00:33 赤熱
別棟全体を揺るがし、サイレンが響く。
焦燥感をかきたてられるこの音源が、まさか刀にあるとは思うまい。
「……怨嗟の声だよ。きさまら化物に殺された、王城の者達の」
「なにを馬鹿な……怨嗟? 人間の恨み辛みが彼らに理解できるとでも? ありえないな」
ありえるさ。
特に憎悪や怒りといった強い感情は、物にだって宿る。
俺はそれをよく知っている。
やがてオニヤンマが発する音も止み、舞踏場は静寂に包まれた。
やっとのことで立ち上がった俺へ向け、シューターが片手を後方へ引き絞る。
ルイセが助けを求めている。
だが、シューターは俺を見逃すつもりはないようだ。
「それにしても、君がここに現れるのは予想外だったよ。僕の行動をあらかじめ知っていなければ予測なんて不可能だ。フェンサー、もう何回死んだ? その能力、無限に使えるとは思わない方がいい」
タイムリミットは午前2時。
時間は決して逆行できず、死ぬ毎に10分ずつ、その終極である2時まで強制的に突き進んでいく。
それまでに城のすべての障害を排除しなければ、生存の道はない。
理解している。
道を開くには、思考し、挑戦し、失敗を繰り返さなければならない。
たとえ何度、仲間を死に追いやろうとも。
「さあ、また絶望のふちへ舞い戻れ」
物言わぬ屍が散乱する舞踏場を見渡し、血溜まりに浸った足を前へ出す。
ここには怨嗟の声が溢れている。
城を蹂躙した化物どもと、他でもない俺に対する恨みの声だ。
当然だろう。
今さら赦しを請える所業じゃない。
ならば俺は、せめて――
「シューター、いいのか?“ブレイカー”を呼び出さなくて」
「……ブレイカー? いや、手負いの君を始末するのに必要ないな」
「そうか……――舐められたものだッ!!」
頭部を腕で覆うと同時、可能な限り姿勢を低く、狙われる“的”を最小限にして踏み込む。
血弾が触れた腕、腿や脇腹の肉が削がれるように弾け飛ぶが、シューターが刺突剣の間合いに入るまで立ち止まらず駆けた。
目をそらすな。
追うべきは奴の瞳孔、その一点。
「もっとも――この場にブレイカーを呼び出すことはもう叶わないがな!」
躊躇なく顔面へ刺突を繰り出すも、シューターの反応があっさりと上回る。
かまわない。
多少の余裕さえ奪えるならば。
「――なに?」
無駄のないヘッドスリップで刺突をかわしながら、シューターはたしかに視線を泳がせた。
奴の目線の先には、片隅で佇む翼人の像。
「そうか、あれが……!」
「っ。ち、小賢しいなフェンサー!」
シューターが低い位置から手を振り上げる。
血飛沫の散弾を逃れるため、後方へ身を投げる。
「がっ――ぐ――ッ!?」
直撃は避けたものの、複数の弾痕を刻まれた体は想像以上に弾け飛び、血液で浸った絨毯の上を滑り転がった。
「うぐっ……! ……はあっ! はあっ!」
「……そう。この像こそが召還の媒介となる。よく思い出してみるといいよ。この城の、どこに、他の像があったか」
なぞかけのような口調で呟き、シューターは笑った。
俺が倒したあの巨大な目玉。
礼拝堂には、翼人の像がたしかにあった。
それと、どこかで。
玉座……?
「像を探しに城内を駆けずり回って、また無駄に時間と命を浪費するんだね。奇跡にも限りがあるものだ、フェンサー。ちゃんと、あと何度やり直せるのか把握しているかい?」
2時までに甦ることができる回数は、あと15。
けれど、なにもかも手遅れな状況で生き返っても意味はない。
そう考えれば、もっとずっと少ないチャンスしか残されてないのかもしれない。
間に合うのか?
城内にある翼人の像をすべて見つけ出し、化物の出現を阻止するなど。
あきらめるつもりはない。
あきらめないが、到底……不可能なことのように思えた。
「ああ、いい顔になった。絶望を抱えながら行ってくるといい。どうせ、終わりなき旅だ」
俺を見下ろして、シューターは手を振りかぶる。
いつまでも乾かない血が、奴の指先からこぼれ落ちている。
「はあ……はあ……く」
膝をつき、立ち上がろうとするも動きが鈍い。
震える手で、せめてシューターへ刺突剣の切っ先を向けた。
馴染んだはずの剣は、ずしりと重く。
もう体のどこから出血しているかもわからない。
皆の仇も討てず、けじめとやらも口先だけで、俺はまた死ぬ。
大勢の屍から流れた血に、俺の血液もどくどくと溶けていく。
混ざりあった液体は、赤というより黒く映って、奈落へ誘う穴みたいだ。
ただ、ぼんやりとそんな妄想が頭をよぎった。
「――隊長ーッ!!」
鼓膜をつんざく大声に、ハッと意識が舞い戻る。
扉を蹴破らんばかりの勢いで舞踏場に飛び込んできたルイセが、惨状に息を呑んだ。
「っ……!? ひどい、こんな……っ。隊長っ! 隊長ご無事ですか!?」
駆けつけてきたルイセに、崩れそうになる体を支えられ、顔を見上げる。
「ルイ、セ……どうして、ここに」
いや、呼べば行くと言っていたのに、約束を違えたのは俺だ。
心配になって確認へ来たというところだろう。
ルイセの性格なら不思議はない。
応接間の方はどうなったのか。
エアやミスト、子供達は無事なのか聞きたかったが。
ルイセは歯を食い縛り、今にも泣き出しそうなほど顔を歪めて俺の体に視線を巡らせていた。
「この、怪我じゃ……っ。……こいつが、やったんですね?」
ルイセはシューターを見据えると、立ち上がって腰の刀に手をかける。
「そうだよ。だけど、こいつ? 口の聞き方に気をつけなよ雑兵」
「よせ、逃げろ……ルイセ! おまえだけでも、城の外へ……っ!」
どの道、俺は助からない。
今ここでルイセが戦う必要はない。
「よくも皆を……隊長を。絶対に許さないッ!!」
気勢と共にオニヤンマが抜き放たれる。
瞬間――シューターのすぐ傍で凄まじい爆発音が響き、奴は殴り飛ばされたかの如く身を半回転させた。
「っ……ッ!? な――」
鼓膜が破れたようで、驚愕して耳を押さえるシューターへルイセが斬りかかる。
「はああああッ!!」
振り下ろされた刀はシューターの上腕を斬り裂き、飛び退いた奴との距離をルイセはすかさず詰めていく。
「逃がさないぞ!!」
「待てルイセ! 深追いするな!」
「っ――……“血装”」
シューターの全身が深紅で覆われた直後、ルイセの一刀が肩口から腰へ斜めに奴を両断した。
刃は確実にシューターの背後まで通り抜けた。
真っ二つにした。
俺はこの目で見ていた。
しかし渾身の一撃は、シューターの体内からわずかな血液を掻き出すに留まった。
赤いヘドロの如く流体と化したシューターに刀傷など存在せず、斬られて出来た腰の隙間からぷくりと血の風船が浮かび上がる。
「え……あ」
異様さに困惑したルイセが後退するのと同時。
弾けた風船は無数の飛沫をルイセに叩きつけ、小さな体が紙切れ同然に宙を舞う。
「ルイセッッ!!」
手離された刀が転がる。
仰向けに倒れたルイセは両手を投げ出し、呼吸のたびにゴポゴポと血を吹き出した。
「……その剣。そうか、それも君のものかフェンサー。少し驚かされたよ。本当に君は謎が多い」
体表の赤い塊を剥ぎ落とし、シューターが優雅な足取りでルイセの元へ歩む。
「……た……っ、ぃ……ちょ……」
虫の息のルイセを見下ろし、片手を大きく振り上げるシューター。
「よせっ! やめろ! さっさと俺を殺せ! それで終わりのはずだ!!」
「なにをそんなに焦る? どうせやり直せるんだろう? だれが死んだところで今更だ」
「やめろと言ってるんだッ!!」
これまで感情をあまり読み取れなかった男の顔が、初めて邪悪に歪んだ。
「これまでも、やり直す前提で君は行動してきた。だって、わざわざ死地に仲間を連れてきて――僕にタオを殺させたじゃないか」
無慈悲にシューターの手は振り下ろされた。
激しい炸裂音と共にルイセの手足が跳ね上がり、飛び散った肉片が頭上から降り注ぐ。
頭からかぶったルイセの血が、俯く俺の髪を伝って絨毯にボタボタ流れていく。
真っ赤な地獄が、更なる地獄で塗り替えられる。
「……ふっ! ……ふぅっ! ……ふっ!……」
心臓がどくどく早鐘を打つ。
溶けた鉄を思わせる熱い粘液が体中を巡り、全身が発火する。
散った命を復元するかのように、両手でルイセの血肉をたぐり寄せると、強く握りしめた。
そして、気づけば雄叫びを上げながらシューターへ肉薄していた。
力任せに打ちつけた刺突剣を、奴は腰から抜いた幅広の剣で受け止める。
「っ――まだそんなに動けるのか。その傷じゃもう助かりはしないよ」
「きさまが望んだんだろう……ッ! この地獄で、俺との殺し合いをッ! 乗ってやるッッ!!」
上段から振り落とした刺突剣は、シューターに難なく剣で防がれる。
すぐに腕を引き、空いた胴体へ刺突を繰り出す。
奴はこれに反応し、幅広の剣を斜めに刺突を受け流した。
「もしかして、接近戦なら勝てると踏んだのかな。僕が“シューター”だから。だったら浅はかとしか言いようがないね」
「この距離で仕留め損なった敵はいない……ッ! それだけの話だッ!」
呼吸も忘れ、何度も何度も続けざまに剣を打ちつけていく。
互いの剣戟により金属が衝突し、甲高い音が耳を打つ。
発生する火花が網膜に焼きつく。
シューターが振るう剣に合わせて刺突を撃ち、二の腕に刃を食い込ませながら奴の腹をつらぬいた。
「ぐ!?」
身を離そうともがくシューターの剣を素手で掴み、額を鼻っ柱に叩きつける。
刃が引かれたことにより、右手の指が親指を除いて全て落ちた。
指を失った右手でシューターの顔面を殴打する。
「ぶあ……ッ!? くっ……調子に乗るな!!」
剣を持たない空の手をシューターが振るも、構わず踏み込み至近距離で散弾を脇腹に受ける。
バシャッと大量の塊が落ちたが、それを踏みつけ肩から突進し、シューターの背を壁にぶち当てる。
「がはッ! ッ~~~~“血――」
シューターの胸部へ片手を押し当て、足首を捻る。
捻りは足から腰へ、腰から肩へと伝達され、増大したうねりのエネルギーを手の平から発する。
シューターの心臓がドクンッと鳴動し、奴は動きを止めた。
「――――~~ッッ!? げぼぁッ……っ!」
内容物と血液が一緒くたに、シューターの口からこぼれ出た。
「ぎ……何者……なんだ……ッ!? おまえは……フェンサあぁ……!!」
ぎりぎりと歯を噛み鳴らすシューターの瞳に宿るのは、紛れもない憎悪の光。
「なんだ……やはり人形などではなかったじゃないか。きさまが証明してくれて、よかったよ」
俺は刺突剣の切っ先を、シューターの頭部へ一息に放つ。
だが――
届かなかった。
さっきまで燃えるようだった体は、冷水に浸かったかの如く凍りつき。
硬直して、指の一本も動かなかった。
シューターの目前で刺突剣を取り落とす。
まるで錆びたロボットのような緩慢な動作で、刺突の変わりに血塗れの手をシューターの顔へ擦りつけた。
「これは……皆、の……ルイセからの、呪いだ」
それ以上声も出せず、その場に跪く。
急速に遠ざかる意識の向こうに、シューターの囁きが聞こえる。
「……無駄だ……ッ。なにをやろうと、この夜は越えられない。これからも君は死に続け、やがては奇跡も尽き果てる。だれも、逃れられはしない」
一つ地獄を越えたとして、その先に待つのはなんだろうか。
近衛兵達。ウルフ。タオ。クラウン。
ルイセ。
彼らの死に顔を順に追いながら、また次の死地へ旅立つ――
――その後。
俺は、続けざま5回もの奇跡を無益に消費した。
シューターが下した予言の通り……未だこの身は終わらない夜に囚われたままだ。




