二章 connecting 2
フランがミズハとフレンド登録した翌日、フランの教室にアマネが勢いよく入ってきた。相変わらず、無邪気に笑っている。
「フーラーンー! 元気―?」
家から持ってきたサンドイッチを頬張りながら、フランはアマネに冷ややかな視線を送る。
もう12月なので、学校でも温かいものが弁当に欲しくなり、母にボルシチと焼きピロシキを作ってもらった。一応、フランも母の手伝いもしたが、むしろ、手間をかけさせた気もする。
そのついでに、冷蔵庫にあった赤薔薇のジャムでサンドイッチを作った。本当は赤薔薇のジャムよりも、白薔薇のジャムの方が好きなのだが、生憎、彩りはよくない。
今度は、クリームチーズとラズベリーのサンドイッチも作ろうかな、と内心弾んでいたところにアマネが入ってきた。
「ちょっと、フラン冷たいよ? せっかくの綺麗な顔が台無しだよ?」
アマネは、フランが不機嫌なのを見て取ったのか、顔をしかめる。フランはため息をついたのち、アマネに反論した。
「アマネだってさ、朝からずーっと、ずーっと! 楽しみにしていたお弁当が、やっと食べれる! って舞い上がってたところに、味わう時間を台無しにされたら怒るでしょ?」
そういうと、アマネは微妙な面持ちをした。
「いや…、そもそも怒らないよ? そんなに怒るの、フランだけじゃないかな?」
「そーですよ、悪かったですねっ、子供っぽくて!」
フランはアマネの言葉に頬を膨らましたが、早くアマネの用事を終わらせて、追っ払おうと気を取り直した。居住まいをただす。
「で? なんで来たの?」
フランの子供っぽい動作に、目を点にしたアマネだったが、フランの問いかけにより、目的を思い出した。
「そうだ、フラン! フレンド登録しよ!」
手をしっかりと握りしめられ、上目遣いで見つめてくる少女を、フランはげんなりしながら、
(こういうときだけ、いたいけな妹感を出しやがって…!)
と、心の中で叫んだ。
ログインしてすぐ、フランは中央広場へと向かった。ファントム・トゥーレでは中央広場の周りに蚤の市があり、その奥に役所や商工業会、冒険者組合の本部がある。そしてやっと、住民たちの家や冒険者たち用の宿がある。
フランの部屋から中央広場はとても遠いため、草原をまたいだ先にあるという別の街に行きたいが、今のフランの実力では草原を抜けられない。
レベル上げを頑張ろうと決意した、フランである。
やっとこさ中央広場に着き、噴水のヘリに脱力しながら腰掛ける。頬杖をついて、街ゆく人々を眺めた。
プレイヤーではない、いやゆるNPCたちが本当に雑談しているとは、珍しいゲームだと思う。さすがに、プレイヤーたちはNPCと雑談はできない。話しかけても、クエストに関することは教えてもらえるが、それ以外は無理だ。
どうせだったら、NPCと会話が出来たらよかった。
ぼんやりしていると、フランから見て左側の道からフランめがけて走ってくる影があった。それにフランは気づいていない。
フランが視線を上げると、アマネの顔が視界全体に広がっていた。
「——ッ!」
あまりの驚きに、フランの身体は後ろに傾いだ。そして、フランの後ろには、噴水がある。フランの身体が、噴水の水に沈んだ。
持ち前の運動神経を使って、噴水のヘリに手をかけたものの、残念なことにフランの服が濡れてしまった。
ため息をつく。そして、バッグから魔導書を出した。一番最初のページに手を置き、目を閉じる。
「乾」
そう唱えると同時に、フランを薄緑色の光が包む。光は一秒ほどで消えた。
いつの間にか真横にいたアマネが、一言呟く。
「フランって、支援職を選んでたんだ。意外」
「いつもは攻撃職にするんだけど、支援職に興味持ったから、今回は支援職にしてみたんだ。ほら、支援職って重宝されそうじゃん。そういえばアマネは何にした?」
「私はですねー、生産職です!」
「あぁ、お金がたくさんもらえる職業か」
「研究費用がたくさんもらえる職業だと言ってもらいたいなー」
アバターを作成するとき、それぞれ何かしらに特化した戦闘スタイルを選ぶ。職業、と言っても数は少なく、攻撃職、防御職、魔術職、支援職、生産職の5つだけだ。一度選んでしまったら、もう転職はできず、ソフィアも職を選ぶときはとても悩んだ。
攻撃職は、その名の通り、物理攻撃を主とする職業である。攻撃職に転職すると、役所から長剣・槍・弓が最初に渡される。フランもたいていのゲームではこの攻撃職にあたるもので遊んでいた。そして、最も多くのプレイヤーがなる職業でもある。
防御職は、物理攻撃に対しての防御に特化した職業だ。役所からは短剣と、盾が支給される。レベル上げに苦戦する職業、との噂で、この職業のプレイヤー数は少ない。
魔術職は、魔法攻撃に特化した職業だ。役所からは杖が支給される。魔法で攻撃が出来るのがかっこいい、とこれもまた人気な職業だ。
支援職は、とにかく支援魔法に特化している。支援魔法とは、その場にいるプレイヤーのHPを一定数回復させたり、攻撃の威力を増幅させる魔法のことだ。最初は、役所から魔導書が渡される。こちらは、そこそこのプレイヤー数がいる。
そして、生産職だ。こちらは、特に戦闘へ参加せず、街でアイテムを作る職業だ。時々、材料探しに草原へと繰り出す。こちらも防御職と並んで、プレイヤー数が少ない。だが、役所から武具の代わりに大金を渡されるので、スタートから大金持ちになれる職業でもある。
まさか、プレイヤー数が少ない職業の一つが、自分の友人にいたとは。正直、フランは驚いた。顔には出さなかったが。顔に出すと、アマネが調子に乗りそうなので、やめておいた。
そういえば、アマネのアバター名は何なのだろう。現実世界において、とても人気なアマネなので、今、街を歩いているプレイヤーの中にも、フランの目の前にいるのがアマネだと知ったら、話しかけに来る人がいるかもしれない。それはめんどくさい。
そう思って、フランはアマネの頭上を注視した。『Shiah』と書いてある。
「シアー?」
フランの胡乱気な声が聞こえたのか、アマネが顔を上げる。
「あぁ、私のアバター名? シアーじゃなくて、シア。苗字と名前の頭文字をとったの」
「そっか。あ、ちなみに私のアバター名はソフィアだよ。仮想世界のときはソフィアって呼んでくれない?」
アマネは少し眉をひそめたが、すぐさま笑顔にもどって了承した。
「あ、そういえば、ソフィア。早速なんだけど、アイテムづくりに必要な材料があって、それを取りに草原行きたいんだけど、攻撃職か、魔術職のフレンドっていない?」
「あー…、えーっと、あ、いた」
たしか、ミズハが魔術職だったと思う。結局昨日、ミズハは用事があると言って、先に帰ってしまった。そのため、狩りはできなかったのだが、軽食をとっている時に、ミズハは魔術職だと言っていたような気がする。
そう伝えると、鬼気迫った様子のアマネに、無理矢理ながらも水曜にミズハと顔合わせの機会を設けることを約束させられてしまった。
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