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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第百十四話【それぞれの思惑】



 馬車は一度も魔獣に襲われること無く、カンビレッジの街へと到着した。


 これならば、ジャンセンさんの帰路にも多少安心出来る。

 多少止まりではあるのだけれど。


「それじゃ、お前らはここで待ってろ。俺はちょっとだけ挨拶してくるから」


 そして私達は、ランデルへ戻る為に兵士達と合流する。

 それに際して、事情を説明しがてら紹介をしようと、ジャンセンさんにも役場まで同行していただくことになった。


「さーて……ちょっと待ってね、フィリアちゃん。あー、あー。ごほん。第一印象が大事だからね、しっかりしないと」


「初対面でゲロ吐いたやつが言うことじゃない。お前なんて、どんだけ繕ってもクズでしかないだろ」


 口が悪いな、本当に。と、ジャンセンさんは苦い顔で呟いて、そしてゆっくりと真剣な表情を作り上げる。


 魔獣を前にしている時のものとも、工事の話し合いをしている時のものとも違う。

 強い緊張を感じている、重要な仕事に当たっている最中といった面持ちを。


「では、参りましょうか。女王陛下、足下にお気を付けください」


「は、はい。その……そういう演技は必要無いと思うのですが……」


 普段のジャンセンさんを見せても問題にならないと思うし、私はそういう姿を見せたかったつもりだったのだけれど……


 しかし、本人はそう思っていないのだろう。

 そしてそれは、その方が都合が良いだろうと――後に自分達の活動に悪影響が出ないだろうと考えての選択な筈だ。


 ならば、私は口を挟むべきではないだろうな。


「――女王陛下! ようやくお戻りになられましたか!」


 そんな彼と共に役場へ顔を出すと、宮から同行して貰った兵士にも、カンビレッジの役人にも笑顔で出迎えられた。


 しかしどうしてだろうか。

 言葉や態度、場の空気から、安堵よりも呆れたような感情を見てしまうのだけれど……


「……こほん。私も勝手に出歩いて遊び呆けていたわけではなくてですね」

「こちらのジャンセンさんと共に、チエスコの街までの道路を建設する話し合いをしていたのです」


「チエスコですか……? と、おっしゃられると……ご、護衛も付けずに砦から外へと出られていたのですか⁉」


 フィリア。と、小さな声でユーゴに呼ばれて顔を向けると、凄く苦々しい表情と冷たい視線に咎められてしまった。

 余計なことをお前から口にするんじゃないと言われているらしい。

 な、何故私はこうも信用が無いのだろうか……


「ご紹介にあずかりました、ジャンセン=グリーンパークと申します」

「この度、女王陛下が直接指揮を執られる新組織に配属していただきました」

「道中、陛下の御身は私と、そして私の部下達によって厳重に警備させていただいています」

「無用な心配をお掛けしたこととは思いますが、どうかご安心ください」


 そんな空気の中、ジャンセンさんは皆の前に名乗り出た。

 その背中をユーゴはやはり嫌な顔で見ていたが、しかし場の空気は悪くない。


 その……私が呆れられてしまっているという前提がやや不服ではあるのだけれど、そんな中でもきちんと礼節や忠義を主張する彼の姿は、生真面目で信頼出来そうな人物として皆の目に映っただろう。


「そうでしたか。話には伺っていますが、既に組織での活動を開始しておられたのですね」

「その……貴方達は以前……」


「……はい。かつて我々は、国賊として在りました」

「それを、女王陛下のお心遣いにより、再び民として――そして御身にお仕えする兵として、このアンスーリァに尽くす権利を賜りました」

「過去の罪科を雪ぐ意味も込めて、これからは誠心誠意、御身の為に戦い続ける所存です」


 役人の中には嫌な顔をしたものも……表面には出さずとも、心の中では彼を嫌ったものもあっただろう。

 けれど、今のジャンセンさんの言葉を聞いて、少しだけでも彼を見直したものもあったらしい。


 場の空気が……空気が読めないとよく言われる私だが、なんとなく皆の心の機微を感じ取れた気がする。


「……つきましては、これからこのカンビレッジとチエスコの街とをもう一度繋ぎ直したい――国軍の派遣が可能な道路を建設したいと考えております」

「これは女王陛下にも賛同をいただいてのことです」

「状況は存じておりますが、どうかこのカンビレッジからもお力添えをいただきたい所存です」


「チエスコへ軍を……ですか。陛下、それはもしや……」


 その説明に、役人も兵士も目を私へと向けた。

 その視線には様々な感情がこもっていることだろう。

 肯定であれ、否定であれ、様々な思惑が――それぞれの思いが。


 ならば、私がするべきは……


「――はい。これから我々は――アンスーリァは、最終防衛線の撤廃を――かつて放棄した国土の全てを取り戻す作戦を開始します」

「その第一歩が、このカンビレッジから南部の街、チエスコとの交流の回復です」


 そこには、期待や希望に満ちた眼差しがあった。


 ようやく国は前へと進むのだ。

 魔獣に侵され、盗賊問題に悩み、それらを主因とする経済問題や生活の無保障がじきに解決される。

 その目処が立ったからこそ、遂に防衛線の外の街へと目を向けたのだ、と。


 けれど、そこには同時に、不安に満ちた眼差しもあった。


 まだ、全ては解決していないのだ。

 今この時にも、魔獣は人を、街を襲い、飢えで命を落とすものもいる。

 それら全てがすぐにでも解決するとは思えない。

 だというのに、もう外へと目を向けるのか、と。


「皆、思うものは違うのでしょう」

「より良い未来を夢想するもの。悲惨な現状を憂うもの」

「そのどちらにも応えられる解は、残念ながらどこにも存在しません」

「ですが、その先にあるものには――この国の、人々の安寧には、きっと辿り着けるのだと信じています」

「信じたからこそ、私は決断しました」


 だからどうか、皆の力をもう少し貸していただきたい。


 私の願いは、無事全員の心へと届いてくれた。

 その証拠が、喝采にも似た皆の好意的な返事だった。

 誰もが私に笑顔を向けて、大きく大きく頷いてくれていたのだ。


「それでは、早速この街にも拠点を……皆様が活躍しやすいように、駐在する居住施設を建てましょう」

「それと、砦の兵士達にも連絡を取って、合同での鍛錬や装備の共有も出来るようにしなくては」


「お心遣いありがとうございます」

「ですが、我々はまだ小さな組織。それに、活動用の拠点は既に各地にありますので」

「代わりに、物資の補給や痛んだ馬車の交換をお願い出来ませんか」

「かつて使っていたものは、どうにも間に合わせのものばかりですから」


 役人の申し出に、ジャンセンさんは笑顔でそう答えた。

 この様子なら、私が間に入らなくても問題無いだろう。


 もとよりそういうことには長けた人物だ。

 各地を転々として商売をしていた彼からすれば、交渉などは慣れた仕事だろう。


「では、すみません。私とユーゴは一度ランデルへ戻ります」

「明日の出発に誰か付いて来ていただけませんか。彼らはまだチエスコでの工事がありますので」


「はい、では私どもが護衛に付かせていただきます」


 名乗り出てくれたのは、ランデルから護衛をしてくれた兵士達だった。


 なんとなくだが、彼らの目には、来る時よりも更に強い覚悟のようなものが感じられる。

 ジャンセンさんに……新しい組織の存在に触発されてくれたのだろうか。

 それとも、私の問題行動によって危機意識が強まっただけ……だろうか……?


 どちらにせよ、頼もしい限りだ。


「では、一度部屋へ荷物を降ろしに行きましょうか」


「ん、分かった」


 ジャンセンさんは、もう少しここで交渉をしてから砦へと戻るのだろうな。


 兵士達も今から明日の為の準備をするのだろう。

 今の今までは、捜索に出る為の準備しかしていなかっただろうから。

 その邪魔をしてはいけない。


 部屋で荷物を降ろすと、すぐにユーゴが私の部屋へとやって来た。

 やはり、彼は私からあまり離れようとしないな。


 カンビレッジは比較的安全なのだと分かったし、それにこの建物には兵士もいる。

 ジャンセンさんも話し合いに夢中で、警戒は必要無いだろうに。


 それでもまだ私は頼りない……と。


「……やっぱりアイツ、詐欺師だな。むかつく」


「こ、こら。そんな言い方を……」


 口ばっかり回るやつだ。と、ユーゴは悪態をついてみせる。


 文句があるのは、やはりジャンセンさんになのだろう。

 まあ……その……私も少しだけ驚いたというか、面食らったというか。


「第一印象……と、彼はおっしゃいました。けれど、厳密にはそうではなかった」

「この街の、特に役人にとっての彼の第一印象は、ただただ被害を増やし続ける厄介な盗賊団、その頭領」

「つまるところ、憎んでも憎んでも収まらない敵だったのです」

「第一印象が大切だという意味では、ジャンセンさんには大き過ぎる障害があった筈なのに」


 それでも、彼は見事に信頼を勝ち取ろうとしている。


 無論、それがすぐに成るとは思えない。

 この街の人々からすれば、盗賊被害はかなりの問題になっていたのだ。

 彼らとて、その笑みの後ろには我慢と企てが多くあるだろう。


「誠心誠意、同じ目標に向かって戦い続けているのだと主張し続ければ。きっとジャンセンさん達は迎え入れて貰える筈です」

「彼らが守っていたものも、またこの街の役人や兵士が守ろうとしていたものと同じ。戦う力の無い、弱く貧しい街の住民だったのですから」


 ユーゴは私の言葉に不服そうに目を伏せた。


 彼もまた、ジャンセンさんを嫌い、そして認めようとしているひとりだから。

 どうしても認めたくないという感情の部分だけで、彼はむすっとして目を背けているだけなのだから。

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