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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第百七十九話【王と代表】



 ゴートマンの襲撃を退け、私達はまたカストル・アポリアの街の中を歩いていた。


 それを先導するのは、ヴェロウ=カーンアッシュという男。

 ここを建てた人物。


 この小さな“国”の、その中の民主主義政治の代表を名乗る男だった。


「さあ、着きました。アンスーリァの王宮に比べれば小さなものかもしれませんが、この国ではこれでも大きな方です」

「もっとも、私は王ではありません。権威を示す必要も無ければ、税から逃れることも出来ません」

「なので、これで十分……そして、これが限界なのです」


 そういってヴェロウが私達に披露したのは、確かに大きな屋敷だった。

 だがしかし、ランデルの貴族の屋敷よりも小さなものだ。


 アルバさんの家よりも大きいとはいえ、一国の首長が住まうにしては……


「アンスーリァ王よ。そう訝しまずともよいでしょう」

「この国は民主主義によって治められる。ならば、民の総意があれば私は首長の座を明け渡すのです」

「そうなった時、見栄ばかりで大きくした御殿が残ったところで空しいばかりでしょう」


「……この国では、統治者を選挙によって決定している……と」

「ですがそれでは、いささか不安定になってしまわないでしょうか」

「国民が皆、上等な教育を受けられるわけではありません」

「たとえば、貴方を貶めたいが為だけに、謀略の末に票をかき集めるものが出て来ても、その真贋を人々は見極められるでしょうか」

「誰もが政治に理解を深められるほど、現状は安全で平和なものではないのですから」


 少しだけ、言葉が強くなってしまったかもしれない。

 自分の言葉を擁護するつもりはないが、しかしそうなってしまうのもひとつ道理だろう。


 この男は――いいや、この国は。

 今のアンスーリァを、私達を、これまでの王政を否定するものだ。


 それの是非は別としても、私はこの民主主義を簡単に肯定するわけにはいかない。


「……なあ、フィリア。それってなんか変なのか?」


「……? ユーゴ? そ、それはどういう意味でしょうか」


 いや……と、ユーゴは目を伏せて、私にもう少しだけ近くに寄って欲しいと手招きした。


「……俺のいたところもそうだったぞ。民主主義」

「国会議員を選挙で決めて、その中で一番偉いやつを……総理大臣を決めてたんだ」


「ユーゴの世界でも……っ。最も偉い人物が、大臣の役職に収まっているのですか」


 だから、そんなに変なことには思えないんだけど。と、ユーゴは少し困った顔でそう告げる。


 そう……か。

 それは少しだけ……いいや、とても。とても、聞きたくない話だったな。


 ユーゴの世界は、ここよりもずっと先に進んだ文明の世界だ。

 今のところ、そういう認識で間違っていないと思っている。


 そんな世界が、王政を否定し、国民の投票によって選ばれた代表と共に、民主主義政治を執り行っている……と。

 それはつまり、いつかはアンスーリァも……と、そう考えざるを得ない。


「ところで、ひとつ訪ねてもよろしいだろうか、アンスーリァ王よ。その少年は、いったい何者だろう。先ほど、とてつもない膂力を披露してみせたが……」


「あ……彼は……その……なんと申しましょうか」

「私が見出した、特別な戦士です。現在は王宮に、そして私の設立した特別隊に所属しています」


 ショックを受けている私に、ヴェロウは真っ直ぐな眼を向けてひとつ質問をした。

 それは至極当然の疑問だっただろう。

 だが、本当にユーゴの正体が気になっただけ……だろうか。


 いけない、この人物を前にすると、自分の胸の内を見透かされているような気分になる。


 私は今、この男に力量を推し量られているのではないだろうか。

 同じく国の主として、対等な関係を築くのか、それとも不平等を押し付けても問題無い相手なのかと、見定められているように思えた。


「では、王族のものではないのですね。それと同時に、議員でもない」

「しかし、その戦闘能力だけを買われて、王宮に出入りし、あまつさえ女王自らが立ち上げた新たな組織にも属している」

「なんとも珍しいことがあったものです。私の知る限り、アンスーリァ王政は、突飛なことはしない主君であったように思ったもので」


「っ。そうですね、以前まではそうだったでしょう」

「しかし、現状が現状ですから。民が苦しんでいるのならば、政治が変わらねばなりません」

「私は彼の力と、彼の起こす奇跡によって、全ての国民に希望を取り戻させようと考えています」

「このアンスーリァ全土に住まう、全ての国民に」


 そんなことだから、どうにも張り合うような言葉ばかりを選んでしまう。


 完全に飲まれてしまっているのか、私は。

 ジャンセンさんはこんな私にも期待してくれたというのに。


 いいや、ジャンセンさんだけではない。

 マリアノさんも、隊の皆も。

 それに、これまでに解放した街の住民だって、私達の行いが良いことを引き起こすと信じてくれている。


 なのに……なんと不甲斐無い。


「それでは、中へどうぞ。立って出来る話にも限界があります。少なくとも、そういった問題を多く抱えてここへ参られた筈です」


 ヴェロウは私をどう見ている。そればかりが気になってしまう。


 アンスーリァが島国であること、そして諸外国も魔獣の対処に追われていること。

 そういった要因もあって、私はあまり外交というものに経験が無い。


 友好関係のあった国に支援要請を送ったことはあったが、それも書簡でのことに過ぎない。


 こうして一国の長と面と向き合う機会は、これまでには無かった。


「……おい。フィリア。おい、フィリアってば」


「っ! な、なんでしょうか。ユーゴ、何か気掛かりでも……」


 ユーゴはそんな私に冷たい目を向けて、ばしばしと背中を叩いて憤りをあらわにしていた。

 もっとしっかりしろ、だろうか。


 彼としても、力を振るう先を委ねた相手がこのありさまでは、とても気が気でないのだろう。


 そうだ、私に期待してくれたものがここにもいる。

 最も近くに、最も大きな力を預けてくれたユーゴが。

 彼まで裏切るわけには……


「……はあ。バカ、アホ、デブ、まぬけ。あんぽんたん。すっとこどっこい、のーたりん」


「っ⁈ い、いつもより暴言の数がずっと多くなっていませんか⁉」


 だらしないともっと増えるぞ。と、ユーゴは呆れたように言った。

 う、うう……もしや、既に期待など取り下げられてしまっている……のだろうか?


「なんか知らないけど、今のフィリアはフィリアらしくない。もっと間抜けな顔してろ」

「全部信じるのがお前のやり方なんだろ。じゃあ、あのヴェロウってやつにもそうしろ。変にぴりぴりすんな。不自然」


「まぬ……ふ、不自然……ですか?」


 そうだ。と、ユーゴは小さく頷いて、そして私の背中を押してヴェロウの屋敷へと踏み入った。


 中に入ってみれば、そこは確かに王宮とはかけ離れた――首長が住むにしては、あまりにも俗世的な、アルバさんの家となんら変わらない光景が広がっていた。


「……ここが……貴方の……」


「はい。落胆なさいましたか? 当然かもしれませんね」

「貴女からすれば、国の長とは権威の象徴。王とは代表ではなく、国そのもの」

「民とは一線を画す存在でなければならない。そういった考えがあるのでしょう」


 ヴェロウの言葉には、少なからず反論したかった。


 私も国民も同じ人間だ。

 それに、私は権威を振りかざす王政などには興味が無い。


 民に寄り添って、その為の政治を執り行う。

 それが私の目指した王の姿だから。


 だが……同時に、とても反論など出来よう筈もないとも思った。


 私はいつも……ここへ来た時も、身分を隠していた。


 それは何故か。単純な道理だ。

 私自身が、女王という存在を特別だと認識していたからだ。


 こればかりは言い訳のしようもない。

 一線を画すからこそ、その正体を明かさない必要を感じていたのだから。


「アンスーリァ王……いいえ。フィリア女王。貴女はどうやら、過去二代のアンスーリァの王とは少し違うようだ。良い意味でも、悪い意味でも」


「……それは……どういう意味でしょうか」


 やはり、この男には試されているような気がしてしまう。

 そう思って身構える私の背中を、ユーゴはまたばしばしと叩いた。


 変に身構えるな、いつものクソ間抜けな顔してろ、と。

 い、いつもそんな顔をして見えるのですか……


「言葉の通り、深読みは必要ありません」

「貴女はまだ未熟で、世間を知らぬ。このカストル・アポリアの政治について、何も断言出来ぬのでしょう」

「知らぬから、それが良いとも言えぬ。知らぬから、それを悪いと決めつけぬ」


「……民主主義について知見を持たぬ故に、その是非を決めかねる人物だ……と、そういうことでしょうか」


 私の言葉に、ヴェロウは苦い顔で首を振った。そうではない、と。

 だが、今の言葉の真意が他にあるとすれば、それはいったい……


「深読みは不要だと申しているでしょう。フィリア女王」

「貴女は未熟で、世間を知らぬのです。故に、何が問題であるのかを把握し切れていない」

「貴女はまだ、この国の在り方とアンスーリァの在り方を見比べるので精一杯でしょう」

「故に、まだどちらに舵を切るかを考える猶予がある。まだ、良くも悪くもなる最中さなか……というわけです」


 ヴェロウはそう言うとまた苦い顔を浮かべ、そしてふうとため息をついた。


 だが、それは私に対して呆れたから……というものではないらしい。

 苦い顔は次第に暗い顔になり、そして眉をひそめたまま鋭い眼をこちらへと向けた。


「……あの女性……ゴートマンと呼ばれていた人物。私はあれを、先ほど初めて認識しました」

「まだこのカストル・アポリアは若い。私が貴方に申した言葉の全てが、この国に存在する問題なのです。どうか、情報の共有を願いたい」


「っ! はい、その為に伺ったのです」

「あの魔術師、ゴートマンについて。延いてはそれの属する魔人の集いというものについて。我々で入手出来ている情報を全て共有いたします」

「同じ脅威に晒される国の長として、協力させていただきたい」


 どうか。と、ヴェロウは私に頭を下げた。

 もしや、ユーゴはとっくに彼の真意に気付いていたのだろうか。


 どうやらヴェロウは、私が協力を頼んで良い相手かどうかを見定めていたようだ。

 能力を推し量るのではなく、協力的な人物かどうかを。

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