流します。あとは任せます、リリィ、パール」


「はい、お任せくださいませ」


 私とユーゴはふたりの頼もしい秘書官に見送られ、宮を出発してジャンセンさん達の待つ特別隊の拠点へと向かった。


 そうだ、優先順位を間違えてはならない。

 まず不安に思うべきは、他国による侵略よりも、自分達の失敗による国土の喪失だ。


 ならば、今は絶対に油断してはならない。

 少しぶりに顔を見たジャンセンさん達を前に、私の中の必要な緊張感は最大まで張り詰める。


 この方達とならば、必ず魔人の集いを取り除ける。


 慢心せず、しかし臆することなく。

 私はその思いを胸の奥に秘め、そして地図の広げられたテーブルを彼らと囲んだ。

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