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前編

 ハイシュテルン王国と呼ばれる国があった。

 大陸の内陸に位置し、周辺を列強に囲まれながらも、建国からの王家が政を行っていた。

 古今東西。勢い増す新興国、歴史ある帝国、復習に燃える蛮族のあらゆる勢力が領土を得ようと戦争を起こすも、ことごとくハイシュテルンに敗北した。


 ――ハイシュテルンは魔によって守られている。


 とささやくものもいれば、


 ――ハイシュテルンは聖なるものに守られている。


 とささやくものもいた。




 そして、現在。ハイシュテルンには次の王位継承者たる王子がふたりいた。


 歴史ある帝国から嫁いできた正妃の息子である第一王子 オーランド。

 そして王の幼なじみで、自国の伯爵家から嫁いできた側妃の息子である第二王子 リエル。


 ふたりの父である王は欲望に忠実であった。


【義務は果たした。私が真実愛するのはミジェイラだけ】


 正妃が身籠もるとすぐに側妃の褥を訪れるようになる。

 そうして愚かにも、オーランドが生まれた2ヶ月後にリエルを誕生させてしまう。

 王は正妃の面子を潰しただけでなく、帝国をも敵に回すことになった。


【王よ。アナタはどこまで、わたくしをコケにすれば気が済むのか……!】


 燃えるような赤い髪をきっちりまとめ、紫色のルージュを引いた正妃が、侍女から第二王子が生まれたという報告を受け歯噛みをする。


【許さない。妃はふたりもいらぬ。けれどなにより、帝国の姫であったわたくしを、たかが小国の国王が蔑ろにするようなことが、二度あってはならぬ】


 すっと能面のように表情を消し去り、正妃は暗い瞳で呟いた。


 その一月後、狩猟の宴で()()()乗り慣れた馬が突如として暴れだし。

 王は制御しぎれず、落馬して命を落とした。


【夫には兄弟もおらぬ。次の王位は我が息子オーランドである。オーランドが即位するまでは、わたくしが国を治めよう】


 王の葬儀にて、黒いドレスに身を包み喪に服した正妃が、オーランドの両肩に手を添え、家臣たちの前で宣言する。

 王の父。先代国王は妃をひとりしか娶らず、子も王ひとりしか成さなかった。

 無論、降嫁した王家の人間がいないわけではなかった。

 オーランドやリエルほど高い王位継承権の持ち主がいないわけではなかったが、帝国を背後に持つ王妃に恐れをなし名乗り上げることはなかった。

 王の直系たる息子がふたりもいるのならと、表向きはだれも手を挙げず。

 かくして、外側からの侵略を許さなかったハイシュテルン王国が、内側より蝕まれることとなり。

 王亡き後、帝国の姫君であった正妃の天下となった。


【オルディナ正妃は帝国の人間。このままでは我らがハイシュテルンをみすみす帝国に奪われてしまう】


 正妃 オルディナに危機感を覚えたハイシュテルンの貴族院が立ち上がる。

 あの手この手を尽くし、母が側妃ではあるが、第二王子であるリエルを支持することとした。

 リエルは唯一のハイシュテルンの純血の王子。

 王位継承権第一位はオーランドなれど、正妃にとってリエルはやはり目障りな存在。

 明確な証拠はない。

 だが、王が生きていたとき以上に王宮奥深くにまでリエルの命を狙う人間が日夜入り込むようになった。

 貴族院はリエルの命を守るために側妃に手を貸し、なんとかふたりの王子の均衡は保たれる。


【わたくしにとって面白くないのは、ミジェイラも同じ。リエルに手を出せないのなら、あの女を狙いなさい】


 側妃 ミジェイラの毒味役が毎度のように倒れ、時には死ぬようになり始める。


【た、耐えられない。王宮(こんなところ)にもういたくない。あの男もいないのに、私が側妃としている必要もないでしょう…?】


 水差しの水にさえ薬が混ぜられるようになり、先に根を上げたのはミジェイラだった。

 幼なじみとして王直々に召し上げられたが、ミジェイラ自身は王を愛していはいなかった。

 恐ろしいオルディナからの嫉妬には、殺意さえ絡む。

 

【もとより、王宮(ここ)に私の居場所はありません。愛していない男の子どもなど……リエルが生きようが死のうが、私はどちらでも構いません。ですが貴族院<あなたがた>が困るというのであれば、私の乳母のサナを置いていきます】


 ミジェイラはそう言って、自身の乳母であったサナを信頼できる侍女としてリエルに残し、引き留めようとする貴族院に見向きもせず風のように王宮を去った。

 そして王家の所有する離宮のひとつに籠もり、貴族院からの要請を無視し、帰りがけに闘技場で買った優秀な奴隷を護衛につけてオルディナの注意を引かぬよう息を潜めて暮らした。



 母に見捨てられたリエルだったが、つけた侍女はとても優秀だった。

 危ない目には何度か遭いながらも、オルディナの魔の手を躱し続けた。


 そうして十八歳の誕生日を迎えたその日に、()()は起こった。


 死んではいない。しかしその日から、リエル王子は表舞台には姿を現さなくなる。

 正妃の手によって王子として表に立てぬ身体になってしまったと宮廷の人びとは噂し、その話は貴族の口からあっという間に国中に広がった。



 王宮で三番目に大きな部屋がリエル王子の自室である。

 信頼の篤いサナも含め、だれひとり部屋にも入れず、扉の外に護衛も置かずにリエルは部屋に閉じ籠もっていた。

 備え付けの浴室に鍵をかけ、冷たいシャワーをかけ流す。

 リエルの世話を焼く人間は少ない。もとより浴室でリエルの身体を洗う人間はいない。

 長方形の浴槽はリエルが入ってしまえばもうひとりくらい入れるかどうかの狭さだった。

 狭い浴槽の中で身体をさらに小さく抱えこみ、冷水を浴びながら、リエルは必死に耐え忍ぶ。


「はぁ…はぁ……ぅっ。ふざけやがって……!俺は、男だ……っ!俺は、男なんだ…っ。呪いなんかに屈するか…!」


 身体が冷えるのも気にせず、リエルは必死に自分に言い聞かせる。

 その声は、年頃の青年にしては高く、その身体つきも細身というよりは華奢で。

 シーツだけを巻き付けたリエルの胸元は、筋肉ではなく、やわらかな肉で盛り上がっていた。

 顎までの長さの金髪に、赤紫色の切れ長の瞳をした女が、浴槽の中にうずくまっていた。

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