22:20 600秒
――ふいに覚醒した瞬間、自分が今どこに立っているのかもわからず、ひどく混乱する。
目前には石造りの礼拝堂。
高い位置にある、竜の模様のステンドグラス。
しばらく立ち尽くした俺は、慌てて胸に下がったチャームを開く。
「22時……20分」
また甦ったというのか?
しかし時間は前回から10分進んでいる。
これを、どう解釈すればいい。
「あれ、隊長……そんなペンダント持ってましたっけ?」
俺の胸元を覗きながら、ルイセが疑問を投げかけてきた。
返答は自然と口をついて出る。
「ああ……最近購入したんだ。昨日おまえと山葉亭で食事をしたときには、つけ忘れていた」
「そうだったんですね! よくお似合いです!」
しっかりと思考しろ。
俺の身になにが起きていて、それが今後なにをもたらすのか。
理解に努めなければならない。
でなければまた、誰かが死ぬ。
最初に城の前で目覚めたとき、時刻は22時ちょうどだった。
ルイセと出会い、城から逃げようとしたところでオークに殺された。
次に目覚めたのが22時10分。
死んだはずのルイセが目の前にいて、二人でこの礼拝堂へとやってきた。
エアや子供らも救えず、俺達は志半ばでまた死亡した。
そして今、22時20分にまた目覚めた。
「うーん。ボクもオシャレとか、少しはした方がいいのかな……あのっ、あのっ、隊長はどう思われますか!?」
なぜ生き返るのか?
なぜそのたびに時間が10分進むのか?
ひとまずそんな疑問は置いておく。
考察すべきは事実。
俺は死ぬたびに甦るが、そこは以前に生き返った時より10分進んだ世界だということだ。
「あ、あの、隊長……?」
死ねば現時点より10分後の世界へ飛ぶ。
たとえば今後また俺が命を落とした場合、次に目覚めるのは22時30分になると仮定する。
それがどういった結果を生むのか――
「……なるほどな」
「え? なにかおっしゃいましたか?」
つまり甦ってから10分の間に起きた出来事や、失われた命は二度と取り戻せない事象として確定してしまうのだ。
もうやり直せない。
俺自身の命はどうか?
次に生き返るはずの時刻である22時30分。
その時間を迎えるまでに――取り戻せない10分間を超えるまでに、俺自身が死んでしまった場合はどうなるのか?
わざわざ試す気なんかないが。
その場合は、おそらく終わりだと認識していた方がいいだろうな。
「万能な奇跡ではない、か……」
「隊長、さっきからどうされたんです? お、お悩みならボク、聞きます! その、頼りにならないかもしれませんが」
考察はこの辺にしておこう。
ルイセにも心配をかけてしまった。
それに、万能ではなくとも大きな力であることは間違いない。
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
うまく力を使いこなせれば、この状況を打破する可能性も見出だせるはずだ。
「そ、そうですか? では、礼拝堂の中に入りましょう!」
「ちょっと待て」
意気揚々と礼拝堂の扉へ向かう、ルイセの肩を掴んで止める。
このまま入っては前回と同じ道を辿ってしまう。
俺は礼拝堂に背を向けて、刺突剣を抜くと裏庭を見渡した。
噴水を中心とした周囲に敵の影はないが、背の高い植物が生えた区画もあり、その奥は見えづらくなっている。
生き残りがいるとすればあの辺りだろう、と姿勢を低く保って駆ける。
なにも聞かずにルイセはあとをついてきた。
ルイセの態度や行動を見れば明らかだが、記憶を失くす前の俺はずいぶんと信頼を寄せられていたらしい。
今度こそ応えたいものだな、その期待に。
「……あっ……オーク」
呟いたルイセを振り返り、頷く。
やはり目星をつけた場所には、槍を片手に練り歩くオークの姿があった。
幸いにも敵は背中を見せている。
ルイセをその場に留め、忍び寄って一息に後頭部を刺しつらぬく。
しばらく痙攣したのちオークは声もなく倒れた。
「やりましたね隊長! どうしてここにオークがいるって――もが!?」
「静かにしていろ……急いで離れるぞ」
側頭に結わえた金髪を揺らして、こくこくと頷くルイセ。
口を塞いでいた手を離し、共に下がる。
木陰から、大の字で事切れたオークを注視していると、やがてゲル状の化物がごぽごぽとオークの口を割って這い出てきた。
「な……なんですか、あれ」
「ルイセ、大きな音を立てるなよ」
ゲル状の化物はもぞりと身じろぎをするものの、移動する気配はないようだ。
試しに拾った小枝を投げてみる。
コン。と音が鳴った方へ化物が移動し始めた。
思った通り、奴は音に反応している。
「た、隊長……」
ルイセに腕を引かれて、辺りに目を向ける。
裏庭に転がっている他のオークの死骸からも、次々にゲル状の化物が発生していた。
「……礼拝堂まで戻ろう」
俺達は物音を立てないよう慎重に移動しながら、ときおり拾った枝や小石を投げてゲル状の化物を誘導する。
そうして礼拝堂の正面から、十分な距離を取った一ヶ所に化物をまとめた。
エアは、音に反応するこの化物の特性を理解していたのだろう。
だから礼拝堂の内部に侵入されたあとも、声を殺して子供らと必死に耐えていたのだ。
そうと知らず、エア達の奮戦を俺は無に帰してしまった。
その償いは、今すぐに。
礼拝堂は裏庭の奥まった位置にある。
周囲に生えた木の枝の侵入を防ぐためか、石を積んだ塀が正面以外を囲んでいる。
これを足場に使えそうだ。
扉のかんぬきを断ち斬り、声をひそめて計画をルイセに伝える。
「俺は、あのステンドグラス付近の天窓から中へ入る」
「ボクはどうすれば?」
「おまえは礼拝堂の扉の前で待機していてくれ。合図をしたら一気に扉を開放してもらいたい」
「わ、わかりました」
「決して音を出すなよ。……危険なことを頼んで、すまないな」
扉の前に陣取るということは、背後にあのゲル状の群れを抱えるということだ。
できれば安全を確保してやりたいが、他の手を思いつかない。
「お任せください! ボクだって王城守護隊の剣士――隊長の部下です。いつだって覚悟はできてます」
「命をむやみに捨てるような行動は取るんじゃないぞ。おまえが死ねば、悲しむ人間が少なくともここに一人いるということを忘れないでくれ」
「あ……は、はいっ」
驚いたように目を見開いたあと、すぐに猛烈な勢いでルイセは首をぶんぶん縦に振った。
俺はルイセの頭にポンと手を置き、さっそく計画を遂行するべく動く。
「あのっ……隊長も、くれぐれもお気をつけて!」
石の塀をよじ登り、礼拝堂の正面へ回り込むルイセを上から見送る。
チャームを開いた。
時刻は22時27分。
30分を過ぎるまで待つべきだろうか?
そうすれば、失敗した場合もう一度だけやり直す機会が与えられる。
だが、二度目で成功する保証もない。
それにエアやルイセもそうだが、中にいる大勢の子供が物音すら出せない重圧に耐えているのだ。
緊張の糸が切れてしまえば、俺が手出しをする前に終わってしまう。
今は、即時の行動を起こすべき。
俺は王城守護隊の隊長、そして竜の七騎士筆頭のフェンサー。
「行こう」
失くした記憶の代わりに、その肩書きを胸にチャームを握りしめた。