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22:18 爆発炎上

 裏庭のそこら中に城の兵士らしき遺体が転がっている。

 遺体はどれも損傷が激しく、そばにはオークの死体もいくつか確認できる。

 ここでも激しい戦闘があったのだろう。


「みんな……! 隊長、絶対に仇を取りましょう!」


 同胞の亡骸を横目に駆け抜けながら、ルイセは声に悔しさを滲ませた。


「ああ」


 俺にも――この兵士達の中に、顔見知りや言葉を交わし合った者がいたのだろうか?

 だとしたら。

 すまない、とそれしか言いようがない。

 ルイセの言うように、せめて、できうる限り敵を討つことで謝罪と代えよう。


 咲き乱れる花の赤色を不穏に感じつつも、俺とルイセは礼拝堂の前へ立った。

 とんがり屋根の石造り。

 高い位置に、竜を模した巨大なステンドグラスが見える。


「……静かだな」


 礼拝堂なのだから、静けさは本来の姿であるべきだ。

 だがこの状況においては、やはり胸のざわつきを抑えられない。


 無意識に胸のチャームを開く。

 秒針がちょうど真上に到達して、22時21分を指したところだ。


 思えば、時間ばかり気にしている気がするな。

 記憶を失くす前の俺も、時間に神経質な人間だったのだろうか。


「あれ、隊長……そんなペンダント持ってましたっけ?」


 何気ない言葉に、俺は思考を止めてルイセの顔を見つめる。

 まじまじと見続ければ、ルイセは慌てて両手を振った。


「あっいや! もちろん、よくお似合いですよ! 最近購入されたのかなーって、その、なんとなく思って」


 俺の持ち物ではない?

 いや、まだそうとも言い切れない。

 そもそも、俺とルイセはどれくらいの頻度で顔を合わせていたのか。


「ルイセ、そういえば俺達が最後に会ったのはいつだったかな?」

「え!? 昨日の訓練後に山葉亭でお会いしたじゃないですか! 隊長は副隊長と来ていらして、あっお食事ごちそうさまでした!」


 思い出したかのように、ルイセはぺこりと頭を下げる。

 昨日会っていたのならば、いよいよ俺の持ち物ではない可能性が高まるんじゃないか?

 どういった経緯で俺はこのペンダントを手に入れたのだろう。


「……おまえの言うとおり、最近購入したんだ。昨日はつけ忘れていた。近頃はうっかりすることが多くてな」

「隊長でもそんなことがあるんですね! すっごく意外です! ボクもそういったアクセサリーつけたりして、少しはオシャレに気を使った方がいいのかなぁ……」


 わからない。

 自分で言い訳したように、ただつけ忘れていただけかもしれない。

 記憶がないのだから、これ以上考えても仕方ないことだが。


 ルイセはぶつぶつ呟きながら、金髪の毛先などを気にしているようだ。

 雑談はこの辺にしておこう。


「中を確認するぞ、警戒しろ」

「はいっ!」


 両開きの大扉を拳で数回叩く。

 しばらく待つも反応はない。


「おい、誰かいるか!」


 もう一度扉を叩いてみたが結果は変わらず。

 扉は施錠されているようで、押しても引いてもビクとも動かない。

 僅かにある隙間を覗いてみても、中の様子はよく見えなかった。


「この扉ってたしか、内側に“かんぬき”しかついてなかったですよね?」

「ということは、中に誰かいるはずだな」

「け、怪我をして動けないとか!?」


 しばし考えを巡らせ、剣を抜く。

 手を振り、ルイセを後ろに下がらせた。


 結局ペンダントの件も、礼拝堂も同じだ。

 なにもわかりはしない。

 自分の目で確認するまでは――


「ふっ!」


 扉の隙間へと垂直に剣を走らせれば、キンと金属を断つ手応えがあった。


「わっ。すごい、剣で斬っちゃったんですか!?」

「開けるぞ」


 両手を使い、扉を軋ませつつ押し開く。

 中の様子がようやくあらわとなった。


 礼拝堂の中央に一人の女性。

 フードつきの白いローブを全身に纏い、寄り添うように集まった十数人の子供達の肩を抱いている。


「エア様!」


 エアと思しきローブの女性は、ルイセの呼びかけには応えず、恐怖に引きつった顔を足もとへ向けた。


 いったいなにがある?

 エアの視線を追った俺は、奇妙な赤い物体を目にする。

 礼拝堂の床をうねうねと這いずるゲル状の物体。

 そいつは触手のごとく体を分け伸ばして、エアや子供達へと絡みついていく。


「あれは……なんなのだ」

「来てはなりません! フェンサー様!」


 とにかく助けようと礼拝堂に踏み入った俺を、エアは激しく制止した。

 瞬間――ゲル状の物体がより真っ赤に発光する。


「エア様ッ!」


 駆けていこうとするルイセの首根っこをとっさに掴まえる。

 悪い予感に従った行動だった。


 体積をみるみる膨らませていく化物の、半透明に透けた体の向こう。

 エアは静かに目を伏せる。


 ――ごめんなさい。

 と、その口が紡いだ直後、ゲル状の化物は凄まじい爆炎をともなって弾けた。


「ぐうう!?」


 耳をつんざく轟音と爆風。

 体が礼拝堂の扉ごと吹き飛ばされ、抵抗も出来ず地面を転がる。


「ぐ……げほっ! ルイセ、無事か?」

「あ、うぅ……なにが、起こって……」


 ルイセに大きな怪我はなさそうだ。

 俺は耳鳴りでふらつく体をゆっくりと起こす。


 内部が丸見えとなった礼拝堂は、火の海と化していた。

 祭壇も、翼人の像も、壁に張り巡らされたステンドグラスも、炎に炙られ形を崩していく。

 そして礼拝堂の中央。


 ひときわ大きな火が揺らぐそこには、折り重なって息絶えるたくさんの人影があった。


「そん、な……エア様……子供達まで……こんな、こんなの……」


 もはや取り返しはつかない。

 しかし、なぜあのゲル状の化物は急に活性化したのだろうか。

 おそらくは俺達が到着する前から礼拝堂の内部にいたはずだ。

 化物の特性さえ理解していれば、あるいは――


「ブゴオオオオオッ!!」


 背後で雄叫びが轟いたのは、ルイセに歩み寄ろうとした矢先のことだった。


 オーク――生き残りを見逃していたか。

 こいつは槍を持った個体。

 刺突剣を拾い上げ、腰を落として構える。

 一匹だけなら遅れは取るまいと、冷静に待ち構えて対処する算段だった。


「よくも……よくもよくもよくも――ッ」

「待てルイセっ!」


 激情に駆られて疾走するルイセを追いながら、俺は対処を間違えたと痛感する。

 そうだ。

 これでは最初と同じだ。

 あのときも闇雲に飛び出したルイセを止められずに――


「よくもエア様を! 子供達を! その血であがなえッッ!!」


 間に合わない。

 そう判断した俺は、刺突剣を大きく振りかぶり、投げる。

 ルイセの脇を掠めて飛翔した剣は、真っ直ぐオークの膝に突き刺さった。


「ギィィ!?」


 膝をついて重心が下がったオークの喉元に、すかさず幅広のショートソードが叩き込まれる。


「このッ! このッこのッこのぉッ!!」


 返り血を浴びて真っ赤に染まりつつも、ルイセは事切れたオークを何度も斬りつけていた。


「もうよせ、死んでいる」

「はあっ、はあっ、はあっ」


 ルイセの震える肩を掴み、下がらせる。

 うつ伏せたオークの死骸が、血溜まりに浸かっていく。

 がらんと剣を取り落としたルイセは、歯噛みして俯いた。


「どうして、こんな……隊長ぉ……」


 勇猛な一面はあれど、まだ少女だ。

 感情を制御しろと言われても難しいだろう。

 だから。


「……二度と、こんな悲劇は起こさせないと約束しよう」


 だから、仮にも隊長であるならば、俺が導いてやらなければならない。

 たとえ記憶がなくても。


 目元をぐしぐしと拭い、ルイセは顔をあげた。


「ボクも……お手伝いします、させてください! 隊長の力になりたい! みんなを助けたいです!」


 互いに頷き合う。

 絶望的な状況だろうと、こうして一歩ずつ進んでいけばきっと――


 ごぽごぽ、ぼと。


 不快感を煽られるような音。

 先ほど確かに殺したはずのオークが、血液ではない赤い粘液を吐き出していた。


 この……ゲル状の物体は。

 まさかと辺りを見渡せば、裏庭に転がるオークの死骸は例外なくこのゲル状の化物を生み出しているようだ。


「こ、これって」


 後退しながらルイセが呟いた瞬間、化物は軟体を器用に伸縮させ、地上をうぞうぞと凄まじい速さで這いずってくる。

 その内の一匹がルイセへ飛びかかった。


 そうか、こいつらは音に反応するのだ。

 ルイセを抱きしめ、膨張するゲル状の化物に背を向ける。

 視界いっぱいに閃光が赤く瞬いた。


「――……~~~~ッッ!!」


 爆音と衝撃、そして熱風で体が宙に押し上がる。

 あちこちに体を強く叩きつけられても勢いは止まらず、上も下もわからないほどに転がり続ける。

 全身に焼けつくような激痛が走っていた。


 どうなったのか。

 骨が折れたのか、内臓が潰れたのか。

 もしくは四肢が千切れたか。


 音が途絶えて、視界も失った。

 静寂の中、それでもこじ開けるように、微かに目を開く。


「ル――……」


 仰向けに転がったルイセは、虚ろに空を見上げていた。

 見開かれた瞳に光は宿っていなかった。

 俺は目前でまた、ルイセを死なせてしまった。


 すまない。

 奇跡のような機会を得て、俺はなにをしているのか。

 悔しさと情けなさで張り裂けそうになる。


 やがて炎に焼かれる皮膚の痛みも失くなり、映し出された凄惨な光景がどろりと流れ落ちていく。


 意識が闇に、溶けていく。


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