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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第百三十七話【一拍】



 私達は予定通り、ヨロクを出発してナリッドへと向かった。

 ハルとマチュシーを経由して、そして昨日の夕方にカンスタンの街へと到着したところだ。


 ここからは船に乗って、魔獣の少ない海路からナリッドへと直接向かう。

 だから、早くに起きて支度をしなければならないと約束をして眠りに就いた。

 就いたのだが……


「おい、早く行くんだろ。まだ寝てんのか」


「……ふわぁ。ユーゴ……まだ……いくらなんでも早過ぎますよ……」


 今朝、ユーゴはまだ空も暗いうちから私の部屋へとやって来て、もう行くぞと待ちきれない様子で私を急かす。

 楽しみだったのだな、初めての船旅が。


 それ自体は可愛らしくて良いのだ。

 けれど……流石にこんなに早くからは船も出せない。


「せっかく……ふわ……早起きをしたのですから、念入りに準備しておきましょう」

「荷物の確認をして、それから装備の点検もたまにはしましょうか」


「点検……? なんか壊れるのか? まあ、剣とかは錆びたりしそうだけど」


 刀剣の管理は私には分からないが、しかしユーゴの身に付けている防具や靴については、傷みやゆるみがあれば直してあげられるだろう。

 彼の戦闘は本当に苛烈で、ここまでの道のりにもかなり負荷がかかっている筈だ。


「宮へ戻れば職人が手入れしてくれますが、この数日は何も出来ていませんからね」

「ほら、靴と鎧を脱いでください。剣は……ええっと……」


 軽装とはいえ、短剣が二本に革鎧に、金属製のすね当てと小手、それから足首までを覆う靴。

 脱いで並べてみると、思っていたよりもずっと威圧感がある。


 これらすべてが彼の身を守る為のものだと思えば、大切に手入れをしてあげないといけない気になるな。


「……いつも思うんだけど、こんなにいっぱい着けなくてもいいよな。他の兵士だってもうちょっと軽装のやついるし」


「動きにくかったですか? 出来るだけ軽いものを……それでも、貴方の命を守ってくれるものをとお願いして作らせたのですが……」


 重たかっただろうか、物理的に。


 ユーゴは小柄だし、確かに装備の重量が大き過ぎてもかえって邪魔になってしまう。

 初めて魔獣退治に出る時に作らせたものだったが、彼の技量のこともあるし、そろそろ見直しが必要なのかもしれない。


「すね当ては邪魔、歩きにくい。靴も……なんか、足首ゴワゴワするから普通のにしたい」

「手のやつも暑いし、鎧もわきのとこ気持ち悪いからいらない」


「ぜ、全部ではありませんか。もう、ダメですよ。いくら貴方でも、いざという時の保険は必要です」


 まあ、魔獣の攻撃など全て避けてしまうからな、彼は。


 そもそもが人と人との戦いではない。

 飛び道具に気を払う必要が無い以上、そこまで鎧の重要性は高くないのかもしれない。


 それに、彼と魔獣とでは体重差もある。

 これらがあったとて、何かが大きく変わるわけではないのかも。


「でも、剣はもうちょっと長いの欲しい時があるな。やっぱりそっちのがかっこいいし、強そうだし」


「そんな理由で……確かに、大きな魔獣を相手取るのに、この短剣では不安かもしれませんが……」


 しかし、その刃渡りは私の胴くらいなら簡単に両断出来る程度はあるのだ。

 事実、今までにも魔獣を真っ二つにしてみせているし。


 ところで、他の兵士では刺して殺すところを、どうして彼だけは切り裂いてしまえるのだろうかという疑問がある。

 魔獣の肉や骨の硬さと刀剣の切れ味は、他と変わらない筈なのだが……


「次にランデルへ戻ったら、装備を一新しましょうか」

「どれもこれも古くなっていますから、ぼろぼろに…………は、なっていませんが、しかし身体も大きくなっているでしょうし。体型に合わなくなってきているものもありそうです」


「まだ伸びるからな。ゲロ男よりはデカくなる」


 そんなところでまで対抗意識を持っていたのですか。


 何やら鼻息を荒げながら、ユーゴは並べられた鎧のひとつひとつをぺしぺしと叩き始めた。

 こんなサイズでは収まらないぞ……という意思表示だろうか。


「少し緩んでいるものもありますから、それだけ直しておきましょう」

「一応、剣も見せてください。柄が外れそうになっていたりはしませんか?」

「貴方の戦い方は、きっとこれを作った職人も想定していないでしょうから。耐えられないという可能性もあります」


「そんなことないと思うけどな、ガタガタしてたら流石に分かるだろうし」


 直接握っているユーゴがそういうのならば、よほど問題は無いだろう。

 そう思いながら彼から短剣を受け取ると、防具には無い使用感がありありと伝わってきた。


 戦士としての彼の生き様を見ているようで、なんとなく誇らしかっ……


「……ぼ、ぼろぼろではありませんかっ。こ、これ、いつから……もしや、ヨロクを出た時には……?」


「え? そうか? えー……? こんなもんじゃないか?」


 鞘から抜いて刀身を灯りの下に晒すと、そこにはぎらぎらと灯を乱反射させるぼろぼろの刃が現れた。

 こ、これで本当にどうやって魔獣を両断しているというのだ。


「やはり大きな負荷がかかっていたのですね……もう一本は……こちらはずいぶん綺麗ですね」


「そっちは使ってないからな。予備だし、そんなもんだろ」


 予備……とは言っても、全く同じ剣なのだから、どちらを使っても良いだろうに。

 几帳面な性格なのは分かっていたが、奇妙なところにまで拘るのだな。


「幸いなのは、ナリッドのそばの林へ行かずに済むことでしょうか。こんなにもぼろぼろでは、いつ折れてもおかしくありません」


 頑丈な剣を新たにこしらえるか、いっそ持ち歩く数そのものを増やしてしまうか。

 しかし、どちらにせよ荷物が重たくなってしまう。

 ランデルに戻ったらそこのところもきちんと考えないといけない。


 これは死活問題だ。

 戦場で彼が戦えなくなってしまったら、魔獣を押し返す力は一気に低減してしまう。

 そうなれば、他の兵士への負担が大きくなり過ぎる。


 いいや、彼の分を補おうと思うと、とても現状の特別隊の規模では不可能だ。


「だったら、フィリアが持っててくれればいいんじゃないか?」

「どうせ近くにいるんだし、あんまりいっぱい提げてると流石に邪魔だから」


「私が……そうですね。いざとなった時にだけ私の下へ戻ってくればいい」

「それならば、確かに重量による負担も掛けずに済みます」


 なんとまあ、原始的で単純ながら手っ取り早い解決策だろう。

 こんなことすら言われなければ気付けない自分の間抜けさにあきれる必要はありそうだが……しかし、あっさりと問題が取り払われたのは良いことだ。


「なら、普段からユーゴが持ち歩いている水筒や食料も、いくつかは私が持っていましょう」

「今より身軽になれば、もう怖いものはありませんね」


「大丈夫か? あんまり荷物増えるとフィリアの方が大変になるぞ?」

「いくら馬車移動ばっかりだとはいえ、歩くときは結構歩くんだし」


 なら、すぐに手渡せるように荷物を小分けにしておくのはどうだろう。

 普段はユーゴが持ち歩いて、魔獣が出たら私に押し付けて行く。

 そんな私の提案に、ユーゴは微妙な表情を浮かべた。


「別に、そこまで困ってないぞ。まあ……剣の予備はフィリアにも持ってて貰えれば安心だけど。荷物全部任せなきゃいけないほど重たくないし」


「そう……ですか」


 なんでがっかりしてるんだ。と、ユーゴは呆れた顔でそう言った。


 だって……そうだろう。

 やっと私が役に立ちそうだったのだ。


 少なくとも、戦場ではなんの助けにもなってあげられなかったのだから。

 荷物のひとつくらいは肩代わりしてあげたいと思うに決まっている。


「フィリアは決めてくれればいい。後は俺がやる」

「っていうか、魔獣と戦わせる為に呼んだんだから、俺に気使って変な負担増えたら本末転倒だろ」


「そ、それはそうですが……しかし……」


 役に立てそうだと喜んだ反動というものがあって……


 どうにも気落ちしてしまった私に、ユーゴは何度も何度もため息をついた。

 バカだな。と、いつもの言葉も添えて。


 装備の点検も全て終わって、私達は食事を済ませて港へと向かった。

 流石に落胆が後を引くようなことは無かったが、なんとなく彼の荷物には目が行ってしまった。


 そんな私にユーゴが呆れた顔をして、いつもより少しのんびりした空気の中で船の到着を待つ。


「ところでさ、船って今どこにいるんだ? いつ来るのかとか決まってるのか? 連絡とかしてた感じなかったけど」


「今は……ええと、もう遠くないところにいると思います」

「このカンスタンの港には、毎日ナリッドからの船が到着するようになっています」

「今は三隻の船が、半日置きにやって来ている筈です」

「物資の運搬が急務でしたから、しばらくは船の数も減らせないでしょう」


 もちろん、漁に出る船とは別の話。


 残念ながら国営とはならなかったが、しかし船を出してくれる志願者は想像以上に集まってくれた。

 おかげで現在はかなり高頻度で物資を送り届けられている。ありがたい限りだ。


「……あ。アレか? あの白い帆の船、アレがそうか?」


「アレ……ええっと……み、見えませんよ、どこにも。どこですか?」


 アレだよ。と、ユーゴが指差す方には……まだ朝霧で白く曇った空しか見えない。


 彼の能力は感覚器官そのものを強化しているのかもしれない。

 それが仮定から確信に変わったのは、かなりの時間の後に船の姿を私が確認出来た時のことだった。

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