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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第百七十六話【再戦】



 安全な街を巻き込んではいけない。

 そう思って、私とユーゴはゴートマンを少しでも遠くへ誘導しようと考えた。

 その為に、まずは街の外へ出ることにしたのだが……


「姉ちゃんの方はフィリアって言ったか。どうだい、ばあさんとこの仕事には慣れたかい」


「は、はい。アルバさんには大変良くして貰って……」


 巻き込んではいけない。と、その一心で街から抜け出したというのに、私とユーゴの隣には関を見張っていた男の姿がある。

 下手な言い訳が文字通り下手を打って、ありもしない落とし物を一緒に探してくれるというのだ。

 心温まる優しさが今はとても……とても……


「邪魔だって! 俺達だけで大丈夫だ! さっさと持ち場に戻れよ! サボるな!」


「こっちはまた本当に反抗期真っ只中って感じだな」

「ユーゴだっけ? そんなにつんけんしてると、嫌な時に味方を失くすぞ」


 男は文句を言いながら睨み付けるユーゴを前に、微笑ましげに笑って相手をしていた。

 ううん、これも少しぶりな気がする。


 ユーゴの強さが認知され始めたから……というだけではなくて。

 私の隣にいる以上、それが普通ではないのだと認識されるから。


 こうも露骨に子供扱いされる機会は最近減っていたから、なおのことユーゴが不機嫌になってしまっている気が……


「ああ、そうだったそうだった。俺はハミルトンだ。結局、挨拶もしてなかったよな」


「あ、はい。改めまして、私はフィリアと申します。よろしくお願いします」


 おう、よろしく。と、ハミルトンは笑顔で返してくれるが……それどころではないのだ。


 どうしてこんな時にのんきな挨拶をしているのだろう。

 そう私自身でも疑問が浮かぶほどだから、ユーゴの視線が痛烈に刺さっている理由など考えるまでもない。

 何をやっているんだお前はと、思念のようなものが頭の中に届いて来そうだ。


「で、何探してんだ? 落とした場所に思い当たる節はあるのか?」


「え、ええと……実は、ペンダントを落としてしまったようで……」


 嘘です。まるっきりの嘘なのです。

 なので、そんな顔をしないでください。

 そんなに大切なものだとしたら、きっと形見か何かに違いない。と、そう深く考えて真剣な面持ちになるのはやめてください。


 ただでさえ焦りがあるのに、心苦しさまで出てきて、息がしにくくなってしまう。


「――っ。フィリア、ちょっと……あー……えっと……あっちの方行くぞ。来た道探さないと意味無いだろ」


「え……あ、そ、そうですね。ハミルトンさん、こちらへ……」


 先ほどまで駄々をこねているようにしか見えなかったユーゴが、突如ハミルトンの同行に文句を言わなくなった。

 むしろ、彼を連れてもう少し離れよう、と。そういう誘導の仕方をしようとしている。


 ということは……ゴートマンが接近しているのか。


「どんなペンダントなんだ。物にもよるだろうけど、そんなに大きなもんじゃないよなぁ。となると……うーん、探すのも骨だぞ、これは」


「で、ですので、探したという言い訳だけあれば……本当に、諦める為に少し歩くだけですから、私達だけでも……」


 そういうわけにはいかない。と、ハミルトンは腕を組んで胸を張る。


 街の警備を任されている以上、住民になったばかりの姉ちゃん達を守る義務がある、と。

 その言葉は本当に頼もしいし、このカストル・アポリアの在り方も嬉しい限りだが……い、今はそんな場合では……


「――っ! やばい……っ。おい! おっさん! いいから帰れ! 俺とフィリアだけでいいって言って――」


「だから、いくらなんでもほっとけないんだって」

「俺達カストル・アポリアの住民は、同じ街の家族を見捨てたりは……? ん……なんだ、この音……」


 音……? 音……とは、まさか……っ!


 ユーゴの慌てようから見てもほぼ間違いない。

 音――とは、やはりあのゴートマンの――――


「――ぐ――ぉお――っ。な――なんだ、この――」


「――っ。くぅ――ユーゴ――」


 ガィィン――と、分厚い銅板を想いきり叩いたような音が頭の中に響いて、そして私は立っていられなくなった。


 これには――これと似たものには、ヨロクの林で経験がある。

 あの魔術師――ゴートマンが突如姿を消したその直前。

 鐘の音のような金属音が響いて――そして――


「――っ! フィリア!」


 ガ――ゴゥン――ッ! と、もう一度金属音が響く。

 その正体は、どこからともなく現れ、私の目の前に落下した巨大な銅像だった。


 これもまた――あの時と同じ――っ。

 なら――やはり――


「な――なんだ――なんなんだこれは――っ!」

「おい! 姉ちゃん! ユーゴ! あぶねえ! 退がれ!」


「逃げるのはそっちだ! フィリア! お前も俺の後ろから出るな!」


 そんな異常な光景を前に、ハミルトンはひどく怯えた様子だった。

 それに、強い混乱状態にもある。

 それでも私達の前に立ちはだかろうとしてくれるところには、敬意を表するばかりだ。


 だが――今は――この相手ばかりは――っ。


「――見つけた――ッ! 見つけたぞ――フィリア=ネイ=アンスーリァァア――ッッ!」


「――っ。ゴートマン――」


 まだ土煙と轟音と、そして動揺も収まらぬ中、いつかも聞いた甲高い女の声が響いた。


 フィリア=ネイ=アンスーリァ。と、確かにその名を口にして、怨嗟もさながらの昏い感情を込めた眼で、私を睨み付ける女の姿がそこにはあった。


「見つけた――見つけた見つけた――見つけた――ぁあああ――っ!」

「潰す――すり潰す――叩き潰す――潰して潰す――潰し殺す――――ぅぅぁああ――ッッ‼」


 バシン――と、乾いた音がして、煙の中の女の影が手を合わせたのが分かった。

 そしてそのすぐ後――また――あの言霊が聞こえて――――


「――っ! いけない――ユーゴ――っ!」


「分かってる――っ! 先に――」


 あの魔術の発動よりも先に口を塞ぐ――


 それさえ出来れば、分かっている脅威のほとんどに対処出来る。

 魔術の発動さえ止めてしまえば、ユーゴの敵ではない。それはユーゴも分かっている。


 だから、煙の中のその影に向かって突進して――


「――っ!? いない――なんで――っ! さっきまでここに――」


「いない――っ⁈ そんな――だってまだ――声は――」


 ユーゴが煙を切り払って突き進んだ先には、ゴートマンの姿は無かった。


 煙が晴れるその瞬間までは確かにそこにいたのに、もうどこにも姿が見当たらない。

 まさか、あの瞬間移動の魔術は連発が可能だというのか。


 とてもではないが、まともな代物とは思えなかった。

 当然、魔力の消費も尋常ではない、と。


 だから――それが何度も使えるとなったら――


「――フィリア! 後ろだ――っ!」


「――っ! きゃぁあ!」


 言霊は確かに煙の中から聞こえていた。

 なのに、ユーゴが私に声を掛けた途端、その言霊は私の耳元まで一気に近寄って来た。


 いいや、違う。

 そこから聞こえていると錯覚していただけだ。


 それが、ユーゴに気付かされて、ようやく出所を掴んだのだ。


 私の耳元――すぐ後ろから、ゴートマンは言霊も唱えながら、ナイフを振り回して私に突進してきた。


「姉ちゃん危ない! こいつ――なんなんだお前は――っ!」


「――いけない――っ! ハミルトンさん! 逃げてください!」


 まずい――っ!

 そう思ったのは、私の頭の中にあの光景が広がらなかったからだ。

 私の記憶の中にある、覚えている中でもっとも地獄に近い光景が。


 それはつまり――ゴートマンが標的に選んだものが私ではないということ。

 前回その魔の手から逃れた私ではなく、他の人間の心へとつけ込もうと――


「――ぐ――ぅう……っ。うが――」


「さあ――殺せ――っ! その女を――っ! 前王を――民を裏切ったその悪王を――お前がその手で縊り殺すのだ――っ!」

「侯爵の孫――ケルビン=ジャーツ=ハミルトン――っ!」


 フィリア――っ! と、ユーゴの声が聞こえる頃には、私の身体は大きく突き飛ばされていた。


 ハミルトンさんが――記憶を覗かれ、心を傷付けられ、操られてしまったハミルトンさんが、まだ何かに抗うように悶えながら、私のことを強く突き飛ばした。


「――侯爵の――孫――っ!? ハミルトン……まさか――」


「うぅ――ぐぅ……うわぁああ――っ!」


 ハミルトンは遂に剣を抜いて、大きく振りかぶって私に襲い掛かって来る。


 そんな彼をユーゴが蹴飛ばして……しかし、つい先ほどまで話をしていた相手に、ユーゴが強い攻撃性など向けられる筈も無いから。

 ハミルトンはすぐに起き上がって、そしてもう正気などどこにも残っていない表情で私達を睨んでいた。


「――そうだ――そうだ、悪王フィリア=ネイ――っ!」

「その顔だ――っ! お前は過去の行いに裁かれるのだ――っ!」

「お前はこれまでの王家が踏みにじったものに殺されるのだ――っ!」


「――っ。ユーゴ、ハミルトンさんを傷付けてはいけません」

「このカストル・アポリアの全てを傷付けず、そして傷付けさせずにゴートマンを倒します」


 ハミルトン家という貴族がかつてあった。それは話に聞いている。

 だが――それと目の前の男との関係など、今はどうだっていい。


 今すべきことは、私達を迎え入れてくれたハミルトンと、カストル・アポリアの全てを守り抜くことだ。


 女王フィリア=ネイとして。

 そして――この街に恩のある、ただのフィリアとして。

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