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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第百四十九話【向き合うべきもの】



 林を抜け、荒れ地を進み、そして馬車と合流すると、私達はそのまま真っ直ぐにヨロクの街へと帰還した。

 拠点である街はずれの砦ではなく、街へ。

 特別隊のものではない、国の役場へと私は戻らされた。


「それじゃ、今日はお疲れ」

「何があったかちゃんと分かってないけど、ヤバいことがあったのは確かだから。フィリアちゃんもユーゴも、しっかり休んどいてよ」


「は、はい……ジャンセンさん……あの……」


 ジャンセンさんはこちらを振り返らずに、ごめんねとだけ残して去ってしまった。


 様子がおかしい……なんて、そんな他人事ではいられない。

 きっと……いいや、間違いなく。私の在り方を咎めたいのだろう。私の考え方を。


「……ユーゴ。ジャンセンさんの言う通り、今日はもう休みましょうか」

「貴方にも私に起こったのと同じことが起きていたのなら、一度ひとりでゆっくり落ち着く時間が必要でしょう」


「フィリア……まあ、いいけどさ」


 いい……けど。けど、なんなのだろう。

 ユーゴの真意はまだ分からない。私では彼の心を理解してあげられない。


 けれど、それでもその表情が暗いことくらいは分かる。


 彼もまた、私の言動に困惑したのだろう。

 役場から宿へ戻る間も、ユーゴは終始私の顔色を窺っているみたいだった。


 部屋へ入ると、流石に膝から力が抜けてしまった。

 ベッドに横たわれば、心臓がばくんばくんと強く脈打っているのも分かる。


 疲労と、そして恐怖。

 安堵もありながら、それでは覆いきれないだけの恐怖心がまだ残っている。


「……あの時、あの魔術師が標的を見誤らなかったら……っ」


 もしも、あの時に狙われたのがユーゴかジャンセンさんだったならば。

 もしかしたら、私達は全滅していたのかもしれない。


 ユーゴは強い子だけれど、しかしその心は幼いものだ。

 脆くて儚くて、内側から殴られたならば簡単に壊れてしまうかも。


 ジャンセンさんだってそうだ。

 あの方は非常に強い。精神的にも、とても誰かと比較などしようと思えないほどに強靭だ。


 それでも、その強さは内側にある傷を守る為のものだと思うから。

 だから……きっと、あの魔術師とは相性が悪いだろう。


「……私は……やはり、おかしいのですね。分かってはいましたが……はあ」


 私は……強くない。決して強い人間ではない。

 けれど……ただ、ひとつだけ理由が思いあたる。

 あの魔術師の攻撃に耐えられた、たったひとつだけの理由が。


 私は狂っている。

 理知的な思考が出来ていないと、よくマリアノさんに言われている通りだ。


 私の思考は、基本的に通常の倫理観からは逸脱している。

 自覚はあるのだ。自覚はあれど、矯正は出来ないのだ。


 家族の死を悼まないのはおかしい。

 父の愛情を失ったことを嘆かないことはおかしい。

 王の死を、仕方のない過去だと忘れてしまうのはおかしい。


 分かっている。

 分かっているけれど……私には、そのおかしいが正しいものに思えてしまうから。




 翌朝、私は誰の声を聞くよりも先に目を覚ました。


 昨日の今日ではユーゴも起こしには来られなかったかな……なんて思って窓の外を見れば、まだ空は真っ暗だった。

 これでは起こしになど来るわけがない。


 眠れなかったのだろうか。

 私の身体は、それほどにまで緊張していたのだろうか。


 理由などどうでも良かったけれど、これで後に支障が出るのは困る。

 そう考えるのと同時に、まだ私もきちんと恐れられるのだなと安堵もした。


 皆の目に私はどう映っているのか、と。

 そんな不安から寝付けなかった可能性が残っていることに。


「――フィリア。まだ寝てるか?」


「……ユーゴ。はい、まだ眠っていたところです」


 起きてるじゃないか。と、ユーゴはちょっとだけゆっくり――いつもよりもゆっくり、恐る恐る部屋のドアを開けて顔を覗かせた。

 けれど、私の姿を見ると、心なしかほっとしたようにも見えた。


 昨日の私と今朝の私ならば、今朝の私の方が彼の知る普段の間抜けなフィリア=ネイにより近いのだろう。


「こんな時間に起きてて、ほんとに休めたのか? 今度は本当に疲労とか寝不足で倒れるぞ」


「そう思うのなら、こんな時間に起こしに来ないでくださいよ。変なことを言いますね、今日のユーゴは」


 ユーゴは私の言葉に少しだけむっとして、けれどすぐに納得したのか苦い顔で首を傾げた。

 そんな切り返しが出来たのか……と、感心しているのかな?


「……砦、行くんだよな。また、ジャンセンのとこ行くんだよな、今日も。そんで……」


 ジャンセン。と、彼がその名をきちんと口にしたのはいつ以来だろう。


 もしかしたら、ユーゴはジャンセンさんの心配もしているのかな。

 私ほどではないにしても、あの時はジャンセンさんもいつもとは違ったから。


 いつもよりずっと、苦しそうにしていた気がするから。


「警戒……しといた方が良いのかな」

「だって、あの魔術師の攻撃を食らったんだ」

「俺は……なんか、あんまり効かなかったっぽいんだよな。それに、フィリアも」

「けどアイツは、あのゴートマン……だっけ。あの変な女が騒ぐまで起きなかった」

「いや、アイツが騒いで、他のやつが起きてからも目を覚ましてなかった」


 ジャンセンさんは、先に気付いた若者達によって意識を目覚めさせられていた……と?

 さ、流石によく見ている。私はそれに気付かなかった。

 ただ漠然と、皆も起きてきた……とだけしか認識出来ていなかったのに。


「なら、アイツにはめっちゃ効いてたってことだ」

「だったらさ、操られてる可能性だってあるだろ? じゃあ、警戒してかないとさ」

「アイツが命令すれば、マリアノはそれがどうであれ従うっぽいし。また全員で襲って来られたら面倒だ」


「……そうですね。どうやらあの方達は、どうあれジャンセンさんの指示に従うように訓練を積んでいる……いえ、そう誓って、実行して、これまで生き抜いてきたのでしょう」

「ジャンセンさんひとりに決定権を委ねる……という意味では、私とユーゴの関係に近いのかもしれません」


 以前にも実例はあった。


 ジャンセンさんが私達を試したあの日、あの時。

 マリアノさんすらも事前には聞かされていない風だった。


 突然決まった裏切りの決行、そしてそれの取りやめにも、彼らはすぐさま対応した。

 そういう風に決めているのだ。


 しかしその弊害として、ジャンセンさんが何者かによって操られてしまえば、当然指揮はめちゃくちゃなものに書き換えられてしまう。


 マリアノさんならばいつか気付くだろうが、しかしその場ですぐにとはいかない。

 その事情を探るまでには、どれだけの絆があっても時間はかかるものだ。


「……しかし、その心配は必要ないと思います」

「おそらく……という仮定の領域を出ない話なので、あまり信頼はして貰えないかもしれませんが」

「私はあの魔術師の能力を、おおよそ解析出来たと思っていますから」


「あの変な奴の魔術、分かったのか?」

「フィリアが狙われてたっぽかったとはいえ、食らっただけで分かるとかなんか強キャラっぽいな。むかつく」


 む、むかつかないでください、そんな理由で。


 しかし、これに関しては私以外ではなかなか理解出来ないだろう。

 というよりも、魔術に精通している人間でなければ……か。


 ユーゴもジャンセンさんも、魔術についてはからっきしなわけだし。


「あのゴートマンと名乗った女性の魔術は、他者の記憶を共有するというもの」

「意図的なのか、それともそうしか出来ないのかは分かりませんが、共有する記憶はどうやら悪い記憶だけのようです」

「ユーゴ、貴方も見せられたのですよね。嫌な思い出を」


「……っ。見せられた。ジャンセンが裏切った時と、ヨロクでタヌキの魔獣にフィリアが襲われる時の記憶だった」


 ジャンセンさんとの件は想像に易かったが……そうか。


 一歩間違えば私が死んでいた……と、いつかその恐怖を吐露してくれたこともあった。

 あの時の恐怖は、裏切りに対する嫌悪感と並ぶほどのものだったのだな。


「……話してくださってありがとうございます」

「何を見せられたか……という部分については、伏せられるかと思っていました」


「俺もそこは悩んだけど……そんなの気にしてる場合じゃないだろ。記憶を盗み見るとか、結構ヤバい能力だし」

「情報は出来るだけ共有して、ちゃんと正体暴いとかないと」


 心を開いてくれた……のではなくて、いつも通り嫌になるくらい冷静なだけだったのか。

 少しだけ残念だが、彼の思慮深さがどんな混乱の中にあっても健在というのは朗報だろう。

 今はそれを喜んでおこうか。


「……私は……父が亡くなる瞬間でした」

「パレードの最中、私の目の前で暗殺されたのです」

「それが、貴方とふたりで林を訪れた際に見せられた記憶でした」


 そして、昨日は更にふたつ。


 その父を蘇らせようとした時の記憶。

 それと――ユーゴの召喚の為に、師である魔術師を五名生け贄に捧げた瞬間の記憶。


 私はそれを、もう隠すことなくユーゴに伝えた。


 今まではこうして私が言葉にして伝えることは無かったが、彼ならばとっくに理解していただろう。

 それでも、伝えられずにいた話だ。


「……父親を蘇らせようとした……って、それも屍術ってやつか? なんでもありだな、魔術って」


「はい、それが屍術……の、最終的な到達目標地点」

「私などでは遠く及んでいなかった、夢を語るよりも更に途方もない魔術の頂点です」


 ユーゴはその件に触れなかった。

 触れない方が良い……と、判断したのだろう。


 それに責任を、負い目を感じると口にすれば、私は絶対にそうではないと言うだろう。

 事実、彼が負い目を感じる必要などどこにも無い。


 けれど、そういうやり取りを避けたがっている。そういう顔をしている気がした。


「そして、この三つの例を比較した時に、私はひとつの答えに至りました。それについて、ジャンセンさんとも話をしようと思います」

「その為にも……ユーゴ、貴方にもお願いがあります」


「……俺に……?」


 どうしても、この話は避けられない。


 父が亡くなった瞬間、父を蘇らせられなかった瞬間。

 そして、師を五名葬った瞬間。

 これらには、間違いなく共通点がある。


 しかし、ひとつだけ――たったひとつだけ、どうしようもなく食い違っているものも確かにあるのだ。

 それを説明する為に、ユーゴにも少しだけ怖い思いをして貰わなければならない。


――ジャンセンさん達に、ユーゴと召喚屍術式についての説明をする――


 それが、あの魔術の穴を解明するきっかけとなる筈だから。

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