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エレベーター人

 扉が開くと、そのエレベーター人は食事中だった。あぐらをかいて、ずるずるとラーメンをすすっていた。

「あ、お邪魔してすみません」

「いえいえいえいえ、とんでもない。何階ですか?」

「八階です」

「では、私にはおかまいなく」

 何階ですか、と訊かれはするが、別にボタンを押してくれるわけではない。ぼくの移動はぼくの移動、エレベーター人にはエレベーター人の生活がある。エレベーターは遍在型国家であるが、ほんのひとときの滞在であるため、許可証はいらない。だが、エレベーター人が勝手にエレベーターの外に出ようとすると、それは亡命扱いとなり、由々しき事態ということになる。外に出るためには許可証が必要なのだ。ちなみに、許可証は役所で発行される。役所はエレベーターの外にある。というわけで、エレベーター人は許可証をもらえず、エレベーターの外にも出られない。完璧なる袋小路。

 ぼくはエレベーターに入り、ボタンを押した。扉が閉まる。エレベーター人との当たり障りのない会話。束の間の国際交流。

「私は生まれも育ちもエレベーターなんですが。どうですか、外の世界の案配は」

「はあ。ぼちぼちではないでしょうか。ぼちぼち不景気で、ぼちぼち争いがあって、ぼちぼち人が死んでいます」

「そうですか。ところで、エレベーター七不思議って、ご存知ですか?」

「いえ」

「聞きたいですか?」

「いえ、特には」

「怪談じみた話がいろいろあるんですよ。エレベーターの扉が開くと、エレベーター人が首を吊って死んでいたとか。自殺に見せかけた、たいへん手狭な密室殺人ですよ。まあ、棺桶にはちょうどいいですがね」

「なるほど」

「で、その殺された幽霊が出るってわけですな。お決まりの怨霊パターンです。しかしまあ、幽霊というのは床や壁をすり抜けてしまうそうで、これがエレベーター人の幽霊にとって、たいへん具合が悪かった。いつのまにやらエレベーターが、自分を置いて右往左往」

「左右には動かないのでは」

「なるほど、一理ありますな。で、まあ、とにかく、幽霊さんは、上下運動するエレベーターについていけなくなったわけですな。疲労困憊、魂魄燃焼。祟るどころの騒ぎではない。移動の手間隙にへとへとになって、いつしか執着もほどけ、無念も晴れて、めでたく天に召されたそうです」

 エレベーター人はぼくらと同じく地動説を常識としているが、ぼくらの地動説とエレベーター人の地動説は微妙に差異があるようである。なんにでもそういったずれがある。エレベーター人いわく、宇宙は膨張しているのではなく、懸垂しているのだそうである。端的に言って、何を言っているのかよくわからない。とかくにエレベーター人はわかりにくい。さっきの話は、エレベーター人の死生観の一端を示した貴重なエピソードだったのか?

 エレベーター人の食事や入浴や排泄や睡眠や労働や教育や宗教がいかなる様相で成り立っているのか、エレベーターが壊れたらエレベーター人はどうなるのか、エレベーター人が死んだらどうやって葬られるのか、詳しいことはよく知らない。エレベーター人に根掘り葉掘り訊こうとしても、「あなた、面白いことを言いますね」と笑われるか、「本当に、それを知りたいんですか?」と哀しげに念を押されるだけである。そんな反応をされたら何だか申し訳ない気持ちになって、だれもがそれっきり質問をやめるのだ。ただでさえ狭い空間で生活しているのだから、小さな秘密くらい尊重してもバチは当たらないだろう。

 就寝中のエレベーター人に当たったことも何度かある。扉が開くと布団が敷かれていて、エレベーター人がすやすや寝息をたてているのだ。ぼくは起こさないようにエレベーターに入り、静かにボタンを押して、音も立てずに階から階への移動を完遂した。エレベーター人はどんな夢をみるのだろう。上下に動く箱から一歩も出ないその生涯において。

 ずずずっ、とラーメンをすする音が響き、エレベーターは八階に到着した。扉が開く。

「さてさてこれにてあなたとも永遠とわのお別れですな。いい旅でしたな。外の世界にも外のあなたにも、エレベーターのように閉じた安寧と平和がありますように。われらが偉大なる造物主、アルキメデスとエリシャ・オーチスの名にかけて、祈らせてもらいます。それでは」

 扉が閉まり、ぼくを八階に残して、エレベーターとエレベーター人は去っていく。いちど遭遇したエレベーター人とは、もう二度と出会えない。雑踏のなかで初恋の人と再会する方が、よほど可能性がある。いつも別のエレベーター人、いつも別の顔である。一期一会のエレベーター。出会いと別れの刹那の昇降機。

 話が長いので、階段を使おうかと最近は思っている。

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