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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第百二十四話【積み上がる問題】



 日が昇り切るよりも前に馬車に戻ると、そこにはマリアノさんの姿があった。

 どうやら私達の行動は見透かされていたらしい。


 眉間に深くしわを刻んで、勝手なことをするなと言わんばかりに睨まれてしまった。


「それで、女王様としてはどう感じたよ」

「まさか、この街には守る価値無しなんて結論は出してねえだろうな」


「当然です。この街は……いえ、今まで遠巻きに見て見ぬフリを続けるしかなかった全ての地区は、なんとしても解放しなければならない。その思いを強くしました」


 そうか。と、マリアノさんは小さく呟いて……ぱしんと私の頭を平手で叩いて、戻って来た私達と入れ替わるように街の方へ歩いて行った。

 今のは……認めて貰えたのだろうか。それとも……


「……お、怒られた……呆れられてしまった……のでしょうか……?」


「……知るか、このバカ」


 彼女の真意は分からない。

 いつものように怒鳴ったりしてくれれば、私でももう少し理解出来るのに。


「ですが、問うたということは、彼女もこの街を気に掛けている。それは間違いないのでしょう」

「聞いた話を鑑みれば、あの方もこういった街に生まれ育ち、戦いを強いられてこれまで生きてきたのです」

「いえ、マリアノさんだけではありません。ジャンセンさんも、皆も」


 この街の現状には胸を痛め、同時に過去の自分を重ねている筈だ。

 そんな彼らの前だからこそ、私はなおのことこの街を守る姿勢を見せなければ。


 それからすぐにジャンセンさんが顔を覗かせて、私とユーゴはまた街の中へ……もともと役場として使われていた、今はもう古びて倒れる寸前の廃屋へと集合した。


 約束した通りにユーゴが仮眠を取るそばで、私はジャンセンさんに手渡された資料に目を通す。

 どれもこれも走り書きで、きっと夜通し準備したものなのだろうと分かった。


「すみません、ジャンセンさん。本来ならば、こういった部分から手伝わなければならないのに」


「いやいや、何言ってんの。今日はむしろ仕事もさせずに目一杯休ませたいくらいだよ」

「戦うのはユーゴだって言っても、危険地帯に突っ立ってるってのはそれだけでも疲れるもんだ」

「いくら鈍いって言っても、そういうとこまで抜けてるわけじゃないんだしさ」


 にぶ……こほん。

 私の勝手が彼の無茶を引き起こしてしまったのか。


 負担を減らせるように、少しでも私達が役に立つようにと考えているのに、どう手を打ってもジャンセンさんは自分の背中の上に荷物を載せ過ぎてしまう。


「それにしても……はあ。ある程度覚悟はしていましたが……頭が痛くなりますね」

「山のように……なんて言葉を使うのもはばかられるくらい問題が積み上がっています」


「そうだね……こればっかりはね、どうしようもない。一個ずつ片付けるしかないよ」


 さて。

 この後のことも大切だし、ジャンセンさんの負担を減らすことも考えなければならないが、しかし今はまず目の前の一事だ。


 ジャンセンさんが一晩掛けて洗い出してくれたこの街の問題は、大きく三つに分けられる。


 まずひとつ、魔獣の問題。


 ユーゴと共に戦う……のは良いとして、問題は私達が付きっ切りではいられないことだ。


 当然、他の地区を解放する為にはここを離れなければならない。

 となれば、ここには軍を派遣する必要がある。


 ランデルや他の街から出来る限り集めたとして、これからも同じようにやっていては、必ずどこかで人が足りなくなってしまうだろう。


 ふたつ、食料……いいや、物資の問題。


 この街は既に困窮している。

 このままいけば……という話ではなく、今現在にも食料が尽きる危険を孕んでいる。


 それだけでなく、馬車などどこにも見当たらないし、道具の類もかなり原始的なものが使われている。

 まともな道具はもう使い潰してしまったのだ。


 そして三つ、経済の問題。


 お金が無い、だから食料を買えない。なんて、そんな軽い問題ではない。


 この街は今現在、国ではない。

 最終防衛線の外に切り捨てられ、既に長い時間が経ってしまっている。


 貨幣というものは既に形骸化しており、街の人間皆が物資を融通し合うことでぎりぎり耐えているに過ぎない。


 解放するのならば、当然経済の流れの中に取り戻す必要があるだろう。


「軍の問題は、もう現地で人を指導する以外に無いね」

「もっとも、それは俺達には出来なかったやり方だ。姉さんの指導力云々じゃなくて、単純に人の数が足りてない」

「街の人間を徴兵したら、畑を誰が耕すのかって問題になる」


「食糧問題も同様ですね。とにかく人手が足りない……働き手が足りない、街そのものの体力が尽きかけてしまっている」

「これを解決するには、やはり経済活動による外への働きかけ以外にありませんが……」


 その経済も停止している。

 回復しようと思ってすぐに出来るものでもない、どれもこれもが互いに足を引っ張り合って、身動きの取れない状況が生まれてしまっているのだ。


「……ただまあ、最悪の問題だけは今から解決出来るからね。それだけは前向きに捉えていいでしょ」


「最悪の問題……? ええと……資料には全て目を通しましたが、大別するとどれもこの三つに絞られるように思えました。他にも大きな問題があるのですか?」


 フィリアちゃん……と、ジャンセンさんはなんだか寂しげな顔で肩を落としてしまった。

 そんなにがっかりしないでいただきたい……


 しかし、もっと大きな問題……というのは、私では見当も付かなくて……


「――街の人間みんなが希望を失ってることだ」

「ぎりぎりで耐えてるのは、ただ死にたくないからってだけ」

「何かを成したいって気持ちが薄い、これじゃあ何をやっても響かない」

「鍛えても無駄、農具を与えても仕事ぶりは変わらない、経済なんてめんどくさがられるだけ」

「だから、まずはそこをひっくり返してやる必要がある。その為には……」


「……っ! そうでした、それは私もずっと考えていたのに」

「ユーゴの存在が――救世主という希望が、彼らには必要なのです」

「生きたいという願望ではなく、生きて何をしたいかという夢を抱かせる為に」


 死を遠退ける奇跡の存在、それこそ私がユーゴに求めたもの。


 魔獣に怯えなくてもいい。

 そういう分かりやすい希望を見せることで、私は人々の心を救うのだと決めた。


 忘れていたわけではないが、問題の多さに目がくらんでしまっていた。


「そういうわけで、しっかり頼むよ。やると言ったからには、ばっちり活躍して貰うからな」


 ジャンセンさんはそう言って、まだ眠っているユーゴの頭を撫で……ようとしたところで、ユーゴがもぞもぞと動き出し、渋い顔で目を覚ましてしまった。


「……近寄るな、クズが感染うつる……ふわぁ」


「おま……いいよいいよ、寝てても警戒心高まってるのは喜ばしいことだ。ったく」


 彼はどれだけジャンセンさんを警戒しているのだろうか……


 呆れた顔でジャンセンさんがそう言うと、ユーゴはまた大きくあくびをしてくるりと丸くなってしまった。

 もう少し眠る……だろうか。

 まだ眠たいのに起きてしまうほどの警戒とは、果たしてどれだけのものなのだろう……


「どん詰まりを解決出来るのは、フィリアちゃんとユーゴだけだ」

「女王という特別な存在と、奇跡を起こせるだけの特異な存在」

「自分に出来なかったことを求めるのはどうかと思う。だけど、それを求められるのはふたりだけだから。頼んだよ」


「はい。必ず、この国の皆に希望を届けてみせます。その為にこの特別隊を作ったのですから」


 ジャンセンさんは優しく微笑んで、そして……私から資料を奪ってしまった。

 もう考えごと終わり、事情の共有が済んだからあとは休んでて、と。


「そ、そんな無責任は出来ません。軍事力の派遣も、貨幣の再流通も、どちらも私が考えなければならないことで……」


「うんうん、分かってる分かってる。分かってるけど、今はもうちょっとだけ休んどいて」

「そこのガキが思ったよりへばってるっぽいから、フィリアちゃんに危険が及ぶ可能性もあるでしょ」

「昨日の話、マジだからね。ひとつでも怪我してきたらマジで怒るし、もう二度と言うこと聞いてあげない」

「指揮は任せるけど、フィリアちゃんには何もさせないからね」


 子供に言い聞かせるような口ぶりなのもやめていただきたい。


 それからは、私が何を言っても休んでと返されるばかり。

 これ以上揉めて彼の時間を奪う方が問題か……と、私が引き下がるのを待っているようだ。


 そして……それに気付いたら、私は引き下がらざるを得ないとも分かっていて……


「じゃ、外は任せたよ」


「……はい。必ず、このナリッドに吉報をもたらします」


 ジャンセンさんはまた優しく笑って、そして建物から出て行ってしまった。

 ぎりぎりまで身体を休めて出発しろ、か。


「……期待には答えないといけません。そうですよね、ユーゴ」


 私はまだ眠ったままの彼の頬を撫で……ていたら、また嫌そうな顔でユーゴは起きてしまった。

 も、申し訳ありません……休むように言ったのは私なのに、邪魔をしてしまって……


「ふわぁ。もう行くのか? なら、さっさとやろう。やっと出番だ」


「ユーゴ…………もしや、本当に戦いたくて、機会をずっと待っていたのですか……?」


 ずっとそう言ってるだろ。と、ユーゴはすぐに目をキラキラさせ始めて、ぐいぐいと私の手を引いて街の外へと歩き出した。

 頼もしいやら、おっかないやら。



 そんな彼の活躍は、今更何を不安になっていたのかと馬鹿らしくなってしまうほどのものだった。


 私は本当に座って見ていても問題無いくらい、ユーゴは街の周囲の魔獣を蹴散らし続ける。

 魔獣にも、そして街の人にも、その強さを見せ付けるように。

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