22:40 焚き木
一本、ないし二本。
暗闇に浮かぶろうそくの数がまた増加したように思う。
増えたろうそくには例外なく火が分け与えられ、背景が少しずつ鮮明になっていく。
ろうそくの背後では、なにかがぼろぼろと崩れ落ちていた。
瓦礫や、人……?
闇の底へと落ちていくそれらを、俺はぼんやりとただ見ていた――
小首をかしげたエアが心配そうに唇を開く。
「どうされました? フェンサー様」
俺は左右にゆっくりと視線を巡らせた。
ここは……礼拝堂か。
チャームを開くと、時刻は22時40分。
やはり戻ってきてしまったのだ。
「顔色がよくないようですが、お体がすぐれないのですか……?」
時間はない。
直近で起きる出来事はわかっている。
すぐに行動を開始しなければならない。
そう、頭では理解しているのだが。
「フェンサー様……?」
――本当に未来を変えることが可能なのか。
今後城に現れる敵は、これまでの化物を超越した悪鬼どもだ。
伝承の竜も守護者ではなかった。
俺達の……人の力だけで、あれらと本当に渡り合うことができるのか。
「ルイセ」
「あ、はいっ」
名を呼ぶと、すっかり気を許した様子の子供達を引き連れて、ルイセは小走りにやってきた。
「あ、あの隊長、さっきは本当にすみませんでした! ボクがお側にいると、やっぱり隊長のご迷惑にしか……」
「すまないが、俺を思いきり殴ってはくれないか」
「はいっ! 隊長をなぐ――え? ええっ!?」
「フェンサー様、いったいなにを」
ルイセだけでなく、エアまでもがおろおろと狼狽している。
気が触れたと思われただろうか。
自分でも荒唐無稽なことを口走った自覚はある。
「……頼む」
だが、情けない話、死に際の恐怖が今も鮮烈に胸の奥へ刻まれていた。
あの理不尽と対峙する恐怖。
そしてなによりも、また皆を救えず死なせてしまうんじゃないかという恐怖。
どうにも、足が、動かないのだ。
これは俺の明確な弱さ。
だれかに叱責を受けることによって、少しでも胸の内を軽くしたいという甘えでしかない。
王国を代表する七騎士など、今の俺には荷が重い肩書きだ。
目の前で、ルイセは黙って俯いていた。
悪いことをしたな。
この場にはエアもいる。
立場上ルイセが俺に手をあげるなどできるはずもないし、士気を下げる弱音をさらしただけの結果になってしまった。
「浅慮だった。ルイセ、今の発言は忘れ――」
「わかりました。それで隊長が、少しでも気を楽にできるのでしたら」
意思のある大きな瞳に見据えられて、すぐには言葉が出てこない。
勝手ながら、ルイセにはきっと断られるだろうと思っていた。
「ボクはずっと隊長を見てきました。隊長がなにか重いものを抱えてることくらいは、わかります。ボクが未熟でさえなければ、そのお荷物を半分、いえ三分の一でも一緒に……なんて、勝手に考えちゃったりしてました」
……自分の不甲斐なさに息がもれる。
これほどまでに慕ってくれる部下を持って、まだ立ち向かう気概がないのなら、それはもうここで朽ちるに相応しい人間だろう。
勇敢で繊細な少女に、心からの謝意を。
「ありがとう。肝心なところはいつも、俺はおまえに頼ってばかりだな」
「そそんなことないです! で、でもすっごく痛いですよ!? 本当にいいんですね!?」
顔を真っ赤にしながら、照れ隠しなのか肩をぐるぐると回すルイセ。
見てて飽きない、おもしろい奴だ。
「ああ、全力で頼む」
俺は、ルイセに救われた。
――床に仰向けで寝転がる俺を、エアや子供達が覗き込んでくる。
「きしさまだいじょうぶー?」
幼い少女の頭を撫で、体を起こした。
頬がまだ、じんじんと痛む。
「すみませんでした! 大丈夫ですか隊長!?」
「俺がやれと言ったんだ。それに腰の入った良い拳だった。……ウルフのより効いたかもしれない」
「そっそんな、それは褒めすぎですよ!」
褒めたことになる、のか?
やはり変わっているな。
一人でも立ち上がれたのだが、エアが肩を貸してくれたので身を預けることにする。
「フェンサー様。なぜ、このようなことを?」
「変、だっただろうか」
「ええ、とても。……ですが、少し羨ましくも思いました」
エアは何に対して羨ましかったのだろう。
銀髪の奥の瞳は、それ以上語るつもりがないように見えた。
話を本筋に戻すことにする。
「エア、クラウンの居場所は知らないか?」
「クラウン様は、別棟にいらっしゃるのではないでしょうか。宝物庫を開けるため本城に向かわれた可能性もありますが」
本城の三階でクラウンとは出会わなかった。
だが、クラウンがすでに竜姫を回収している見込みもあるわけか。
現在時刻22時44分。
目的はクラウンの捜索に絞りたいが、ウルフとミストを放っておくわけにはいかない。
物見棟の確認も残っている。
選択肢が多すぎるな。
「ルイセ、ここからかなり急ぐことになるがついてきてもらえるか」
「はいっ! お供させてください!」
やがて響いてきた鐘の音は、礼拝堂の中にいてもはっきりと聞き取れる大きさだった。
「それとエア、おそらく礼拝堂もずっと安全というわけではない。必ず戻るが、十分に警戒をしておいてくれ」
「わかりました。いざというときの逃げ道は確保しておきます」
頷き、ルイセと二人で礼拝堂を飛び出す。
もう立ち止まりはしない。
存分に命を燃やし、必ずこの夜を越えてみせる。




