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23:52 超越せし者

 心の奥底にある、なにかが死んだ気がする。

 いや……仮死状態にあったものが再生したのかもしれない。

 もはや、敵と呼べる者は存在しないとさえ思うようになっていた。


「“ヤナ”」


 本城に巣くう化物どもの動きを霧で封じ、一切の容赦なく斬り捨てていく。

 水を得た魚のように、軽快に剣を振るう。

 仲間の屍の上に、化物の屍を積み上げていく。


 だが――

 あといくつ屍を重ねていけば、この夜は終わるのだろう。

 俺達は本当にここから抜け出せるのか。


「タオ……大丈夫か?」


 タオの顔色は悪く、全身の震えも未だ治まらないようだ。

 無理もない。

 いくら死の覚悟を固めていたとはいえ、ルイセと同じく年端のいかない少女なのだ。


 本城一階から裏手に出ると同時、


「グオオオオオ!!」


 無闇に突っ込んできたオークの手元を見定め、槍の刺突をかわしつつ懐へ入り、迷わず斬り跳ねる。

 宙を舞う両腕が落ちる前に、オークの喉笛を裂いた。


 盛大に浴びてしまった返り血を拭っていると、タオが消え入りそうな声をあげる。


「あ、たし……どうしたんだろ……さっきから、思うように体が動かなくて」

「こんな状況だ、恐怖を感じるのは普通のことだろう」


 何気なく呟いて、自らの赤く染まった手に目線を落とした。


 そうか、剣を手にしたときから俺の中の普通(・・)が失われているのだ。

 自分で口にするまで気づきもしなかった。


 しかし、今はこれでいい。

 この竜姫の圧倒的な力で、敵に押し勝つために。

 感情など麻痺させてしまえ。


「怖がっている……? あたし、怖いんでしょうか?」

「そう、見えるが」

「そ、そんなはずは。これまでこんなことなかったんです! 急に――たぶん物見棟でフェンサー様に会ったときくらいから、胸の奥がざわざわとして」


 鼓動でもたしかめるように、タオは俯いて胸を押さえる。

 俺と会ったときから、か。


「俺が……怖いか?」

「い、いえ、そんなことありません! あたしだって大きな戦争に参加したんです。あの戦争でも、フェンサー様は敵をバサバサと――……あの戦争でも……」


 必死に訴えかけていたタオだったが、ふと身振りを止めたかと思えば力なく立ち尽くした。


「……あの、変なこと聞きますけど、あの戦争って、正確な日時わかりますか?」

「戦争……大陸平定の戦いのことか?」

「そうです。ルイセや七騎士様と共に戦った、忘れるはずのない、大きな戦」


 まずいな、俺にその頃の記憶はない。

 どうも疑われてるような雰囲気には思えないが。


 真っ直ぐ地面に目を落としたまま、タオはぶつぶつと呟き続けている。


「あれ……? 日時は……場所は……あたし達は、どんな風に二つの国と戦って……」


 記憶の混濁。振り返ってみれば、ミストにも同じ兆候があった。

 玉座の脱出路を把握していながら、途中で行き止まりになっていることなど知らなかった。

 エアも同様の状態だったとしたら。


 ルイセはどうだ?

 脱出路を進んだ地下で生き埋めになったとき、幼少の記憶をうまく思い出せないようだった。

 発熱のせいだと考えていたが、もし違うとしたら――


 なんなんだ俺達は。

 全員過去の記憶が曖昧で、食い違いがある。

 ありえるのか? そんなことが。


 戦争など、本当に起きた(・・・・・・)出来事なのか(・・・・・・)――?


「……火災が、そういえば鎮まっているな」

「え? あ、はい。そういえば、いつの間に」


 裏庭に佇んで、背後の王城をゆっくり見上げる。


 城も、山も、大地も空から降ってきた“部品”により作られた。

 化物や人間でさえも。

 土片や瓦礫や肉塊から形作られる様子を目の当たりにしたのだ。


 それが世界の真実なのか?


 ありえない、と心情が拒否をする。

 人の生命が、樹木や川が、世界がそのように誕生するわけがない。

 では、俺達が住むこの世界は。


 作られた世界。

 虚構の世界。


“人形がなぜ、疑問なんて持つんだろうね”


 スカイを名乗る男が言った台詞だ。

 奴はなにかを知っている。


「フェンサー様……?」

「俺も、少し疲れているようだ。礼拝堂で皆と合流したら、休息の時間を設けよう」


 わからないことだらけの世界だが、今、俺達が化物によって死の際にいること。

 目の前にある、たしかな現実はこれだけだ。

 生き残れなければ、真実もなにもない。


 たとえ理解の及ばない、足元も定まらない不安定な世界だろうと――


「行こう」


 進むしかないんだ。




 礼拝堂に近づくにつれ、喧騒が大きくなってくる。

 何事かと駆けていくと、礼拝堂正面の扉前に大きな人影が横たわっている。


「う、ウルフ様――!?」


 倒れている男の周りにいる兵士は遊撃隊の者達だ。

 タオが名を叫んだ通り、あの男はウルフで間違いなさそうだ。


「またか……っ!」


 悪態が思わず口に出た。

 ようやく竜姫を手にして戻ってみれば、おまえは七騎士でありながらなにをしている。


「はあっ、はあ、状況を説明しろ」


 両手を広げて、仰向けに倒れたウルフの瞳孔は開き、呼吸もしていない。


「フェンサー様、れ、礼拝堂の天井に、巨大な“目”が現れたんです」

「目、だと?」

「は、はい。ウルフ様は殿(しんがり)として皆を逃がし、最後に礼拝堂を出てこられたのですが、そのまま……」


 外傷は見当たらないが、ウルフは完全に息絶えている。

 もはや手遅れだということはわかった。


「他の者は」

「ミスト様が先導して別棟へと向かわれました。我らは、ウルフ様をお守りすることもできず……!」


 悔しさに涙を滲ませる兵士達。

 礼拝堂に現れた化物……“目”という表現に嫌な予感が背筋を伝う。


 城の崩壊前に現れたあの悪鬼どもか?

 どうする、この剣さえあれば、今なら渡り合えるかもしれない。


 静謐な礼拝堂に表面上の変化はない。

 が、見ているだけで止めどなく冷たい汗が吹き出てくる。

 扉をくぐれば最後、生きては出られないような。


「……別棟へ向かう。おまえ達もついてこい」

「ですが、ウルフ様をこのままには――」

「すでに死体だ。……すまん、だが弔いは後にしろ」


 まずは竜姫を七騎士に渡さなければ。


 ここに残っていた兵は四人。

 タオ一人なら守りきることができたが、安心して背を任せられる戦力が欲しいところだ。


 俺は革袋を開き、あえて無言のまま竜姫を地面に並べる。


「それ、スカイ様の……」


 タオが一つの腕輪に手を伸ばした。

 真っ赤な宝石が中央に彩られた装飾品。

 逡巡して宙をさまようタオの手に、それを握らせる。


「タオ、おまえが使え」

「え!? いや、でも」

「この中で強弓隊はおまえだけだ。スカイもきっとそれを望むだろう」


 しばらく手中の竜姫を見つめていたタオは、やがて頷くとそれを首にカチリと装着した。

 腕輪ではなかったのか、余計なことを口にしなくてよかった。


 しかし俺の剣とは違い、首輪をどう扱うのか見当もつかない。


「先導を頼めるか、タオ。俺は殿を務める」

「はい、わかりました。……スカイ様、見ていてください」

「おまえ達は、俺かタオの側をできるだけ離れないようにしてくれ」

「は、はい!」


 スカイの忘れ形見を装着して、恐怖を打ち消したタオを先頭に、俺達は別棟を目指す。


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