第百三十九話【ちょっと噛み合わない】
港から街までの間、私達は一度も魔獣と遭遇しなかった。
見た目だけでなく、安全も確保された道を作る。
ほんのわずかな時間しかなかった筈なのに、ジャンセンさん達の持つ技術と経験は、ここまで優れたものだったのかと驚かされた。
そうして何ごとも無くナリッドへと到着し、いつの間にか建てられた立派な役場へと向かった。
これもまた、ジャンセンさんの策だろう。
分かりやすい希望の形を街に刻む。
そうすることで、皆が変革を意識するように。
「すみません、ジャンセンさんはいらっしゃいますか。急ぎで相談したいことがあるのですが」
中を覗けば、そこは忙しなく働き続ける若者でごった返していた。
井戸を掘るという計画を進めている最中かな?
見れば、ランデルから派遣した測量士の姿もある。
けれど、肝心のジャンセンさんの姿は……
「頭ならいないよ」
「珍しいね、他所から客が来るなんて。あの人、自分がどこで何してるかなんて外の人間には漏らさないのに」
「もしかして、他の部署の人だったりするの?」
「あ、はい。ええと……私はランデルで働いています」
げっ、もしかして本隊の人? と、男はちょっとだけかしこまった態度になったが、しかし気さくに笑いかけてくれた。
なんとなくだが、ジャンセンさんの作りたかった組織の形が見える気がする。
縦割りではない、フラットな関係性を重んじるものなのかも。
が、それはよくて。
なんだか知らない言葉が飛び出した気がするのだが。
「本隊……というのはなんでしょうか。あまり聞き馴染みの無い言葉ですが……」
「ああ、そりゃ本隊の人はそうだろうね」
「ほら、この部隊って王様と頭が作ったわけだけどさ。どっちかって言ったら、やっぱり主体は王様……国なわけだろ? 規模からいってもさ」
「だから、宮で働く能力の高いやつらを、俺達は本隊って呼んでんの。王様が直接選んだ腕利き揃いだって言うからさ」
いつかはそこに入れるといいんだけどなー。と、若者はそう言ってため息をつくが…………そ、そんな話は初めて聞いたのだが……?
私は部隊の編成については口出しをしていないし、そもそもランデルで働いているのも、彼らと変わらない元盗賊団の若者達で……
「ところでさ、やっぱり本隊の人は直接王様とも会ったりするの?」
「ナリッド解放の時には一緒にいたらしいんだけど、俺その時ヨロクにいたからさ。会ってみたいんだよなー、フィリア陛下」
「ええっと……そうですね、私は会ったことはありませんが、ゴルドーという方は何度か遠征に供したそうですよ」
何故だろうか、少しだけ罪悪感が。
きっと、この本隊という話はジャンセンさんが勝手に作った嘘だろう。
何故そんな嘘を……というと、恐らくだが、若者達にやる気を出させる為だ。
働き次第でランデルに行ける、待遇が良くなる、能力次第では王に謁見出来る、と。
多分、そういう仕組みをでっちあげたのだろう。
「ゴルドー……へー、知らないやつだけど、きっと仕事出来るやつなんだろうなー」
彼の仕事ぶりについては……正直、エリーの相手をするので手いっぱいで、とても彼の能力を見極める暇など無かった。
そもそも、彼も彼であの子のお守りをするばかりだったし。
それに、私が訪れた時に発生する仕事は、平時の彼らの仕事とは全く関係無いから。
それだけではとても評価など不可能だろう。
っと、ゴルドーの話は良くて。
「それでは、現在ジャンセンさんはどちらにいらっしゃるのでしょうか。どうしても相談したいことがあって……」
「んーっと……確かヨロクへ向かうって言ってた気がするな。姉さんも一緒だった筈だし、結構大きい仕事かもな」
「二日前に出てったばっかだから、まだしばらくはいると思う」
な、なんと。まさかすれ違いになってしまったとは。
しかし、滞在が長そうだというのならばむしろ好都合か。
このまままた来た道を戻って、そこで話を聞いたらすぐに林を調査出来る。
もしかしたら、ジャンセンさん達もそれが目的でヨロクへ向かったのかもしれないし。
「ありがとうございます。ええと……すみません、お名前を伺っていませんでしたね」
「私は…………フィ…………フィオーレと申します」
「あっ、ごめんごめん。俺はガーダー。いつか俺も本隊に行くから、その時はよろしくな、フィオーレちゃん」
その時は……その時は……その時、私はどういう顔をすべきなのだろうな。
まさか私が女王だとは思ってもいないのであろうガーダーに見送られて、私達は役場を後にしてまた馬車へと戻る。
もし……もしも彼が頭角を現し、何も知らぬまま本隊昇進に喜んでランデルへやってきたならば……私は隠れているべきだろうか……
「……フィオーレ……って、俺もそう呼んだ方が良いか?」
「いえ……その……わ、悪気のある嘘ではないのです」
「けれど、どうしてもあの場で正体を打ち明けるのは気が引けたというか……」
フィリアという名前だけで私を女王だと気付くかどうかは別として、きっかけになりうるものを与えるべきではないと思ったのだ。
もしその場で気付いてしまったら、パニックになってしまうかもしれないし。
後で気付いたとしても、それはそれで無駄な後悔をさせてしまうだろうから。
「それで、もう出るのか? 今から船乗ると夜になるけど。っていうか、そんな時間にも出してるのか?」
「はい、予定では夜間の運航も行う手筈でした。人員も足りている筈なので、出ているかと」
へー。と、ユーゴはちらりと街の方を振り返って相槌を打った。
このままここで一泊すれば、うっかりガーダーに正体がバレてしまいかねない。
だから、さっさと出て行った方が良い。と、そう言いたいのかな。
それは……私も全くの同意見だ。
「今日は天気も良いですから、夜間でも月明かりで進路を見失うことは無いでしょう」
「それに、海上は魔獣の脅威が薄いですから。夜行も不可能ではありません」
「ん、そっか。なら、あとは気持ち悪くならないようにするだけだな」
うっ。それは確かに不安なのだよな。
もっとも、私の体調不良くらいで予定を延期する道理も無い。例の林の調査は急務なのだから。
私達はまた馬車に乗って港への道を戻る。
しかし、本来ならば確認したいことがあった。
街に魔獣が近付かないことは分かっている。
港までの道にもいないことも、身を以って実感した。
しかし、まだ重要な場所がもうひとつある。
人々の生活用水を確保する為の、河川への道を確認しなければ。だが……
ジャンセンさんのことだ。そこを放置して出発した……というのはあり得ないだろう。
少し無責任にも思えてしまうが、ナリッドの件は彼に託してランデルへ戻ったのだから。そこは信頼しなければ。
「……? 女王陛下、もうお戻りになられたのですか。そのご様子ですと、またすぐに出発をなさるおつもりですか?」
「はい、話が早くて助かります。次はいつ頃に船を出す予定でしょうか。それとも、今日はもう出ませんか?」
港へ着くと、ここへ来る時にも船を操縦して貰った船乗りに迎えられた。
どうやら、また彼に乗せて行って貰うことになりそうだ。
定期船の出発予定は、まだ少し先のようだが。
「陛下のご命令とあれば、今すぐにでも出発出来ます。いかがいたしましょうか」
「いえ、時間通りで構いません。ここで急いでも、どのみちマチュシーで一日を過ごすことになりますから。本来の仕事を優先してください」
たとえ明朝にカンスタンへ戻れたとして、そのままヨロクまでは向かえない。
結局マチュシーで一日、ハルで一日を費やすことになる。
もちろん、カンスタンへ到着するのが遅過ぎて、そこでもう一日を費やす……というのだけは避けたいが。
しかし、予定の時間ならばそうはならないだろう。
「フィリア。先に薬準備しといた方が良いんじゃないのか? また酔うぞ」
「そ、そうですね。酔ってしまって眠れない、それでカンスタンから出発出来ないなんてことがあってはいけませんし」
言われるままに船着き場にある小屋へと向かい、薬箱の中から吐き気を抑える薬をいくつか拝借して、カンスタンからやって来る帆船を待った。
乗り込む際にはまたあのぐわんぐわんと頭を揺すられているような感覚が脳裏をよぎったが、しかし乗ってしまえば今度は案外平気そうだった。
慣れたのか、それとも薬があるという安心感のおかげなのか。
なんにせよ、帰りは問題にならなさそうだな。
そうして翌朝……朝というにも少々早過ぎる、空の白い明朝に、私達はまたカンスタンへと到着した。
まだ冷たい潮風が頬を撫でる度、ぴりっと気が引き締まるようだ。
「……フィリア、大丈夫か。ほら、水飲めって」
「す、すみません……」
そして、私は結局また船酔いをしていたのだった。
は、初めは大丈夫そうだったのに……風が強くなってからは、まるでゆりかごのようにぐわんぐわんと……




