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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第百二十六話【街を街として立て直す為に】



 ユーゴと共に街へ戻ると、そこには既に布を張った簡易的な活動拠点が設けられていた。


 流石にあの廃屋では危険だし、そもそも何人も出入りするには狭過ぎる。

 小屋を建てるまでの一時しのぎにしても、というわけだ。


「おい、マリアノ。水。水持って来い。飲む水」


「ァア? ンだこのクソガキ、オレを顎で使おうっての……うぉおっ。で、デカ女……どうした……?」


 そんな風通しの良いテントの中には、ジャンセンさんとマリアノさんの姿があった。


 やはり、このふたりが指揮を執って工事を進めているのだな。

 などと状況を観察していると、マリアノさんは目を丸くして、ジャンセンさんは顔を青くして慌て始めた。


「――こらユーゴお前――っ! フィリアちゃん顔真っ青じゃねえか! 怪我させんなって言っただろ!」

「何やった! 何にやられた! 毒か! 魔虫が湧いたのか!」


「俺は何もしてない。ただ……ただ、フィリアが思ってたよりバカだったから……」


 ば……いや、今回については一切反論出来ない。


 いつ魔獣に襲われるか分からないという緊張状態と、魔獣の死骸と悪臭に囲まれた中で、無理矢理胃袋に食べ物を詰め込んだ。

 結果……どうやら私は、顔が青くなるくらい体調を崩してしまったらしい。

 そんな行為を愚かと言わずなんと言うのか。


「気分悪いのに食べ過ぎて気持ち悪くなった……って……フィリアちゃん……」


「……バカ女……はあ。薬貰って来てやる。ジャンセン、しばらく席外すぞ」


 お願いね。と、ジャンセンさんは凄く肩を落としたマリアノさんを優し気に見送った。

 も、申し訳ありません……


「……まあ、俺を休ませる為にやった……んだろうから、俺にも責任はある……んだよな。はあ」


「しかし、それにしたって身体張るね。何もこんなになるまで……」


 半端なことでは、ユーゴには看破されてしまうと思ったから。


 それに、彼が意外と頑固なことも知っていた。

 だから、やるならば徹底しなくては……と、意気込み過ぎてしまった。


 反省はしなくてはならないが、しかし間違ったとも思わない。

 半端に食べてそこで手を止めていたら、きっとユーゴはその時点で呆れてしまっただろう。


「ま、フィリアちゃんのことはあねさんに任せるとして、だ」

「報告は受けてるぜ、だいぶやってくれたらしいな。ったく、頼りになり過ぎるよ、お前も」


「……も? も……って、マリアノか? まあ、ここに来るまでは確かに……」


 でも、俺だったらもっとたくさん倒せた。と、ユーゴは口を尖らせる。

 相変わらずの負けず嫌いだが、しかしどうやらジャンセンさんの思い描いていた相手は違うらしい。


 姉さんも頼もし過ぎるけど。と、そう前置きしたうえで、視線を私へ向けた。


「身体張ってでもお前の暴走を止めたフィリアちゃんも、そりゃもう大変頼もしい限りだよ」

「今回はちょっと……まあ……うん。やり方は考えてねって言いたいけど」

「でも、お前の手綱を握れる唯一の存在だからな。無茶しがちな子供をいさめるのも大切だ」


「誰が子供だ、死ねこのバカ」


 そんなことばかり言うから、手綱をどうのと言われてしまうのですよ。

 なんて、言ったらきっと睨まれるのだろうな。


 だが、そういう役割を頼もしいと言ってくれるのならば、やれる限りはやってみようと思える。

 私が手を引かずとも、ユーゴは大丈夫だとは思うけれど。


「フィリアが回復したらまた外に出てくる」

「分かってたけど、やっぱり数が多い。倒しても倒しても出てくる、全部雑魚だけど」


「それを嬉しそうに言うんじゃねえよ、まったく」

「姉さんといいお前といい、遊び感覚なのは感心しねえな。それだけ余裕があるんだろうけど」


 ジャンセンさんはそう言ってため息をつくと、また何やら地図を眺め始めた。

 工事はもう始まっているのだから、どこに建てようかという悩みではあるまい。


 では……これから先、まずどこに手を付けるべきか考えているのだな。


「フィリアちゃん、ヘロヘロなとこ悪いけど頭借りるよ」

「きっとこれはこれからも恒例になると思うけど、フィリアちゃんとユーゴはランデルに帰らなきゃならない。俺達だけが残って復興していく必要がある」

「そこで……どこに何を準備するのが効率的か。宮や議会はどこまで協力してくれそうか。また一緒に悩んでよ」


「……はい、もちろんです」


 私とユーゴは、先にこの場を離れなければならない。

 宮を長く空けてはならない、これはもうどうしようもないことだ。


 だから、ここに残る者達に指示の出す。

 そういう練習をチエスコでもやった。


 そして、これからはきっともっと多く、細かな指示を出さなくてはならないだろう。


「これが街の詳細な地図だよ。姉さんにお願いして作って貰った」

「で……早速困ったことがあってね。ユーゴの出発前に気付けたら良かったんだけど……」


 見せられたのは、今までは過去のものしか分からなかったこの街の地形だった。


 丹念に書き込まれた情報は、どうやら全てマリアノさんが集めてくれたものらしい。

 もしや、昨晩眠らなかったのはジャンセンさんだけではなかったのか。


 なんと……感謝もするが、不安にもなってしまう。


「……姉さんにありがとうは言わないでおいてね。俺が蹴られるんだ、照れ隠しで」

「ま、それはいいとしてさ。ここ見て欲しい」

「ここがこの街から近い唯一の川……飲み水を確保出来る場所なんだけど……」


「ええと……何やらサインがしてありますね。これはなんの印なのでしょうか」


 うーん。と、困った顔でジャンセンさんは頭を抱えて、これは危険地帯のマークなんだと教えてくれた。

 危険地帯……と言うと、やはり……


「そ、魔獣の巣が近いの」

「まあ当然だよね。魔獣だって海の水じゃ生きていけない。飲み水が必要になる」

「そんなわけで、川沿いには何種類かの魔獣が巣を作ってる」

「最悪なのは、それらがずっと縄張り争いしてることだね」

「どいつもこいつも気が立ってて、水を汲むだけでもかなり危険だ」


「そう……だったのですね。確かにそれは困りました」


 雨水を貯蔵する。海の水を蒸留する。現在はそういった手段で飲み水を確保しているらしい。

 だが、ここを解放する――経済的に回復させようと思えば、飲料以外にも真水が求められる。

 そもそも、人が増えれば飲み水すら足りないかもしれない。


「そこで、だよ。ユーゴには川の周囲を重点的に見て貰う。片っ端から殺せば数は減る、とりあえず」

「数を減らしたら、壁を作って川までの道を確保する。そしたら水道も通そう。まずこれがメインプランだね」


「メイン……ということは、他にも目処が立っているのですか?」


 立ってはないけど、やってみたいことはある。と、ジャンセンさんは地図の上にいくつか印を打ちながらそう言った。


「井戸を掘るんだ」

「幸い、林が近くにあるからね。綺麗な水が湧く……と思うんだけど、どうだろう」

「いや……流石にそんな知識は無いからさ」


「井戸……ですか。そうですね……ううん、私もそういった知識は……」


 海から近いこの街で地下水を汲み上げるとなれば、それなりに場所は選ばなければならない……のだろうか。

 それすらもやや不明瞭だ。


 しかし、そういうことならばなおのこと……


「ランデルに戻り次第、地質学者を派遣します。専門的なことは知識のある人物に任せましょう」

「お金も時間も人手も必要になりますから」


「うん、お願い。いやー、やっぱり人がいるとこに協力して貰えるのは大きいね」


 そうなると、水道工事や川までの道路の整備も、ランデルで職人を集うべきだろうか。


 道路や壁はまだしも、水道となればやはりこれも専門的な知識があるに越したことはない。

 なにぶん、飲み水の問題だ。衛生の問題や乾季に機能するかという問題を、先んじて解消しなければ。


「それから医者だね」

「今まではじっと耐えてるだけだったから、魔獣に襲われる機会も多少は少なかった。でも、これからは違う」

「街の外を開拓してれば、当然魔獣に出会う回数も増える。それに事故だってあるだろうから」


「カンスタンの港を通じて、定期船を出せるようにしましょう」

「相変わらず船と船乗りの問題はありますが、こちらはれっきとした国営事業として募集を掛けられますから」


 クロープの造船所に働きかけて、また何隻か船を造らせよう。

 それが確保出来れば、遠洋へ漁に出るよりも安全な仕事だ、必ず人は集まる。


 ただ……それにもやはり問題があって……


「……問題は、宮の経済も、そこまで余裕があるわけではない……という点に尽きますね」

「今回のナリッド解放についても、かなりの資金を投入しています。それに……」


「ナリッドが解放されたからって、すぐに税を取り立てられるわけじゃない」

「宮……国からしてみれば、今回の解放作戦は、金を払っただけで何も得られていない」

「いやまあ、国土の安全を取り戻したって成果はあるけど。でも、経済的には純粋にマイナスだったよね」


 そう……なのだ。


 出来れば一気にやってしまいたい、今すぐにでも全ての街を解放したいとは考えるのだが……いかんせん、国にお金が無さ過ぎる。


 ナリッドから税収を計算出来るようになるのはまだかなり先だろう。

 かといって、ヨロクや他の最前線の街から多く徴税していては、とても戦線を維持出来ない。


「だったら、定期船を民間に頼むのは? 援助金と報酬だけ出して、船と乗組員の確保はそれぞれに任せるんだ」

「そしたら、カンスタンとクロープの経済はもっと回るし、他の街も船作り出すでしょ。そんで、儲かったとこから税取ればいい」


「しかし、それではどうしても不安定になってしまいますから。やはり、重要な生活基盤は国が管理しなければ」


 だが、国が抱えられるものにも限りがあって……


 私は気分が悪かったのも忘れて、なんとか解決策をひねり出そうとジャンセンさんと共に頭を抱えていた。

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