第百二十七話【それが俺の役割】
私の体調が回復すると、待ってましたと言わんばかりにまたユーゴに引っ張られて、私達は街の外へと出て行った。
ジャンセンさんに頼まれた通り、街から川に掛けての道のりと、そして川の近辺の魔獣を倒す為に。
可能ならば巣を全て潰してしまいたいところだが、まだその規模も分からない以上はなんとも言えまい。
「ユーゴ、どうでしょうか。ここまでにも、もうずいぶん倒しましたが……」
「まだだな。まだたくさんいる。でも、別に強そうなのはいない感じだ」
「どれもこれも、街の近くにいるのと同じやつだと思う」
川に向かって進み続けている私達だったが、既にもう数も数えていられないくらいの魔獣と遭遇していた。
もっとも、数を数える前に倒してしまう……とも言えるが。
「街の近くに出る魔獣と同じ……街から離れたところに巣を作ったうえで、それだけ広い範囲を縄張りとしているということでしょうか」
「まともな抵抗など出来ないですから、仕方がありませんが」
魔獣は一切の警戒心を人間に向けていない。
見つけたら殺して食ってしまってもいい弱い生き物としてだけ認知している。
脅威があるとすれば、それは縄張り争いをしている他の魔獣だけ。
屈辱的だが、しかしそういう認知のおかげで、街が無用に襲われることも無かったのだろう。
「これなら、マリアノがいればなんとかなると思う。でも、マリアノもどっか行くんなら……どうだろうな」
「明日になって、どれだけ数が変わってるかだけど」
「ユーゴが私と共にランデルへ戻った後、住処を荒らされたと感じて魔獣が攻撃性を見せる可能性もあります」
「ジャンセンさんとも相談しますが、初めのうちは軍備をしっかりしなければなりませんね」
マリアノさんさえいれば。
そんな前提条件は、彼女が頼もしいからこそ生まれてしまう弊害だろう。
マリアノさんさえいれば成立する作戦、持ちこたえられる戦線が、今もきっといくつもある。
話では、彼女を各地に派遣することで無理矢理魔獣を抑えていたとのことだし。
だがそれは、マリアノさんがいなければどうにもならないということ。
「特別な個人に頼った策は、残念ながら国が行っていいものではありませんから……と、これを私が言うのもおかしな話ではあるのですが」
しかし、交代制で警備出来る兵士だけで抑えられるようにするには、まずふたりのような特別な力でせん滅作戦を決行する必要がある。
ふたりのおかげで悩めること自体は喜ばしいのだろうな。
「……ところで、ここら辺の魔獣についても調べるのか?」
「どこに何が住んでるのかとか、どんな特性があるのかとか。前はやってただろ」
「え、ええ。余裕があるのならお願いします」
こんなに見知らぬ地でそんな余裕は無い……のは、どうやら私だけだったのか。
じゃあ。と、ユーゴはウェリズやチエスコで遭遇した魔獣の情報から羅列し始めた。
「そ、そんなところから……ずっと覚えていたのですか? それを……もしや、私に余裕が無さそうだから……」
「まあ、いっぱいやることあって大変そうだったから。でも、なんかの時には要るかなって、一応覚えてた」
「って言っても、あんまり数見てないからな。見た目と場所くらいだぞ」
「どれも弱かったし、観察とかする暇無かったからな」
マリアノもさっさと倒しちゃうし、近くで見たわけでもないし。と、ユーゴはいろいろ前置きをするが、魔獣の特性は、外見からでも判断しやすいものが多い。
危険な魔獣と似ているものがどこにいるか分かるだけでも、大勢が助けられるだろう。
「前のやつは戻ってから話すよ。とりあえず、今いるやつだけ」
「覚えとけばフィリアもちょっと気が楽だろ。大したことないやつなんだ、って」
「いえ……どうであれ魔獣というだけで十分に驚異なのですよ、普通は」
「ですが……そうですね。知っているのといないのとでは、見えるものも違いますから。お願いします」
分かった。と、ユーゴはこのナリッドに来てから目撃した魔獣の情報を話し始めた。
まず、ここまでに最も目撃した魔獣。
鳥のように翼を持ちながらも空は飛ばない、大して強くない奴、と。
「その次に多いのは豚みたいなやつ。これも小さい……小さくはないか。でも、デカくもないやつ。コイツも別に強くない」
「それからちょっとデカいイノシシみたいなやつ……イノシシも豚か。でも、コイツは牙がある」
「もしかしたら雄と雌とか、成長した同じやつとかなのかな。まあでも、結局強くない」
「貴方基準の強くないはアテにならなくて……こほん」
「そうですね、牙が発達している個体が雄、そうでないものが雌という可能性はあるでしょう」
「ですが、貴方が直感的に別のものだと感じたなら、全く別の魔獣であるという前提で考えておきましょうか」
そんなのでいいのか? と、ユーゴは訝しむが、しかし彼の直感にはいつも助けられている。
彼が普段魔獣を見つけているのだって、なんとなく分かるという感覚だと言うし。
そのなんとなくによって別のものだと割り振られたのならば、それはきっと別のものなのだ。
「あとは三頭だけ熊みたいなやつもいたな、デカいの」
「コイツも弱かった……けど、他の魔獣はそいつに近付かなかったな」
「多分、縄張り争いとかと無関係な魔獣なんだと思う」
「他の魔獣より強いから、避けられて争わずに暮らしているかもしれないのですね」
「なるほど、身体の大きさは単純に強さに繋がります。魔獣のように、技や道具に頼らないのであればなおのこと」
小さくても圧倒的に強いユーゴやマリアノさんを見ておいて、こんなことを言うのも変かもしれない。
だが、きっとユーゴやマリアノさんが、他の兵士と同じような体格だったなら。
それはきっと、今のふたりよりも強くなるのだろう、多分。
「ここら辺のはだいたいそんなとこだな。速いやつとか飛ぶやつはいないから、フィリアは寝てても大丈夫だぞ」
「そんなことしませんし、出来ませんよ、もう」
飯は食ったのにな。と、ユーゴはちょっとだけ笑った。
休憩前にあった焦った様子はもうどこにも無い。私の無茶も全くの無駄ではなかったのだな。
「……でも、林の近くとか川の近くは分かんないからな」
「そこに別の強いのがいて、そいつらに追いやられてこの辺に来てるのかもしれないし」
「確かに、そういう可能性は危惧すべきですね。なら、なおのこと慎重にお願いします」
強いというのは言葉の綾で……と、そう言いたげにユーゴは顔をしかめた。
分かっていますよ。貴方にとってはどれも強くない、つまらない魔獣なのでしょう。
それでも、万が一がある。
思ったより強かった……と、それで小さな怪我でもすれば、もしかしたらそこから毒を貰ってしまうかもしれない。
ジャンセンさんは私を心配していたが、私も同じ心配をユーゴに抱いているのだ。
「ん、ちょっと遠いけど、もうこっちに気付いたのがいるな」
「やっぱり、林の辺りの魔獣は縄張り意識が強いみたいだ」
「そういうことも分かるのですね。それも……なんとなく、ですか?」
少しだけ申し訳無さそうに小さく頷いて、それからすぐにユーゴは警戒心を強めた。
つまらない。弱い。そう言いながらも気は抜かないその姿は、子供とはとても思えないものだ。
「フィリア、ここで座ってろ。近付いてくるのがいるから、それだけ片付けて進む」
ユーゴはそう言ってすぐに走り出した。と言っても、私の目の届く範囲――彼の思う安全圏ではなくて、私が不安を感じない程度の距離で魔獣が来るのを待ち構えていた。
ひとりにすれば怖いだろうと、気を遣ってくれているのかな。
それからすぐ、不安になる時間も与えられずに魔獣の姿が見えて、それよりももっと短い時間で全ての魔獣が蹴散らされた。
私ではもう、ユーゴが以前より強いのかどうかすら分からない。
気付いたら魔獣は倒されていて、彼が駆け足で戻って来るのを待つだけだから。
「――やっぱり街の近くにいるのとは違うやつだ、弱いけど」
「なんか……目が飛び出てて、毛が無いやつ」
「カエルみたいだけど、爪はあるし乾燥もしてる。見た目ちょっとキモイな」
「乾燥しているのに体毛が少ない……ふむ。奇妙な生態ですね」
「体毛が少ないということは、体温を下げたい……暑い地域に住む動物の特徴だと思うのですが」
「この近辺には稀に熱波が訪れるくらいで、基本的には気候も穏やかなのに」
魔獣の進化に通常の獣の常識は通用しない……とはいえ、まったく意味の無い進化はしない筈だ。
あくまでも動物の延長であるのなら、そもそも体毛の無い両生類が進化して、乾燥に耐える為に厚い皮膚だけは先に手に入れた……と考えるのが筋だろうか。
私達はそのまま進み、話に上がった川へと到着した。
そこでまた、街の近辺にいたのとは違う魔獣の群れを、推定三種類倒してまたテントへと戻る。
その頃にはもう小屋も出来ていて、ジャンセンさんがほっとした顔で迎えてくれた。




