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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第百十九話【平和の温かさ】



 クロープに到着すると、ユーゴはすぐに私のカバンを持って馬車から降りた。

 その姿を、エリーは物欲しげな顔で見つめていた。


 そして、何か手伝いをしたいのか、ちらちらと私へ目線を送ってくる。

 なんとまあ幼気いたいけな姿だろうか。


「エリー、また手を繋いで行きましょう。迷子にならないように、引っ張っていってください」


「うん! 任せて! です!」


 私が手を差し出すと、エリーはにこにこ笑って両手でぎゅっと手を繋いでくれた。

 そして、また視線をユーゴの方へと……


「……お、俺は繋がないぞ」


「ユーゴ、それでははぐれてしまいますよ。ほら、貴方も」


 子供の前なのだから、手本になってあげないと。

 そう思って促すのだけれど、やはりユーゴはぷいとそっぽを向いてしまった。


 そんな彼の様子に、エリーはどこか不安そうな顔をする。

 はぐれてしまわないかなぁと心配なのだ。


「ふふ、大丈夫ですよ。ユーゴはしっかり者ですから、手を繋がなくてもはぐれたりしないみたいです」


「……? じゃあ、フィリアはしっかりじゃないの?」


 うぐぅ……


 そんなつもりで言ったわけではないのだが、普段の自分を省みると、エリーの真っ直ぐな言葉が胸に深々と突き刺さる。

 私は……私はとても、しっかり者とは呼べないだろうな……


「じゃあ、フィリアは私がちゃんと連れてってあげるます! えへへ!」


「……はい。よろしくお願いしますね」


 エリーはそう言って、元気良く街へと繰り出した。

 それに引っ張られて私も、遅れないようにとユーゴも道を進み始める。


 ゴルドーは……きっとものすごく不安な顔で私達を見送ってくれたことだろう。

 私が余計なお願いをしたものだから、なおのこと緊張している筈だ。


「フィリア! どこ行くの? です?」


「この前行った造船所へ……船を造っているところへ行きましょう」


 エリーは首を傾げて、フィリアは船が好きなの? 魚を釣りに行くの? 泳げないの? と、畳み掛けるように問いを投げる。


 また同じ所へ行くのかという疑問は、この子がまだ新鮮な発見に感動し続けている証拠に他ならない。

 きっと普段は色んな所へ遊びに行っているのだろう。


 小さな彼女からすれば、ランデルは無限にも近しい道のひそむ街だろうから。


「実はですね、新しい船を造って貰うのです」

「それで、この前は今から造っていただけますかと確認をしていたんです」

「そして今日は、お金を払ってお願いしに行くのですよ」


「船でどこか行くの? マルマルは嫌? です?」


 私の答えに、エリーはちょっとだけ寂しそうな顔をしてしまった。

 そ、そういうわけではないのです。

 どうやら彼女は、私が馬車よりも船での移動の方が好きだから……だと勘違いしてしまっているようだ。


「ええとですね……船に乗るのは私ではなくて、他の大人達なんです」

「彼らの為に、大きくて頑丈な、いい船を造って貰おうと思って……」


 だから、私はまだしばらく馬車のお世話になりますよと伝えると、エリーはまた嬉しそうに私の手を握り直した。

 小さくて暖かい手のひらにぎゅうぎゅうと握られると、最近書き仕事続きで疲れていた手がちょうどいい具合にほぐされる気がするな。

 なんともいろんな方法で癒してくれる子だ。


「フィリア! その船、マルマルも乗れるかな? 私も乗ってみたい! です!」


「え、ええと……そうですね。部隊を乗せるつもりですから、当然馬車の運搬も視野に入れています」

「マルマルさんだけでなく、もっと多くの馬も馬車も乗ることが出来ますよ」

「いつか私が乗る日が来たら、エリーに連れて行って貰いましょうか」


 うん! と、エリーは元気良く返事をして、一層上機嫌になって私の手を引っ張った。


 歳は八つか九つか、或いはもう少し幼いか。

 もしも私が町娘に生まれていたら、或いはこのくらいの子供がいたのかもしれない。

 いや、流石に大き過ぎるな。

 十五の頃に身ごもったとして、エリーよりももうふたつ三つ幼いくらいか。


「……はあ」


 ついため息が出てしまって、エリーにまた心配そうな顔をされてしまった。


 何も不満は無い。

 この生活にも、立場にも、何も不満は無いのだ。けれど……


 もしも、私になんの責任も無かったならば。


 この立場の人間が、こんな情勢の中で考えていいもしもではないと分かっている。

 分かっているが……そんなもしもがあったならばと、この子の背中を見ていると思ってしまう。


「フィリア? お腹痛い? 頭痛い? 座る? です?」


「ああ、いえ。大丈夫ですよ。少し……その、ええと……お、お腹が空いているだけです。エリーは大丈夫ですか?」


 マルマルみたいだね。と、エリーは無邪気に笑ってそう言った。


 餌を見せると喜ぶ馬の姿と重ねて言っているだけだろうが……ま、まさか馬ほど食べるとは思われていまいな……?

 その……た、体型を見て……きっとたくさん食べるのだろうな……と……っ。


「帰りにどこかお店へ入りましょうか。エリーは何か食べたいものはありますか?」


「えーと、えーと……うーん」


 きっと外食をする機会もなかなか無いのだろう。

 エリーは周囲をきょろきょろと見回すのだが、どれが家でどれが店なのかも見分けがついていない様子だ。


 あれは? あれは? と、片っ端からレストランかどうかを私に尋ねては、困った顔で悩んでいた。


「いつも食べているものでいいのですよ。いつも食べているもので、特に好きなもの。何かありませんか?」


「いつも……うーん」


 のんきな私達のやり取りを、ユーゴはどこか呆れた様子で見ていた。


 彼の知っている食文化は、この世界のこの国のものとはかけ離れているのだと言っていたな。

 茹でた鶏肉。揚げた鶏肉。焼いた鶏肉。と、素材が一切変わらないエリーの食事情に、またがっかりしてしまっているのかも。


 そんな平和なやり取りも、造船所へ着けばひとまず打ち切りになる。

 エリーは寂しそうに私の手を握ったままだったが、それでも職人と話をしている間は静かにしてくれていた。


「――はい、分かりました」

「その……まだいつどこへお願いするかも決まっていませんから、すぐにというわけにもいきませんが。クロープの皆の力を借りて、きっとこの国を良くしてみせます」

「急な要請を聞いていただき、ありがとうございました」


 そうして街中の造船所を回り終えると、流石にエリーも疲れ果てて眠たそうな顔になっていた。


 そんな彼女をあやしている姿は、職人や作業員の目にはどう映ったのだろう。

 その……親子だと思われていそうな空気があったから……


「……はあ。まだこんなに大きな子供をふたりも抱える歳ではないのですが……」


「おい。俺まで巻き込むな。誰が子供だ」


 しかし、周りの目はユーゴにも向いていただろう。

 さしずめ反抗期に入ったばかりの息子…………弟といったところか。はあ……


「ジャンセンさんにも最初は勘違いされましたから……はあぁ。私はそんなにも老けて見えるのでしょうか……」


「中身は子供なんだけどな。見た目は大人、頭脳は子供だ」


 なんだろうか、その妙なうたい文句は。


 それでいくとユーゴは私の真逆になるのかな。

 見た目は子供、膂力は大人……よりもずっと上か。


「エリー、帰りますよ。ご飯はどうしますか? 帰ってから、休んでからにしますか?」


「……うん……むにゃ……」


 はしゃぎ疲れた……のではない。

 先日よりも私の話が……打ち合わせが長かったから、待ち疲れてしまったのだろう。


 もう私を引っ張って走っていく元気などどこにも無くて、むしろ私に引っ張られて歩いているくらいだ。


「……ふふ、しょうがないですね。ユーゴ、荷物をお願いしても良いですか? 私はエリーを負ぶっていきます」


「いいけど……いいのか? その……仮にも女王様が」


 街を歩く間、私はただのフィリアだ。

 それに、女王だとしても、こんなにふらふらした子供を放っておくわけにはいかない。


 道の端に寄って、私はエリーが乗りやすいようにとしゃがみ込んで背中を向けた。のだが……


「……すう……すう……」


「あっ。ふふ、眠ってしまいましたね。眠って……ね、眠ってしまったのですか……?」


 エリーは私の背中に抱き付いて、よじ登る前に力尽きて寝息を立て始めてしまった。


 さ、流石にこのまま背負うのは難しい。

 ユーゴに手伝って貰えば出来そうだが、子供を背負う経験など無いから少し怖いし……


「仕方ありません、抱き上げていきましょう。エリー、失礼しますね。よいしょ」


 ならせめて、手の届く格好で。

 そう思って、エリーを起こさないようにゆっくりと向きを変え、そして慎重にその小さな身体を抱き上げる。


 見た目通り軽い身体は、私の力でも難無く持ち上がってくれた。

 脚を畳んで、背中を抱き寄せて、小さな頭が胸の上に座るように。


「……んん……おかあさん……」


 すっかり眠りこけてしまったエリーを抱っこしたまま、私達は馬車へと戻った。

 そして遅れて戻って来たゴルドーに帰りの馬車を任せ、出来るだけ静かにクロープの街を後にした。

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