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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第百二十一話【見えてきたもの】



 激しい戦闘の音がしばらく続いて、それでも私達は無事ナリッドの街へと到着出来た。

 それは、日もすっかり落ちて暗くなった頃のことだった。


「全員整列! 点呼取るぞ! 怪我してるやついたら、さっさと名乗り出て手当て受けて来い!」


 誰にも戦闘の疲労が浮かんで見える中、ジャンセンさんはいつもより大きな声を出して皆に指示を出していた。


 きっと彼も限界が近いのだろう。

 だからこそ、全員の士気を高める為――まだこの部隊には余力があるのだという精神的余裕を持たせる為、より一層気丈に振る舞っているのだ。


「おい、デカ女。無事だろうな。テメエになんかあったんじゃ、今後に差し障る。死んでても無事だって言え」


「マリアノさん。はい、皆さんのおかげで私はなんともありません。ありがとうございます」


 なんと物騒な安否確認だろう。


 まだ馬車の中から出るなと指示された私の下へやって来たのは、息ひとつ切らしていない余裕しゃくしゃくといった面持ちのマリアノさんだった。

 彼女は多分、本当に余裕があるのだろうな。


「マリアノ、どんな魔獣がいた。ここからだと見えはしなかったから」


「どんなもクソも無えよ、魔獣は魔獣だ。ただ……思ったより厄介な事情があるのかもな」


 厄介な事情? 私が首を傾げると、マリアノさんは呆れた様子で頭を掻いた。


 しかしそれは、どうやら私の言動に呆れているわけではないらしい。

 彼女が見たものに対しての感情のようだ。


「……あの林、魔獣は確かにいなかった。だが、それの原因になるモンも何も無かった」

「おそらくだが、そうなった原因はとっくに移動してるんだ」

「とっくにいなくなったにもかかわらず、魔獣が近付きたがらねえと思うようなモンが、この国には潜んでやがる」


「っ! もしかして、西も……」


 可能性はある。と、マリアノさんは苦い顔で頷いた。


 西……とは、ウェリズ近辺の海岸へ向かう道のことだ。


 カンビレッジでもウェリズでも、ユーゴは何かしらの存在を感知していない。

 そう、ウェリズとカンビレッジでは。


「ヨロクでユーゴが感知したものが、ここやウェリズに滞留していた……のでしょうか」

「となると……もしや、それはここか、或いはウェリズから……」


「……海から来た……って可能性は高いだろうな」

「ただ……その場合、なんで東端と西端に影響が出て、その間には何も無えのかって疑問が出てくる」

「最悪なのは、それに対する解答を、テメエがつい最近引っ張り出しやがったことだ」


 ウェリズ。そしてカンビレッジ……いや、ナリッドか。

 このふたつに共通しているのは、港からほど近い街であるということ。


 マリアノさんの言う通り、“魔獣が海からやって来た”と考えるのならば、同じような脅威がほぼ同時期に西と東へやって来たのだと考えられる。


 だが……だが、話はそう単純では無い。


「……何者かによって持ち込まれた……誰かが海路を通じて、ウェリズからこのナリッドへ、あるいはその逆の順路で、魔獣すらも寄り難い危険を、国内へ持ち込んだ可能性がある……と」


「多分、ウェリズが先だろうな」

「ウェリズから南へ……島の南側を迂回して、このナリッドへ」

「そして、ここから更に北――ヨロクまでそれを運んだ可能性がある」


 その脅威は現在、ヨロク東部の林の中に隠されている。

 それこそが、ユーゴの探知したものではないだろうか、と。


 私が引っ張り出した可能性とは、造った船をそのルートでカンスタンへ運んだことを言ったのだろう。


 クロープから南へ運びウェリズへ、ウェリズで特別隊の若者を乗せて更に南――この島の南側を迂回して東側の港へ。

 私はそれをカンスタンの港へと運び込んだが、このナリッドはそれよりも少し手前にあった。

 図らずもその可能性を証明してしまったことになる。


「最悪、最悪も最悪だ。デカ女、よくもやってくれたな」

「あのトカゲの件もこれで腑に落ちる。アレをやったやつは、間違い無くウェリズにいやがった」

「そして、そこで魔獣の研究を進め、その成果をこのナリッドへと持ち込んだ」

「それが完成したのか、それとも完成を間近に控えたからなのか、そいつはまた北へ――ヨロクへ向かいやがったんだ。その先にある組織との合流の為に」


「……っ。マリアノさん……」


 マリアノさんは眉間にしわを寄せたまま、私の頭を撫でた。


 あの魔獣の幼体をただの魔獣として処理していたら、そして今回海路を拓かなかったら。

 この可能性には気付かなかったかもしれない。


 あまり喜べる話ではないが、結果的には私の行動が全て、それらをあぶり出したと言えよう。


「姉さん、こんなとこにいたの。お疲れ、相変わらず頼りにしかならないね」

「そんで、フィリアちゃんもお疲れ様。フィリアちゃんの指示のおかげで誰も死なずに到着出来たよ」


 だんだん見えてきた脅威の姿に対して頭を抱える私達の下へ、ジャンセンさんが安堵の表情を浮かべてやって来た。


 誰も犠牲者は出なかった。負傷者はあれど、死者はひとりも出なかった。そんな報告を携えて。


「いえ……私の指示など、何も。皆が頑張ってくれたから……」


「命令を下したのはフィリアちゃんだよ。決定したのも、責任を負うと覚悟を決めたのも」

「なら、その成功について栄誉を受けるのもフィリアちゃんの権利だ」

「少なくとも、変な指示出して混乱させることはしなかった」

「何もせずに任せるっていう選択を取れるのも、指揮官としては大切だからね」


 ジャンセンさんはそう言うと、マリアノさんを連れてすぐに戻ってしまった。

 このナリッドの街がどれだけの状況にあるのかを確認してくる。と、そう言い残して。


「……俺達はもうちょっとここにいろ……ってことか。ちぇっ。暇なんだよな」


 ふたりがいなくなるとすぐ、ユーゴはそんなボヤキをこぼした。

 それは緊張状態の終わりを表していたのだろう。

 さっきまでぴりぴりしていた彼の周りの空気が緩んだ気がした。


 もう、この周囲に危険は無い。

 少なくとも、魔獣が迫って来る気配は無いと考えていいだろう。


「……どう思いますか?」

「貴方がそうしているということは、ナリッドの街には脅威を遠ざけるだけの防御が備わっている。そう考えるのが道理だと私は思うのですが……」


「……どうも何も、見てないから分かんないよ。でも……」


 でも。と、ユーゴはそう言ってから黙ってしまった。

 そしてしばらく考え込んで、嫌々というか……自分がその話題に触れるのははばかられるとでも言いたげな苦い顔で、さっきの話なんだけどと切り出した。


「マリアノの言ってたやつ……海の外から何かを持ち込んだやつがいるかもって話」

「こんな言い方したくないけど……そいつのおかげでこの街は大丈夫なんじゃないかな……って」

「ほら、ウェリズは結構安全だっただろ」


 ユーゴはそう言って目を伏せた。


 今想定している存在は、私達に……いいや、人間に敵意を向けているものである可能性が高い。

 だから、それを善いもののように言うのはどうか……と、彼はそれで躊躇しているようだ。


「それにヨロクも、そこ行くまでの道のりとか、あのタヌキ魔獣が現れた時とかのこと考えたら、かなり安全に過ごせてる気がする。だから……」


「それが悪意を持つものでも、結果としては私達を助けている……と」


 そう。と、ユーゴはしょんぼりした顔で頷いた。

 自分だけがそれを悪いものではないと言っているのが申し訳無いのだろうか。


「……そうですね」

「確かに、今ある証拠だけならば、それが危険な存在である可能性の方が高いでしょう」

「ですが、まだそうと決まったわけではありませんから」

「もしかしたら、例の組織に敵対する――間接的に私達を味方してくれる何かがあるのかもしれません」


「……そこまでは言わないけど……でも、そんな感じ。アイツらだってそうだっただろ。なら……って」


 アイツら……とは、ジャンセンさん達のことを言っているのだろうか。


 確かに、元々は捕らえるべき敵……盗賊団として追っていた筈だった。

 それがいつの間にか、手を取り合ってこうして共に国を救おうと立ち上がったのだから。


 なら、またそういう関係を結べる相手かもしれない。

 そう考えてもなんら変ではないだろう。


「……こういう言い方すると、またお前がのんきなこと言い出しそうだから、あんまり言いたくなかったんだよな」

「北のやつらに対しても、協力すればもっと国を良く出来るとか言いそうだし」


「うっ……しかし、そういう道を常に模索していくのは大切ですから」

「戦うばかりではどちらにも被害は出ますし、消耗も疲労も私達だけの問題ではない」

「真っ先に苦しむのは民なのですから、そこを慮らずしては……」


 こ、心を見透かすのはやめていただきたい……


 ユーゴはまだしょぼくれたまま、それでも私に冷たい目を向けていた。

 やっぱりお前……と、そう言いたげだった。


 それからまたジャンセンさんが私のところを訪れたのは、街の様子をある程度確認してからのことだった。


 どうやら、このナリッドの街はまだ機能しているようだ。

 国軍の防御も、盗賊団の保護も受けず、独力でその形を維持してくれていたらしい。


 そう聞かされた時には、私はこの地の全てにお礼を言わなければならないと思った。

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