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23:20 瞳に宿す

 23時20分。

 物見棟の三階部分。

 空には変わらず、暗雲が寒々しく広がっている。


 次に目覚めるのは23時10分だと思っていた。

 いや、死んだ回数で考えれば23時20分の目覚めで間違いではない。

 だがあの闇の中で見た光景から察するに、23時10分の時点で世界の再構築は完了していたはずだ。


 そう都合よくはいかないということか。


“不正は認めない”と、まるで誰かに監視でもされてるかのような薄気味悪さを感じた。


 ゆっくりと立ち上がった俺は、兵舎棟へ入る扉へ手をかける。


「あ、もう行かれますか? フェンサー様」


 ……フェンサー。

 そんな人物はいないらしい。


 であれば、俺はなんだ?

 いったい何者で、どこからこの世界へ迷い込んだ。

 なんのために、何度も命を失いながら戦い続けているのだろうか。


「フェンサー様?」


 タオには目もくれず、兵舎棟の中へ入る。

 足音が慌ただしく後を追ってくる。


「あ、あの! どちらへ!?」

「刀を、取りにいくんだ」

「……かたな……?」


 俺は王城守護隊の隊長なのだと、竜の七騎士の筆頭なんだと信じて戦ってきた。

 その肩書きに縋ってもいた。

 ありもしない誇りを無理矢理胸に抱かせて。


 だが、真実はそうではないとルイセに言われた。


 俺という存在の、骨幹が揺らいだ。


「そうだ、刀だ。俺の……“竜姫”だよ。見たことはあるか? タオ」

「は……それは、もちろん。前の戦で――」

「本当か? どんな形状をしていた? 能力は?」

「え……そ、それ……は」


 途端に口をつぐみ、タオは俯いてしまう。


「……いや、悪かった。気にするな」


 自分が何者かわからないなら、せめて。

 せめて……命を賭す理由が欲しかった。


「あの、すみません、ちょっとだけ寄りたいところがあるんですけど、いいですか」

「……ルイセ宛の手紙か?」

「え!? そ、そうですけど、なんでそれを」


 驚きに目を丸くするタオだったが、それも当然だろう。

 俺は自身の言葉を失言とも思わず、タオに釘を刺す。


「今はやめておけ。そうだ、それより兵舎棟には薬や包帯などを保管してあるな? 急いでかき集めてきてくれ」

「えと、でも……あれはルイセの大事なもので、いつも部屋で何度も読み返していて――」

「俺は、よせと言ったんだ」

「――……っ、はい」


 あの取り乱したルイセの姿を浮かべれば、まだ読ませるべきではない。


 俺へ向けられるタオの視線に険が混じるが、それも気にならなくなっている自分に嫌気がさした。




「ギャィィィィィ――ッ!!」


 暗夜の下、襲い来る怪魚に次々と刺突を浴びせていく。

 刀など無くとも、パターン化されたこいつらの行動はもはや脅威にも感じない。


 足早に、ただひたすら本城までの道のりを辿る。


「フェンサー様! ちょっと待ってください! これじゃ援護する暇も……っ!」

「必要ない。どうしても射ちたければ空の怪鳥でも狙っていろ。だが歩む速度は落とすなよ」


 ここで遭遇するはずだったスカイは偽物なのだし、時間を割く必要もないだろう。

 どうせこちらの知りたい情報などよこすわけがない。

 むしろ、また窮地に追い込まれかねない。


 戦う意義を失いかけて、しかしそれでも迫る“時間”には気を取られながら本城へ急いだ。




 本城三階。

 宝物庫へ至る廊下を先行していた俺は、足を止めてチャームを確認する。


 23時30分。

 目覚めてからちょうど10分。

 これが最後のチャンスだと、できる限りの速さで駆けつけてみたが……


「はあっ! はあっ! やっ、やっと、はあっ、はあっ、追いついたっ」

「……タオ。おまえ達の隊長だ、最後の別れを済ませておけ」

「え……?」


 弾む息も整わない内、前に出たタオは、ふらふらと歩みを進めた。

 壁にもたれて息絶える、スカイの目前へと屈むタオ。


「そん、な……スカイ様……隊長が……」


 スカイの死はこの瞬間に確定した。

 もう彼を取り戻すことはできない。

 最後まで言葉も交わさないまま、スカイがどんな人間なのかも知らないままで見送る結果となってしまった。


 詫びることすら違うような気がして、俺はひとり宝物庫へ入る。

 竜姫をかき集めたのち、赤い鞘の刀を手中に収める。

 もう、これだけが己を知るための手がかりだと思えた。


「前回、死に際に放った言葉、覚えているか?」


 刀に語りかけ、鞘を引いて刀身を覗かせる。

 王城の敷地中に充満した霧を、刃の根本へ巻きつく布に吸い込ませると、宝物庫を後にする。


「行くぞ、タオ。もたもたしていれば次はウルフが死ぬ」

「それは……どういう、意味ですか……」

「言った通りだ。別れが名残惜しいのなら、悪いが先に――」

「行きます」


 言葉をぴしゃりと遮られ、立ち上がったタオと真正面から目を合わせる。


「スカイ様のお体には、複数の矢傷がありました。……これはスカイ様に対する侮辱。強弓隊の隊長に矢傷を負わせた、そんな相手を生かしておくわけにはいかない」


 タオに初めて見る、冷たい殺意だった。


 悲嘆、焦燥、苛立ち、憎悪。

 様々な感情に身を焦がす少女へ、黙って“首輪”を差し出す。


「ならば、おまえが使え」


 受け取った竜姫を、タオはすぐに首へ装着した。


「……スカイ様。あたしに力を貸してください」




 裏庭、礼拝堂前。

 駆けつけると同時に、正面扉から次々と兵が飛び出してくる。

 最後に姿を見せたのがウルフだ。


「なにをしている!? 早く逃げよッ!!」

「しかしっウルフ様を置いてなど――」

「貴様らがいてもなんの役にも立たぬ相手だ!」


 石造りの礼拝堂が、見る間に肉の塊へと覆われていく。

 赤黒い肉塊の表面に切れ目が走り、切れ目からずるりと剥けるように肉が裏返った。


 ぶるんと溢れ出たのは、礼拝堂と同じ大きさの丸い瞳。

 巨大な目に見据えられ、誰もが硬直する。


 血走った瞳は黒目をぎょろぎょろ動かすと、怯える兵達へ焦点を定めた。


「ぅ……あ……」


 瞳孔が、きゅうっとすぼまっていく。


「ちぃッ! どけッッ!!」


 兵を押し退け、ウルフは無防備にも瞳と正面から対峙する。


「どうしたッ! 睨むだけでは我が身を引き裂けはせぬぞ!!」


 声を高らかに張り上げて、ウルフは不敵に笑みすら見せた。


 それが、おまえの矜持か。

 兵を護り、強大な敵を前に一歩も引くことなく息絶えて。

 充足感の中、死を迎えて。


 すでにウルフへ向かって疾走していた俺は、頭に昇った血を練り込むかの如く拳を握る。


 そうやって、おまえが我先にと死んでいくから、俺達はいつまでも反撃に移れないのだ――ッ。


「ウルフーーーッッ!!」


 最大限に振りかぶった拳で、ウルフの横っ面を思い切り殴り飛ばした。


「ぶあ――っ!?」


 なんという硬く、重い身体だ。

 助走をつけた上で殴ってなお、俺の体は後方にたたらを踏む。


 ――直後。

 俺とウルフの間にできた空間を、薄い膜のような飛翔体がピュンと横切る。

 その膜は後方の木々を数十本に渡り分断し、遥か彼方まで一瞬の内に消えていった。


 背筋に流れる冷たい汗を意識しつつ“瞳”を見やると、収縮していた瞳孔がぱっくり割れている。

 あんなものを浴びれば、ひとたまりもない。


「貴様……っ、なんのつもりだフェンサーッ!!」

「はあ、はあ……なんのつもり、だと?」


 口端に垂れた血を拭い、牙を剥くウルフ。

 同様に俺も、歯噛みして睨みつける。


「あれを見てもわからんか? どう足掻いたところで勝てない相手だろうが! 貴様、何度真っ先に死ねば気が済むんだッ!!」

「何度……死ぬ……? 我を、愚弄しているのかフェンサーッ!!」


 胸ぐらを掴まれ、体が持ち上がらんばかりの力で締めつけられた。


「その通りだ、今の台詞で愚弄以外のなにがある……っ!!」


 ウルフの膂力に耐えられるよう足を地に根差し、俺達は再び睨み合う。


「……敵を前に、なにやってんですか」


 ため息と共に吐き出される、呆れの声。

 周囲の兵の誰もが怯えて口も出せない中、俺達を制止したのはタオだ。


「みんな見てるんですよ。それとも、それが王国を代表する騎士のお姿なんですか。……スカイ様なら、そんな醜態は曝さない」


 正論だが、これも明らかな愚弄ではあった。

 自分が代わるとでも示すように巨眼と相対するタオへ、ウルフはしかし怒りとは違う感情を向ける。


「小娘、貴様も兵達と逃げよ。この場は我が――む……それは、スカイの竜姫か? いや、しかし扱えるわけが――」

「論より証拠を、お見せします」


 突風が吹いた。

 タオの後頭部に結ばれた青髪がばたばたと揺れ、やがて風が止む。

 細めていた目に、タオの首輪へ嵌め込まれた赤い宝石の輝きが飛び込んでくる。


「なんだ……これは……」


 タオの全身にいくつもの丸い肉塊がこびりついていた。

 軽鎧の表面、腕、足、ブーツ、首もとや顔面、髪に至るまでこぶ(・・)のような細かい肉に埋め尽くされている。


 数え切れないほどの肉塊へ一斉に切れ目が入り、ぐるんと“瞳”が花開く。

 上下左右に忙しなく動き回る、数十もの黒目と視線が絡まり、言葉を失くした。


 巨大な一つ目と対峙する、無数の目という構図が出来上がっていた。


 芯から戦慄する。

 俺にはどちらも同じ、酷くおぞましい化物にしか見えなかったからだ。


「竜姫“百装”……礼拝堂を吹き飛ばす許可をください、フェンサー様」


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