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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第百八十話【穏やかで和やかな会談】



 アンスーリァの現在の実質国土の最北端、ヨロク。

 そこから更に北へと進んだ先にある、ダーンフールという街。


 そしてその間に、最終防衛線の引かれた後に作り上げられた街――いいや、国があった。

 その名を――カストル・アポリア――と。


 発見したのは偶然だった。

 偶然エリーが見つけて気に掛けたから。


 ユーゴですら見落としてしまった僅かなきっかけが、私達をここへと招き入れた。


 そんな場所で、私達はゴートマンとの交戦を果たした。

 結果としては取り逃してしまったが、ひとまず例の魔術については発動を確認出来た。


 そして、その直後の再使用が無かったところを見るに、やはりあれだけは連続して使えないのだろう。


 偶然の筈だった。

 偶然訪れた街で、偶然にも目的を半分達成した。


 あまりにも都合の良い偶然が重なった先で、私はまた思いもよらぬ偶然を目の当たりにしているのかもしれない。


「――魔人の集い――ゴートマン。それに、人心を操作する魔術」

「なるほど、それは厄介極まりない問題です」


 目の前で深く考え込んでいる男の名は、ヴェロウ=カーンアッシュという。

 このカストル・アポリアを建て、そして纏め上げている首長だ。


 そしてそんな彼が、私に対して協力的な姿勢を見せてくれている。


 偶然……なのだろうか、本当に。


 こうして魔獣の脅威と対立し、そして国と呼べるだけの経済を成立させているこの場所が、私達に協力的な姿勢を見せてくれていることが、本当に偶然だけで成り立ってしまうのか。


「それで、フィリア女王。貴女はこの問題をどう解決なさるおつもりか」

「ゴートマンを捕縛する、魔人の集いなる組織を壊滅させる。それが容易でないことは、先の一幕を見ただけでも想像出来ます」


「……そうですね。あの人物と接触するのはこれが三度目ですが、ユーゴの拳が触れたことさえ今回が初めてです」

「今までは誰も、あの魔術師に刃を向けることさえかないませんでした」


 私の言葉に、ヴェロウはまた深く悩んで黙り込んだ。


 信じるのが私の役割だ……と、ユーゴともそういう話をしたばかりなのに、あまりにも上手く行き過ぎている気がしてしまう。

 どうしてだろうか。


 ここのところずっと窮屈な行動を迫られ過ぎていて、順調にものごとが進むことに違和感を感じている……とか。


「なるほど。まずは、現在この国を襲おうとしている脅威について、きちんと理解しました」

「それでは次に、貴女がここへいらした理由についてご説明いただけますか」

「急かすつもりもありませんし、疑ってもいません」

「アンスーリァに何があったのか。そして、何をしようとしているのか。我々で協力出来ることがあるかもしれませんから」


「はい。私達の直近の目的は、やはりあのゴートマンの捕縛にありました」

「もちろん、悪者を捕まえる……という理由だけでの行動ではありません」

「大きな目的の為に、どうしてもあの人物を……組織を解決しなければならないのです」


 私はここで言葉に詰まってしまった。

 というよりも、一度立ち止まらなければならなかった。


 私の目的は、このアンスーリァ全土の解放。

 当然その中には、このカストル・アポリアも含まれる。


 だが……だが、だ。


 私個人の意見としては、ここが国として成立しているのならば、それはそれで問題無いと考えている。

 人々が安全に暮らせている以上、ここに介入する必要はどこにも無い。


 だが……議会が、そして民意がそれを許すかどうか。


「……私は、アンスーリァの民を守りたい。魔獣に怯え、貧しい生活を余儀なくされている民を」

「その為に、私は前王政が引いた最終防衛線という壁を取り払いたいのです」

「全ての街の、全ての民を。もう一度、アンスーリァの国民として守っていきたい」

「その為には、やはり魔獣の掃討と、そして他の大きな問題をいくつか解決しなければなりませんでした」


「……最終防衛線によって守る国民を選別した政策は、間違いだったとおっしゃるのですか? これまでの王政は、過ちを犯していた、と」


 はい。と、私は迷うことなく頷いた。


 それは覆りようがないのだ。

 これまでの政治は間違っていた。だから、前王は暗殺された。


 それに、人々の生活は一向に改善されなかったし、ナリッドのような限界寸前で耐え忍ぶばかりの街も出てしまった。

 それが間違いでなければなんだというのか。


「……フィリア女王は少々苛烈な方のようですね。前王はずいぶん穏やかな方でしたが」


「その穏やかさも、過ぎたが故に何も成せなかったのです」

「国民は緩やかな貧困など求めていません」

「無理をするだけの余力が無いというだけで、皆この困窮から抜け出したいと願っています」

「ならば、私が無茶を代行しなくては」


 魔獣の脅威に晒され続けて、人々はもう抗うだけで精一杯になってしまっている。

 ならばこそ、ユーゴが奇跡を示すことで、その心に希望を取り戻させることが可能な筈なのだ。


 その為にはやはり、大きな組織が率先して動かなければ。


「……ふー。なるほど、貴女の思想は理解出来ました」

「少々強引にも思えますが、筋は通しているでしょう。停滞が招くものは、決まって終焉だけですから」


 それでは、他の大きな問題というのも説明いただけますか。と、ヴェロウは穏やかな声でそう言った。


 どうやら、理解はして貰えたようだ。

 それが良いように捉えられているかはまだ分からないが。


「まず、これまでに解決した問題からお話しします」

「現アンスーリァ国内では、魔獣の被害と、それから盗賊被害が増大していました」


 ヴェロウは私が話を始めると、決まって両手を口に当てて視線を私へと向けた。


 話している間は口を挟むつもりはない……という意思表示なのか。それとも、単に癖なのか。

 それは今の私には分からなかった。


「中でも、組織立って盗みを働く者達が存在しました」

「国営施設や砦から資材を盗み、最終防衛線の外の街での活動資金としていた盗賊団があったのです」


 ふむ。と、ヴェロウは声にならないくらいの小さなため息をついた。

 自分達以外にも、国から弾き出された中で頑張っていた街があったのだな、と。そう感心しているのだろうか。


「彼らの目的は、国を荒らすことではありませんでした」

「国という器から漏れてしまった街を守る為に、街と街との間を行き来して交易を成立させたり、魔獣を討伐して砦を建てたり」

「本来ならば私達がしなければならないことを、国の私財を盗むことで無理矢理成し遂げていたのです。ですので……」


 彼らには役職を与え、女王直属の組織として協力をして貰っている。

 そう告げれば、ヴェロウはまた小さなため息をついた。


 けれど、今度は感心や納得だけではない、確かに笑顔を浮かべていた。

 ひとつのハッピーエンドを見届けた少年のような笑みだと思った。


「彼らと協力を取り付けられたおかげで、カンビレッジよりも南……最終防衛線よりも南側の街については、かなり解放が進んでいます」

「盗賊被害の低減と併せて、このふたつが私達の上げた成果の大きなところです」


 間違いなく順調なのだ。少なくとも、国土の解放という点においては。


 だが、それでも無視出来ない大き過ぎる問題が立ち塞がる所為で、どうにも頭が痛くなってしまう。


「……そして、現在衝突している問題が、あのゴートマンと魔人の集いなのです」

「人を操る魔術……という危険極まりない攻撃もあって、大軍によって制圧するという作戦は取れません」

「そもそも、魔人の集いというものがどの程度の規模なのかも分かっていませんから」


 集いについての調査の為に、私達は最少人数でこうして北へ向かって進んでいた。

 ここへ到着したのは本当に偶然で、こうして人々が安全に暮らせる場所があると知ったことは、望外な喜びであった。


 そうして説明を締めれば、ヴェロウは少し長いため息をついて、口に当てていた両手のひらを広げて顔を覆った。

 それから少し沈黙が流れて、そして……


「……理解しました。しかし……あまりにも納得出来ない、考えられない事態が起こっているものですね」

「魔人の集いという問題についてもそうですが、それ以上に……」


「……? それ以上に……? あ、あの……どうなさったのですか……?」


 いえ。と、ヴェロウは頭を抱えてしまった。

 い、いったい何が言いたいのだろう。


 私の顔を見てはため息をつき、そして視線をユーゴへと向ければ更に露骨にうなだれてしまう。


「……確かに、貴女の思想は立派なものです」

「王が自ら動き、民の希望となる。歴史に名を残した英雄の行いに近しいものを感じます」

「ですが……その為に、ロクな護衛も連れずに安全圏を出るなど、とても正気の沙汰とは思えません」

「たとえ民がどうあっても、政治がどうあっても、王が死ねば国は揺らぐのです。その点をきちんと理解していらっしゃるのか」


「……っ⁉ おい! お前! 俺が戦ってるとこ見ただろ! 護衛なら俺が付いてる!」

「フィリアは確かに頭おかしいけど、そこは訂正しろ! 一番強い護衛がちゃんと付いてるぞ!」


 な、何故私に必ず一太刀浴びせなければ発言出来ないのですか、貴方は……


 さっきまで静かにしていたユーゴだったが、ヴェロウが侮りを露わにすると、ふんふんと鼻息を荒げて怒ってしまった。

 やはり……最近はこういう扱いが減っていたから……だろうな。


 ヴェロウはどこか微笑まし気にユーゴを見ていたが、ユーゴはそれにすら強い苛立ちを見せていた。


 だが、そんな光景に私は少しだけほっとしていた。


 ヴェロウは私達を正しく把握出来ていないかもしれないけれど、敵としては認識されていなさそうだ。

 それが分かったから、まずはひとつ安心して良いのだろう、と。

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