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22:27 礼拝堂

 天窓に跳び移って、礼拝堂への侵入を果たす。

 礼拝堂の天井を交錯する木組みの(はり)は、俺の体重で乗っても崩れはしないだろう。


 ひとまず中央で吊られたシャンデリア付近まで、注意深く梁を伝い歩いていく。

 落下の恐怖よりも、ぎしぎしと軋む足元の音に肝が冷えた。

 ここにきて、あの化物に気づかれるわけにはいかない。


 俺は静かに抜剣し、ほぼ真下にいるゲル状の化物を見据える。

 化物――仮に“ゲル”と呼称しようか。


 ゲルは一体。

 エアや子供らは部屋の隅で固まっている。

 エア達とゲルはある程度離れているが、爆発を引き起こしてしまえば無意味な距離。


 しかしゲルが赤く発光し、膨張してさらに弾けるまでには段階がある。

 勝機は十分にあると踏んだ。


 梁の上でじりじりと位置を調整していれば、ふとこちらを見上げた子供と視線が交わる。

 なぜ今の状況で上を見たのか――などという疑問は捨てる。

 予測のつかない行動を取るのが子供だ。


 こちらを見上げたままの子供が指を差してきて、周囲の子供らも一斉に上を向く。

 緊張が緩む空気を肌で感じた。

 もう、今しかない。


「あ――」と子供が声をあげるのと同時、俺は梁から飛び降りる。

 刺突剣の切っ先は下に。

 ゲルの身を垂直につらぬきながら、床板を踏んでけたたましく接地する。


「フェンサー様!?」


 着地の衝撃で痺れる足を奮い立たせ、刺しつらぬいたゲルを剣ごと持ち上げた。

 正面扉へ向かって疾走し、声を張る。


「――ルイセッ扉を開けろッ!!」


 ゲルがまばゆい光を放った。

 増加していく体積によって、鉛のごとき重量が腕にのしかかる。

 隙間のできた扉に肩から突撃し、全体重をかけて押し開いていく。


「――隊長!」

「おおおおおッ!!」


 外へ飛び出して標的を見据える。

 まだ前方で密集しているゲルの群れに対し、振りかぶった刺突剣を遠心力にまかせて薙いだ。

 狙い通り、弾ける寸前のゲルは群れに向かって、真っ直ぐ放たれて――


「中へ入って扉を閉めるぞ!」

「は――はいっ!」


 ルイセと共に扉を閉めた瞬間、凄まじい爆発音が外から響いた。

 扉が壊れてしまわないよう背を押しつけて、足を突っ張り備える。

 轟音は複数回に渡って鳴り響き、そのたび扉越しに伝わる衝撃で体が揺らされた。


「く……離れていろ、ルイセ!」

「いえ! ボクも一緒に……っ」


 並んで歯を食いしばる。

 年若く、体も小さいが、やはりルイセの勇気は大したものだ。


 戦友。

 ふとそんな言葉が浮かぶ。

 俺にもいたのだろうか、今のルイセのように背を預け合う相手が。

 そういった、信頼や絆で結ばれた仲間がいたのならば、思い出せないのは寂しいな。


 やがて外からの衝撃も収まり、礼拝堂内に静寂が訪れた。

 ほっと息をつく。


「よくやってくれた。おかげで助かった」

「は、はいっ! 隊長も――」

「フェンサー様っ!」


 共に笑みを交わしてルイセを労っていたところ、ぶつかるように駆けつけてきたエアを抱き止める。

 走る拍子にエアのフードは外れ、銀髪が腰までさらりと流れていた。


「ああ……フェンサー様、よくぞ……よくぞ来てくださいました」


 エアから潤んだ瞳で見上げられ、少し泳がせた視線をルイセに向ける。

 ルイセはぎこちなく微笑んだあと、子供達の元へ元気よく声をかけに行った。


 ハッと思い出してチャームを開く。


「……よし、30分ちょうどだ」


 これでもし不測の事態が起こっても、この場から始めることができる。


「フェンサー様……?」

「エア。現状について、落ち着いて話がしたい」


 胸からエアの身を離してそう告げた。

 今は城内についての情報ができるだけ欲しい。

 それに、度重なる緊張で神経がすり減っているのも事実だ。


「隊長っ、こ、これ」


 困惑した声に、礼拝堂中央を見る。

 立ち尽くすルイセの足元には、ゲルの欠片と思しき物体が蠢いていた。


 肉片が残っていた?

 まさか、ただの切れ端が――


 無情にも、ゲルの欠片は見る間に膨張を始める。


「ルイセッ! そこから離れるんだッ!!」


 ルイセは困ったように俺の顔を見たあと、近くで怯える子供達を振り返った。

 爆発の規模は本体よりも小さいと予測できる。

 だがあの距離では子供達も無事ではすまない。


「みんな――伏せてください!」

「やめろッ!!」


 ルイセも同じ考えに至ったのだろう。

 至ったからこそ、ゲルの欠片の上へ覆い被さったのだ。

 ここまで行動を共にしたから知っている。

 小さな体に似合わない勇気を持つ少女だと、離れろと命じても無駄だと俺は知っていたのに。


「ルイセッ!!」


 走りながらルイセに手を伸ばすも、届くことなくゲルの欠片は炸裂した。

 礼拝堂の床に、周囲の壁に、子供達に、俺の手に真っ赤な血がびしゃりと刻みつく。


「ふ……ッ……」


 ふざけるな。

 こんな末路が、許されるものか。

 あっていいわけがない。


 子供らの悲鳴の中、刺突剣を抜き膝をつく。

 先端を喉に当て、両手で握りしめた剣を躊躇なく押し込んだ。


「――が……ッッ」


 灼熱に声帯が焼かれる。

 視界はすぐに闇へと誘われる。

 俺の名を叫ぶ、エアの声も遠くに聞こえて。


 意識が、深く沈み込んだ。



◇◇◇



 暗闇の中に火の灯ったろうそくが二本ある。

 二本のろうそくから、周囲のろうそくへと火が燃え移っていく。

 ろうそくは九本、十数本はあるだろうか。

 複数の灯火が闇を少し照らした。


 火の向こう側に、大きく動くなにかがぼんやりと見える気がする――




「ああ……フェンサー様、よくぞ……よくぞ来てくださいました」


 目線を下げれば、腕の中にはエアがいる。

 ここは……俺は、なぜ。


「フェンサー様……?」

「っ――!」


 思い出した。

 エアを押しのけて、礼拝堂の中央へ駆ける。

 床を見下ろして立ち尽くすルイセが、俺に気づいて顔をあげる。


「あっ隊ちょ――」

「そこをどけッ!!」


 剣を引き抜きつつ怒鳴れば、ルイセはあたふたと後ろへ下がった。

 やはりゲルの欠片がある。

 駆ける勢いのまま欠片を突き刺し、処理に迷った末に剣を高く薙ぎ払う。


「全員伏せるんだ!」


 放物線を描いたゲルの欠片は、ステンドグラスに衝突すると直後に破裂した。

 悲鳴をあげて屈む子供達。

 割れたステンドグラスが誰もいない場所へガシャガシャと崩れ落ちる。


「はあ、はあ……はあ」


 被害にあった者は出ていない、大丈夫だ。

 全員を見渡して、俺は納剣した。

 呼吸を整えていると、おずおず寄ってきたルイセが頭を下げてくる。


「あ、ありがとうございました! 隊長っ、隊長のおかげで――」

「ルイセ、おまえ、なにを考えていた?」

「え? なにって、ボクは、その」

「あのゲルの欠片を見つけて、おまえはなにを考えていたと聞いている」


 静かに問いかけたつもりだが、ルイセは叱られる子供のように視線を下げ、自分の手元と俺の顔を交互に見る。


「命をむやみに捨てるなと、言ったはずだ」


 だが、俺にルイセを責める資格があるだろうか。

 ルイセが死んだあと、すぐに命を絶った行動は褒められたものじゃない。

 冷静になれば――後先を考えれば、俺も死ぬべきではなかったはずだ。


 二度の前例があるといえ、今度も時が戻る確証などなかった。

 また甦っても強制で10分の時間が経過する以上、重要なのはできるだけ長く生きること。

 先でなにが起こるかを見定めるべきなのだ。

 ルイセを救うのは、それからでも遅くなかった。


「隊長が言うようなこと、一瞬考えちゃったのは本当です。す、すみませんでした!」

「……いや、もういい」


 俺も同じだ。

 ルイセの死に動揺して冷静さを欠いた。

 この先もそんな行き当たりばったりを繰り返していたら、話にならない。

 周りの誰が死のうと、今後の状況を知るためにも俺だけは生きあがく。

 徹底しなければ。


「フェンサー様、あらためてお礼申し上げます。この状況下でよく来てくださいました」


 爆発に怯えた子供達を、慈愛の表情で抱擁していたエアは、立ち上がって深々と頭を垂れた。


「そちらのあなたも、何度かお見かけしたことがあります。王城守護隊の剣士さんですね? 子供達を助けていただき、ありがとうございました」

「い、いえそんなっ! ボクなんかにもったいないお言葉です! エア様や子供達が、ご無事でよかったです!」


 子供達からも礼を言われ、また何人かの子供には抱きつかれ、ルイセも「えへへ」とまんざらでもない顔をしている。


 ともあれ、ようやく一息つけそうだ。

 三度目の死を迎えてしまったからには、少なくとも22時40分までは安全を確保する必要がある。

 しばらく礼拝堂に留まるのが正解だろう。


「エア、現状でわかる情報を共有しよう」

「ええ。私にわかる範囲でなんでもお答えします。……その前に、フェンサー様に一つお聞きしたいことがあるのです」

「なんだ?」


 礼拝堂奥の中心にある、翼人の彫像へ向くよう斜めに設置された長椅子。

 そこへ腰かけて続きを促すと、こちらを見下ろしながらエアは薄い唇を開く。


「王のご遺体を、第一に発見したとおっしゃっていましたね? フェンサー様は、なぜそのような時分に玉座へいらっしゃったのですか?」


 思いがけない問いに、頭の中が真っ白となった。

 質問の言葉を、一つ一つ精査していくが返答には至らない。


 王は玉座で死んでいた。

 そして、遺体の発見者が俺……なのか?


 細められたエアの瞳は、俺の心情をすべて見透かしているかのように思えた。


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