2章 connecting 4
「フランに何してんのー!」
訳が分からない。見知らぬ人、しかも男性に話しかけられて、困惑していたのに。その男性は距離を詰めようとしてくるし、なぜかアマネがいて、毒を青年に投げるし。
色々とありすぎて、もはや、思考を放棄し始めた。
そんなフランの前で、アマネが青年と睨み合っている。
「君は一体、どこの誰かな? いや、そんなことよりも、君は初対面の人間に毒入りの小瓶を投げつけるのが習性なのかい? 信じられないな」
「勝手に私を変人にしないでください。それに、ここは仮想世界ですし、街の中なのでHPも減りません。別に問題はないでしょう?」
「君はばれなければ犯罪をしてもいい。いや、損害が無ければどんなことでもしていいと、勘違いしているタイプなのかな。おかしいと思うよ」
「勝手に論題をすり替えないでください。そもそも、初対面の女性の手を、本人が嫌がってるにもかかわらず掴むとは、どういうことですか? たとえゲームの中でも、モラルは守るべきでは?」
「僕はこのお嬢さん、フラン、だったね。少しお喋りをしたいだけだよ」
果てなき宇宙の彼方へと行っていたフランの思考が、本名を呼ばれたことによりフランの身体へと戻ってくる。しかも、本名を言ったのは、現実での知り合いであるアマネではなく、初対面の男性だ。これは見過ごせない。
「あの、なんで私の名前を知っているの?」
そうフランが訊くと、二人とも虚を突かれたように黙り込んだ。数秒後、青年が口を開く。
「…確か、シアさんが僕に毒を投げつけた時に『フランに何してんの!』と言ってはいなかったかい?」
その言葉を聞き、フランはアマネを非難の目で見つめる。アマネはフランの目線を受け、慌てたものの、結局はうなだれる。そんなアマネを見て、フランはため息をつく。そして目の前の青年へと向き直った。
「申し訳ないけど、私はあなたが信用できる人なのか分からない。こちらの都合で悪いけど、あなたの本名を教えてもらえる?」
「一蓮托生、というわけだね。面白い。でも、もうちょっと運命共同体にならないかい?」
そう青年は言い、ファントム・トゥーレのゲームメニューを出した。少し青年が操作すると、フランの目の前に通知が現れる。
〈「Khronos」からフレンド申請をされました。「Khronos」をフレンド登録しますか?〉
少し迷った後、フランは青年をフレンド登録する。多分、青年のアバター名は「クロノス」と読むのだろう。
「登録したよ。クロノスさん。あなたの本名を教えて」
「思い切りがいいね。僕の名前は『十文時 計』だよ。ああ、そうそう。君のフルネームも教えてくれるかい?」
出来ることなら、フルネームを教えずに済ましたかったフランは、歯噛みした。だが、ここで断るのも、それはそれで嫌なので、渋々ながら教える。名前だけを、端的に。
「葵・ソフィア・フランチェスカ」
そう答えると、青年の笑みが深くなる。とっさに身構えたフランだったが、それは杞憂に終わった。ケイは何もフランに問い質さず、フランの横を通り過ぎていった。
知人を見つけたのだろう。中央広場につながる道の一つに、二人の男性がいて、ケイはそこに向かっていった。フランのすぐ横にきた時、ケイは「また会おうね、フラン」と言ったが、これをアマネに知られると面倒くさいことになるので、秘密にしておく。
ケイが向かった2人の片方が、ケイに気付くと、責めるような口調で何か言っているのが聞こえた。でも、それを当たり前のようにケイはいなしている。もしや、今のこともケイにとっては当たり前のことだったのか? とフランは少し不満を抱いた。
だが、そんなことよりも。そうフランは思いなおして、先ほどから項垂れているアマネに向き直った。2・3回深呼吸したあと、アマネに声を掛ける。深呼吸したのは、つい感情に流されて、怒鳴り散らしてしまいそうだったから。
「アマネ」
と、そう呼びかけただけで、アマネの背中が震える。まるで、これから実刑を宣告される罪人のようだ。
「何か、言うことは?」
「す、すいませんでした…」
アマネは小さな身体をさらに縮ませた。それを見て、フランは張り詰めていた怒りが少し、ほぐれる音を、耳の奥で聴いた。
深く、ため息を零す。
「アマネが私を助けようとしてくれたのは感謝してるよ。でも、さすがに毒を投げる必要はなかったんじゃない?」
別にもう、説教をする必要はないかも、と思うフランだが、これからのアマネのために、と心を鬼にしてフランは苦言を呈する。
あと少し、説教を続けるべきか、どうしようか。アマネの様子を見てから決めよう、と思ったフランはアマネの様子を見やる。目に映るのは、もとから小さい背丈の、さらに下方に見えるアマネの頭。さすがに、ここで矛を収める。
「まあ、ありがとね。手段は一旦置いといて、私を助けようとしてくれたのは、嬉しかった」
そう言い、アマネを見ると相も変わらず頭を下げていた。しかも、若干震え始めている。
まあ、語気を荒げてしまったこちらにも非はあるか、と思い、フランはアマネに近寄る。そして、アマネの頭を撫でた。
そこで、アマネの頭がゆっくりと持ち上がる。目には涙を蓄えつつ、あらん限りの光を目に集めて、叫ぶ。
「フッ、ソフィアぁあぁぁぁ! 大好きだよぉおおぉぉぉおぉ!」
フラン、と呼びかけたのをソフィア、と言い換えたのは良し。反省の余地がうかがえる。しかし、それも大音量、高音、近距離で言葉を放ってきたのは大減点。さらに、一切の余地なく相手に抱き着いて、その勢いのまま地面に倒れてしまったのは、0点を超えてマイナスの域に届く。
フランも、反応は遅れたものの、しっかりと抗議はする。あくまで、言葉での抗議であって、肉体言語は用いない。
「ちょっと、シア! 離れて!」
もっとも、感慨に打ち浸り、極度の興奮状態にあるアマネに、言葉での制止は効かないが。
さて、どうしようか。虚空を眺めながら、フランは思索する。
ほんの気まぐれで、もう少し視線を上に、つまり地面の方に向けると、ミズハが立っていた。とても、目の前で起こっていることが信じられない、というような顔をして。
ミズハが口を開く。
「…ソフィア。あなた、そういう趣味だったの?」
いや、別にそれがいけないわけはないのよ? でも、さすがにこんなにも人の往来がある場所では…、と何やらブツブツ呟きながら、ミズハはフランをアマネの下から引っ張り出した。
フランは、未だ地面に伏せているアマネを見ながら、ミズハの言う「そういう趣味」がどういうものなのか、思案に暮れる。
一旦整理しよう。先ほどまでの状態で、ミズハが誤解するとしたら、フランが押し倒されている状態のことだろう。確かに、少し楽しかった部分もあるので、少し笑っていたかもしれない。
もしや、フランが押し倒された状態でも笑っていたことから、フランがマゾヒストだと考えたのだろうか。
その考えに行き着いた瞬間、フランはミズハの肩を掴んだ。
「違うから! 私、マゾじゃないから!」
そう抗議すると、ミズハが気圧されながら、頷いた。
「そ、そう。私のいう趣味は、それじゃないのだけれど…、まぁ、いいか」
ミズハの言葉にフランが気を払うことはなく、アマネを起こすと、声を張り上げる。
「あ、あのさ、立ち話もなんだから、どこかお店に入らない?」
「あら、どうせだったら、私の部屋に来ない? ちょうど、中央広場の近くにあるし」
そう言って、ミズハは微笑んだ。
ミズハの部屋は、中央広場から少し、奥に進んだ場所にある小道具屋の2階にあった。ミズハの話によると、10回ほど店で買い物をした際に、クエストの受注を受け、その対価として部屋をもらったらしい。
だが、条件も条件なので、もうほとんどの店の2階が埋まっているだろう、と言われ、フランは落胆した。宿屋ではやっぱり買い物にも時間がかかるので、できる限り中央広場に近いところに拠点を構えたかったのだが。
ため息をついて、フランは紅茶をすする。どうも、嗜好品である紅茶も一階の小道具屋では取り扱っているらしい。芳香に顔を緩ませたのち、フランはアマネとミズハに話しかけた。
「あの、二人とも、言いたいことがあるんだけど」
ミズハは紅茶をすすりながら、アマネはクッキーを頬張りながら、目線をフランに向ける。
フランは目を伏せた。
「私達じゃ、狩りは難しいと思うんだよね。私は支援職、アマネは生産職、ミズハは魔術職でしょ? モンスターが近くに来たら、倒せないと思う」
「え? でも、ミズハさんの範囲魔法があれば…」
アマネがフランの言葉に異を唱えるが、ミズハが申し訳なさそうに身を縮めながら言う。
「ごめんなさい。私、まだ範囲魔法が使えるほど、レベルが高くないのよ。魔術職の範囲魔法、レベルが10にならないと出来なくて。
今度、細剣を買って近接戦闘もできるようになるつもりなのだけれど…」
ミズハの説明を聞き、アマネが微笑んだ。
「そっか、そうだよね。現実の方も忙しいもんね。狩りはまた今度にしよ!」
結局狩りはできなかったが、顔合わせが出来たからよかった、とフランは思った。初対面なのに、ミズハとアマネがすぐに仲良くなったのは驚きだったが、互いに相性が良かったのだろう。
読了ありがとうございます。
2章の中でのフラン視点はこれで終わりです。まだ2章自体は続きます。2章と3章の間に、フランとケイについては深掘りするかも。
もし気に入ってくだされば、またいらしてくだされば幸いです。