22:10 火中へ
真っ暗な空間に、火のついたろうそくが立っている。
風はない。
だが火は揺らめいている
揺らいだ火が、隣に立つろうそくへと分け与えられた――
意識が覚醒する。
目前には、金髪を片方だけ側頭に結った少女が立っている。
「だ、だから、竜の七騎士でありその筆頭! そしてボクら、王城守護隊の誇り高き隊長でもあるフェンサー様に憧れてみんな、ボクも守護隊に入隊したんですよ!」
どういう……ことだ。
俺は、この少女を知っている。
だが少女は……俺も、たしかにあそこで。
「た、隊長……?」
「……ルイセ」
「はいっ! なんでしょう!」
直立するルイセの肩へ触れ、存在を確認するかのようにポンポンと撫で、さらに両腕で抱き寄せる。
「た、たたた隊長!?」
温もりも、鼓動も、たしかに感じる。
本当に生きているらしい。
胸からルイセを引き離し、赤面して口をぱくぱくさせる彼女に問いかける。
「ルイセ、なぜ生きている?」
「え? な、なぜって……それは、副隊長がボクをかばってくれて。でも守護隊のみんなは、もう」
そういう意味で聞いたのではないが、今の会話にも覚えがあった。
俺は首に下がったチャームを手に取り、開く。
「22時……10分」
あの化物どもが押し寄せてくる前、時刻を見たときは22時20分だったはずだ。
時間が戻っている……?
そうだとして、いったいなぜ。
「隊長、まだ生き残った人もいるはずです! 奴ら鉄球みたいな物で壁や柱を破壊してて、早くみんなを助けないと城が崩れちゃいます!」
城内には敵がいる。
だからといって、城外に出たとしても待っているのは異形の群れだ。
また嬲り殺しにされてしまうだろう。
時間が戻った仕掛けはわからないが、せっかく訪れた機会を無駄にするわけにはいかない。
選択肢は一つ。
「中へ、戻ろう」
「はいっお供します!」
ルイセを連れて燃える城へ正面から向かい、砕かれた城門扉をくぐり抜けた。
城内は想像以上に炎が燃え広がっている。
熱気に汗が浮かび、煙を吸わないよう腕で口を塞ぐ。
俺は目についた柱の影に身を潜めると、ルイセを手招きして呼び寄せた。
左右に伸びる通路。
正面には上階へ向かって大きくアーチを描く二つの階段。
そのアーチをくぐった先にも、扉があるようだ。
「いるな」
階段下をうろついているのは、外で群れを成していた異形の化物だ。
装備しているのは槍ではなく、人の頭の倍ほどもある、トゲの付いた球を胸に抱えて歩いている。
ルイセが言っていた鉄球とは、あれのことか。
ここにいるのは一匹だけのようだが……やはり妙だな。
「どうしたんですか? 隊長」
「いや……」
奴らの目的を考えていた。
俺達の殲滅が目的ならば、火で炙り出されるのを待てばいい。
外にあれほどの大軍が待機しているのだから。
とすれば、殲滅以外になんらかの目的があって、奴らは城内に留まっているのだ。
それはいったいなんだ?
「よくもボクらの城を好き勝手に。絶対に許さないぞオークども……! 夢の成就まであと一歩のところで、こんな」
柱にかじりつきそうな勢いで、ルイセは憎々しげに呪詛を吐いた。
あの化物はオークというらしい。
そして夢、か。
たしかオークに殺される間際にも、ルイセはそんなことを言っていた。
気になるが、聞き方には注意しなければ。
「その、夢――というのは、当然……アレのことだな?」
「もちろんですよ! 亡き国王の悲願だった、大陸統一です! 平定まで、みんなが安心して暮らせる世の中まで、あと少しのところだったのに……っ」
大陸統一。
……なるほど。
世の安寧のためといえば聞こえは良いが、要は他国に侵略戦争を仕掛けていたわけか。
敵に大義が立つには十分だろう。
一つ言えるのは、あんな化物を擁する国に戦を挑んだのは間違いだったな。
「ルイセ、ここで待っていろ」
ただ、俺はこの国で一部隊を預かる隊長だ。
オークどもを城から叩き出し、籠城なり作戦を考える他に生き残る術はない。
刺突剣を抜き放ち、オークの側面から一気に駆け寄る。
ようやく俺の存在を認識したようだが、遅い。
跳躍し、こちらに振り向いたオークの額へと剣先を突き刺した。
「ゴ……ガ……ッ」
目を見開き硬直したオークが、ゆっくりと後ろに傾いていく。
倒れ込んだ巨体は鈍重な音を響かせ、派手に埃を舞わせた。
剣を振るって血を払う。
「すごい! 隊長! 格好いい! すごい! 格好いいなぁ!」
「落ち着け」
興奮した様子でぴょんぴょん飛び跳ねるルイセをなだめ、納剣する。
一匹二匹の対処なら、それほど苦労はなさそうだ。
ただし、城内にどれほどのオークが入り込んでいるのかわからない。
囲まれてしまえば、人知を超えた力であっけなく叩き伏せられてしまうだろう。
未だ、状況を打破するための足がかりは見えてこなかった。
「ボク……隊長と一緒に戦えることを誇りに思います! 隊長がいてくださればこんな状況でもきっとなんとかなるって、そんな気がします!」
俺の後ろ向きな思考を、払拭するかのように握った拳を振り回すルイセ。
楽観的とも言えるだろうが、今はありがたい。
「……少し、変わったな」
「えっ本当ですか!? どの辺が変わりました? ボクもちょっとは隊長のお役に立てるようになりましたか!?」
声が大きい。
変わったなどと、なぜ俺は口にしたのだろう。
積み重ねた思い出の記憶もなく、ほんのさっき会ったばかりだというのに。
だがもうルイセの顔に、あの諦観に満ちた悲壮な笑みは浮かんでいない。
「ああ、頼りにしてるよ。ルイセ」
頭にポンと手を置いてやると、ルイセはくすぐったそうに首をすくめた後、瞳を輝かせた。
「は、はいっ!!」
急がなくては。
ルイセの言ったように、やはり生き残りを探すのが先決か。
各個撃破されてしまう前に、集結して態勢を整えることが出来れば、あるいは。
「まだ生きてる可能性がある人員に、心当たりはあるか?」
「七騎士様はきっと生きてると思います! えっと、礼拝堂! エア様ならたぶん、子供達と一緒に礼拝堂にいらっしゃるんじゃないかと!」
エア……その人物も“竜の七騎士”とやらの一人らしい。
礼拝堂。
礼拝堂か。
「く……まだ本調子ではないようだ。すまないがルイセ、先行を頼めるか」
「も、もちろんです! 任せてください!」
ルイセはまるで疑うことを知らないようだが、ここからは言動にいっそうの注意が必要だろう。
記憶が失われていることを明かすのは、よく相手を見極めてからだ。
駆け出したルイセの後ろにつく。
アーチ状の階段下をくぐり抜け、奥の扉を押し開ければ、先ほどまでの庭園に似た場所へと出る。
なるほど、こっちは裏庭といったところか。
表と違って、敷石で区切られた花壇には色とりどりの花が咲いていた。
大きな彫刻を中央に添えた噴水、その周囲には複数の長椅子も設置されている。
城勤めの者達の、憩いの場だったのかもしれない。
「オークの姿はありません! 奥の礼拝堂まで、一気に走りますか? 隊長」
「そうだな、行こう」
胸のチャームを開き、視線を落とす。
時刻は22時18分を指していた。