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22:35 罪状と容疑

 青みがかった瞳を、真っ直ぐに見つめ返す。


 なんと返答するべきだ。

 そもそも、質問の意図はなんだ?

 純粋に気になっているだけなのか、それとも疑いを持たれているのか。


 いっそ本当のことを話した方がいいのだろうか。

“俺には記憶がない”と。


 いや……疑心暗鬼になっているのは俺も同じだ。

 記憶を喪失している今、エアという人間を判断するには材料が乏しい。


「……王に、呼び出されていた。内容はわからない。俺が玉座を訪れたときには、すでに王は事切れていた」


 もし、エアが俺の嘘を暴こうと探りを入れていた場合、この返しは悪手となる可能性がある。

 だが子供達に見せたエアの笑顔や、死の間際に発した謝罪の言葉。

 それらに偽りはないと感じていた。


 エアが優先したいのは子供達の安全であり、質問で確認したいのは敵対の意思があるかどうかだ。

 だから仮に俺を疑っていたとして、敵意を見せなければ深い追及はないと信じたい。


 もっとも、これがただの深読みであれば、それに越したことはないんだが。


「そうですか……フェンサー様は王の信頼も厚かった。きっと、大切なお話があったのでしょう」

「ああ……そうだな」


 エアの反応に、ひとまずは安心してよさそうだと目線を外す。


 燭台の灯りのみに照らされた礼拝堂は、夜も深まったことにより薄暗い。

 ステンドグラスが飾られていた壁には爆発の穴が空き、流れ込む外気が室温を下げている。


 ルイセは子供らを順番に肩車し、礼拝堂内を走り回っているようだ。


「ですが、それではやはり、敵は隠し通路を使ったのでしょうか?」


 隠し通路? 初耳だ。

 俺はあえて応じず、エアの続きを待った。


「玉座から北のアズフェルト山脈の山中まで繋がるあの長距離通路は、王と私達、七騎士しか知りえない脱出路。もし通路が使われたのだとしたら――」

「俺達しか知らない通路が本当に使われたならば、竜の七騎士の中に裏切り者がいるという答えになってしまうな」


 俯き、口をつぐむエア。

 なるほど、俺を疑う理由は十分にあったわけか。


「だが、通路を使った痕跡はあるのか?」

「いえ……この混乱の中、そこまでは確認ができていません。それに山中の出入口にはアックス様が待機していらっしゃるはず。七騎士に謀反を企てた者がいるなんて、とても考えられません」


 アックス。

 初めて聞く名だ。

 王と七騎士しか知らないという脱出路を守っていたのなら、アックスも七騎士の一人で間違いはないのだろう。

 山側の出入口は、七騎士が持ち回りで守護していたということなのか?


 しかし七騎士がどれほど精強だとしても、あの化物の大群を相手にできるとは思えない。

 脱出路へ迫る化物らと一人で対峙したとすれば、アックスはすでに死んでいる可能性もある。


 そもそも城内の人間に裏切り者がいた場合、脱出路など使わなくとも王は討てるはずだ。

 容疑がかかる者は城内にいた者すべて。


 もし脱出路を敵が使用していた場合に限っては、疑いを七騎士のみに向けてもいいかもしれないが。

 つまりその脱出路とやらを調べれば、少なくとも裏切り者の絞り込みはできる。


「フェンサー様。もう私達は、滅びを待つしかない運命なのでしょうか」


 エアは悲痛に顔を歪ませて、背後でルイセと遊ぶ子供らに目を向けた。


 滅びを待つなどごめんだ。

 ルイセやエア、子供達が無惨に死んでいく様を何度も見たくない。


 まず第一に生存、そのための安全確保。

 城内の敵を一掃するのが望ましい。

 脱出路の調査は必要に応じて確認しよう。

 今は他にすべきことを。


「俺は一度外へ出た。エア、この城は異形の軍勢に包囲されているようだ。規模は数千、もしくは万を超えるかもしれない」

「そう……ですか」


 ローブの胸元でぎゅっと拳を握りしめ、エアは視線を落とす。


「だが俺は、諦めるつもりはない。なんとか状況を打破したいと思っている。そのための知恵を貸して欲しい」

「隊長やエア様がいてくだされば、きっとなんとかなります! それにボクらのお城は、竜の加護を得た唯一無二のお城なんですから!」


 小さな女の子を背負ったままのルイセが、話に割って入ってきた。


「城が崩壊の危機に瀕したとき、空は割れ、差し込む光は翼もつ竜へと成り変わり、敵を討つ。この伝説があるかぎり、ボクらに負けはありません!」


 言葉通り、ルイセは勝利の確信に満ちた顔だ。

 希望を持つのは構わないが、根拠のない妄想紛いの話にすがるのは感心しないな。


「ルイセ、いくらなんでも楽観が過ぎないか。花畑にいる夢でも見ていたか?」

「たっ、隊長が教えてくださったんじゃないですか!? 竜の七騎士の由来だって、昨日お食事の席で……」

「あ、ああ……そうだったな」


 どうやら記憶を失くす以前の俺も、相応に花畑を夢見ていたらしい。

 俺とルイセのやり取りに、エアは控えめに微笑んだ。


「たしかに、そのような伝説は私も聞いたことがあります。――フェンサー様。敵の軍勢に対抗するには、我々も“竜姫(りゅうき)”を持ち出さねばならないかと」


 また初めて聞く単語だ。

 うっかり聞き返しそうになってしまう。

 わからないときは、無言に徹するのがいい。


「それでも勝てるかはわかりませんが、竜姫がなければ最低限の抵抗も難しいでしょう」


 もたらされた僥倖に身を乗り出した。

 その竜姫とやらがあれば、最低限の戦いはできるというのか?

 あの化物どもと。


「そうだな、竜姫ならば」

「ええ。竜姫は宝物庫に保管されておりますが、玉座の状況から見ても敵が蔓延っていることは明らかです。七騎士のどなたか制圧に向かった可能性もありますが……」


 宝物庫は、玉座の近くにあるということか?

 竜姫や保管場所についてもっと詳しく聞きたい。

 いいかげん、記憶を失っていることを誤魔化すのは損失しか生まないんじゃないのか。


「……どうされました? フェンサー様」


 小首をかしげ、エアは柔和な表情をしている。


 どうする、エアに真実を打ち明けようか。

 俺は記憶喪失だと。

 フェンサーなんて名前すら、本当は聞き覚えがないのだと。


「いや……なんでもないんだ」


 感情にまかせて決めるべき話じゃない。

 子供に接する物腰の柔らかさや、ゲルの特性を見抜いていた冷静な分析。

 エアが仲間ならば心強いが、現状で信じるには根拠が足りない。


 表面的な優しさは本物にしろ、演技にしろ味方であるという証明にはならないだろう。

 ゲルの特性についても、最初から敵方についていたなら知っていて当然だ。

 裏切りの容疑が七騎士にもかけられている以上、簡単に信用して“記憶がない”などと隙を見せるわけにはいかない。


 胸のチャームを開くと、すでに22時40分は過ぎていた。


「エア、宝物庫へは俺が行こう」


 内通者のことは置いておくにしても、敵と渡り合うために竜姫とやらが必要なら確保するべきだ。

 俺が告げると、エアは申し訳なさそうに頷く。


「私もご一緒したいところなのですが……」

「大丈夫だ。エアは子供達についていてやってくれ。ここよりも安全そうな場所を見つけたら、必ず知らせに戻ってくる」

「はい。フェンサー様、どうかお気をつけて」


 こうも丁寧に言葉を尽くされると、わずかな疑いを持っていることにさえ罪悪感を覚える。

 それに今後の行動を考えれば、誰にも事実を明かさないというのは無理がある。


「ルイセ、行こうか」


 声をかけたものの、ルイセは立ちすくんだまま頬などを爪でかいている。

 元気に跳ね回っていた側頭の一つ結びも、気のせいかしなだれて見えた。


「……どうした?」

「いえ、あの……ボクなんかが、隊長のお邪魔にならないでしょうか。さっきだって……」


 さっきとは――そうか、ゲルの件について気にしているらしい。


「もう気にするな。……偉そうに言っておいてなんだが、立場が逆なら俺も同じことをしていた」


 というより、実際にしてしまった。

 ルイセの死に我を忘れ、自死を選んだ。

 後先を考えていないと咎める資格が、いったい俺のどこにある。


「そ、そんなことありません! 隊長はいつだって冷静で、周りのことちゃんと見てくれて――」

「おまえに話があるんだ」

「え? ボクにお話……ですか?」


 礼拝堂からルイセを連れ出し、腕を引いて建物の裏へと回る。


「わっ――隊長!?」


 慌てふためくルイセの顔、その両脇に手をついて逃げ道を塞いだ。


「ルイセ」

「はっ、はいっ」


 ずっと考えていた。


「おまえは、敵の内通者か?」

「へ……え……? な……隊長、なにを……」


 呆けたようなルイセの表情が、質問の意味に気づいたのか徐々に歪んでいく。

 悲しみとも、失望ともとれる……胸に痛い顔だ。


「……すまない。一度は言葉で確認しておきたかった。元から根が堅物なのか、それとも変わってしまったのだろうかな」

「それって、どういう……」


 ずっと考えていた。

 もし俺が置かれた状況を明かさなければならないとしたら、相手はルイセしかいないと。


「俺は、おまえの知る“隊長”ではない。なにも覚えていないんだ。この城も、仲間のことも、おまえのことも。それどころか、自分のことすらわからない」


 これでルイセが内通者だったら、そのときはもう見る目がなかったと諦めようか――

 そんな風に思えるほど、俺はいつしかルイセを信頼していたようだ。

 エアと同じく根拠はないのに、おかしなものだ。


 だがここまでルイセの真摯な行動を見てきた。

 俺がここでルイセを信じなければ、ルイセからの信用もいつか失うことになる。

 確信めいた思いがあった。


 ルイセはなんと答えるだろうか。

 それでも俺についてきてくれるだろうか。

 不安に駆られながら、無言のルイセと目を合わせ続ける。


「……冗談とかじゃ、ないんですよね」

「ああ」


 告白にはもう一つの意味がある。

 内通者だ裏切り者だと疑いを誰に向けても、もっとも疑わしいのは俺自身だということだ。


 王の遺体を発見した最初の人物で、隠し通路のことも把握していた七騎士の一人。

 さらには記憶喪失とくれば、俺でさえ自分を信じられない。

 エアに告白をためらったのも、こちらの理由が比率としては上かもしれない。


 だが今は、ルイセ達の生存と安全の確保を行動の指針としている。

 これは紛れもない俺の本心だ。

 城から異形どもを叩き出し、安全を取り戻したあとで、やはり俺が裏切り者だったと判明したら――


 そのときは……せめて仲間の前で首を掻っ切り、詫びるとしよう。


 俺がそう覚悟を固めたとき、突如として大きな鐘の音が辺りに響いた。


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