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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第百八十二話【寂しさを紛らわすもの】



 カストル・アポリアでの滞在が一日だけ長引いて、五日目の朝を迎えた。


 私の隣にはまだ眠っているエリーの姿があって、部屋の隅には横になっているユーゴの姿もある。

 もっとも、彼の場合は寝ているのか起きているのかは分からないが。


 アルバさんの家の天井にもすっかり慣れてしまった。

 けれど、今日でそれも終わり。


 女王であると明かした私を、それまでと変わらずにもてなしてくれた彼女には、心の底から感謝の言葉を伝えなければ。


 今日こそは、きちんと礼を言ってから出発出来るだろう。

 もうゴートマンによる襲撃はあり得ないのだから。


「……んー……ん……フィリア、もう起きてる……ふわぁ。早起きだね、やっぱり」


「エリー、おはようございます。今日は急がなくても良いので、もう少しゆっくりしていても大丈夫ですよ。まだ朝ご飯の時間にはなりませんから」


 昨日は朝早くに起こしてしまって、それにひとりだけ残して不安な思いをさせてしまったからな。

 出来るだけゆっくり休ませて、心身の疲れを癒してあげたい。

 と、そんな私の思惑など知らん顔で、エリーは元気に飛び起きて身支度を始めた。


「マルマルに元気か聞かないと。まだしょんぼりしてるかな」

「いつもはね、もっとね、楽しそうに笑うんだよ。みんな一緒だから、もっと嬉しそうにしてるんだよ」


「そう……ですか。やはり、ひとりが寂しいのですね」


 だから早く行かないと。と、エリーはすぐに支度を終えてしまった。


 この子にとって、マルマルは……馬や他の動物は、家族にも等しい存在なのかもしれないな。

 マリアノさんが拾ってきた孤児という話だったから、元盗賊団の皆のことも当然家族だと思っているだろう。


 だが、それと同じくらい、厩舎の動物達とも触れ合っている筈だから。


「ユーゴ、起きていたらアルバさんのお手伝いをするのですよ。それと、私達は馬の様子を見に行ったと伝えておいてください」


「……なんか、母親みたいなこと言うな。別に、そのくらいは言われなくてもやるけど」


 母……貴方までそんなことを……


 しかし、そこに反論している暇は無かった。

 エリーが早く早くと私の手を引くから、ユーゴに言葉を改めさせようにも立ち止まることさえ出来やしない。


 はあ……どうしてだろうか。

 二児の母になど、なったつもりはなかったのに……


 そうして家を飛び出して、私達はマルマルのもとへと向かった。

 エリーが大急ぎで走るものだから、私もその後ろを必死に付いて行く。


 この子の体力は底知れずだが、しかしまだ身体の小さな子供だから。

 私でも置いて行かれることはなくて、ふたり揃ってマルマルの繋いであった広場へと到着した……のだが……


「……あれ? マルマル? どこー? マルマル―っ!」


「確かにこの広場に繋いで……道を間違えた……のでしょうか。それとも……」


 ま、まさか脱走してしまった……?

 環境の違いや寂しさからストレスが溜まって、逃げ出してしまったのだろうか。


 そ、そうなれば、私達には帰る為の手段が……


「おーい、アンタ達。アレだよな、他所から来て、ばあさんとこに世話になってる人らだよな?」


「……? は、はい。ヨロクから来た、フィリアと申します」


 ちょうど良かった。今からばあさんとこに向かう予定だったんだ。と、声を掛けてくれたのは、ひげの白い高齢の男性だった。

 その姿から、どうやら牧場で働いている農夫のようだが……


「ここにいた馬、厩舎に引っ越したからよ」

「ずいぶん大所帯で飼育してたんだな、ありゃ。すっかり寂しがってたから、うちの小屋まで連れてったんだよ」


「ほんと? マルマル、おじいちゃんのとこにいるの?」


 エリーの問いに、おじいさんはにこにこ笑って頷いた。

 そうか、やはり他の人からも寂しがって見えたのだな。


 初めにハミルトン達がここへ繋がせたのは、あれが私の所有物だという話を信じたから……多頭飼いではなかったと思ったから、少しずつ慣れさせようと配慮してくれてのことだったのだろう。


 ああ……私の下手な嘘の所為で、マルマルにまで負担を掛けてしまって……


「案内するよ、こっちだ。まだすぐには馴染まないだろうけど、そもそも馬ってのは群れで暮らす動物だからな。そのうちに元気になるだろう」


「気を遣っていただいてありがとうございます。私達だけではどうしてあげることも出来なかったので、すごく助かります」


 おじいさんは私の言葉にまた笑みを浮かべ、そしてマルマルを移動させたという小屋まで案内を始めてくれた。

 エリーはまだ少しだけ不安そうな顔でその後ろを歩いていたが、小屋がだんだん近付いてくると、次第に笑顔を見せるようになった。


「ほら、あそこだ。馬は一番左のドアから入れる小屋だよ」


「うん! おじいちゃん、ありがとう!」


 動物の鳴き声も、そのニオイも、エリーを元気付ける馴染み深い刺激なのだろう。


 おじいさんが指差した方をしっかりと確認して、エリーは深く頭を下げてからまた駆け出した。

 こちらから見て一番端のドアへ――マルマルが引っ越した馬小屋に繋がるドアへ向かって。


「マルマル! いた! マルマルーっ!」


 私が追い付くころには、エリーはもう柵の内側に飛び込んで、マルマルの背中にブラシを当てていた。

 他の馬も、どうやらマルマルにもエリーにも怯えたり警戒している様子は無い。


 やはり、この子には動物と深く繋がる特別な能力があるのかもしれないな。


「良かったね、寂しくないね。これでまた元気になるね」


 これでまた……か。

 しかし、少しだけ困ったことになったな。


 マルマルははたから見ても平常ではなかった、と。

 ならば、また魔獣の群れの中を走らせるのはあまりにも危険だ。


 しかし、ここでゆっくりと時間を掛けて落ち着かせていては、私達はいつまで経ってもランデルに戻れない。


 エリーが嬉しそうにしている隣で、あまりこんなことは考えたくないのだが……


「……どうかしたのかい、お嬢ちゃん。もしかして、どっか行く予定があったのかい?」


「……はい。その……実は、ここを出発しようと思っていたのですが……」


 そりゃあ……と、おじいさんは渋い顔をした。

 やはり、マルマルの調子は芳しくないのだな。


 彼もまた、エリーと同じく動物と長く触れ合っているのだろう。

 ふたりが揃って首を傾げているのだから、出発は難しい……と、そう考えるべきだ。


「……はあ。仕方ありません、もう少しだけ先延ばしにしましょう」

「その間はアルバさんにしっかりと恩返しをして、憂いの無い状態で出発出来るようにするしかありません」


 そうと決まれば、今日もしっかり彼女の手伝いをしなければな。

 私はエリーに声を掛けて、そしておじいさんにもう一度お礼を言って厩舎を後にした。


 そろそろ朝食の支度も出来ている頃だろう。

 手伝えなかったことをしっかりとお詫びして、それからもうしばらく厄介になることも説明しなければ。


「ただいま戻りました。すみません、なんの手伝いも出来ずに」


 厩舎からアルバさんの家まで真っ直ぐに帰ると、既に食事の準備が出来ていることが分かった。

 香ばしい匂いの正体は、やはりここらでは珍しい筈の香辛料だろう。


 そうだ、せっかくここへ残るのならば、ヴェロウにこの国の貿易や流通についていろいろ訪ねてみるのもいいかもしれない。


「エリー、フィリア、お帰り。さっさと手を洗っておいで」


「うん! フィリア! こっちだよ!」


 いえ、手洗い場の場所くらいは私も知っているのですよ……? と、そうかそうか。

 思えば私は、エリーやユーゴとは別の仕事ばかりをしていたから、彼女から見れば私はこの家の中にあまり詳しくないように見えるのだな。


 事実、市へ行ったり厩舎へ行ったり、この家の中の仕事についてはあまり手伝ったことが無かった。


「ユーゴがね、手伝ってくれたんだよ。この子はずいぶん手先が器用だね」

「フィリア、あんたももうちょっと頑張りな。手、ちゃんと動くんだろう?」

「なら、編み物でもなんでもやって鍛えておきな。技術が無いと、いつか食い逸れるよ」


「は、はいっ。精進します」


 いえ……あの、一応はアンスーリァという国の王なのです。


 国が倒れれば、その時は仕事を失うかもしれない。

 だが……その場合、きっと私は刑を科されるだろうから。


 国を転覆させた悪王は、磔刑から免れようも無いだろう。


 もっとも、そんなことは彼女とて分かった上のことな筈。

 ならば……もしや私には、王の座を退いて生活を送る未来が存在し得るのだろうか……?


「それで、アンタ達今日も出発出来なさそうなのかい」

「ならしょうがない、またしっかり働いてくんだね。どうせ他に行くアテも無いだろう」


「うっ……は、はい。もう少しだけ厄介になるかと……」


 アルバさんは大きなため息をついて、けれどどこか嬉しそうに、しょうがないしょうがないと繰り返していた。


 もしかしなくても、エリーやユーゴと共にいる時間が楽しいのだろう。

 この大きな家にひとりきりでは、マルマルのようにストレスを感じてしまっても仕方ない。


 そうして私達は、和やかな朝食の時間を過ごしてから、それぞれが与えられた仕事に勤しんだ。


 もう少しの間は四人こうしているのだろう……と。

 この時の私は、そう信じて疑わなかった。

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