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23:19 甘い微香

「隊長! こちらにいらしたんですか!」


 給仕服の女との間に生じていた緊張が、ルイセの大声によって途切れる。


 無事だったか。

 そしていいタイミングだ。


「あっ……み、ミスト様も、よくご無事で!」


 ミスト。

 意図的かどうかはわからないが、自然に呼んでくれたおかげで給仕の名を知ることができた。


 俺からルイセへと視線を移したミストは、布巾を置いて考え込むように指で唇をなぞる。


「王城守護隊。入隊は一昨年。名前はたしか……ルイセ、だったかしら」

「えっ、ぼ、ボクなんかの名前までご存知なんですか!?」

「ええ。共に王へと命を捧げた仲間の名を、わたしが忘れることはないわ」

「は……はい! ありがとうございます!」


 嬉しそうに瞳を輝かせたルイセへ笑いかけ、ミストはあらためて俺達を席に促す。


「あなた達が来てくれてよかった。料理が無駄にならずに済んだものね」


 テーブルに並んだ料理は何人前になるのか。

 あまり詳しくはわからないが、たった一人で準備したとなると時間はどれほどかかるのだろう。

 数時間単位のものだとしたら、城が襲撃されている間もミストはここにいたことになる。


「ミスト、ここでいったいなにをしていた? 俺達が今やるべきことは速やかな敵の排除ではないのか?」

「わたしは七騎士である前に王の給仕よ。あなたもよくわかっているはずだけど」

「しかし、その王はもう――」


 言いかけたところで、ミストの冷然とした視線に気づいて言葉を飲み込んだ。


 不穏な表情をすぐに伏せ、皿に積まれた肉の切れ端を口に運ぶミスト。


「……反撃に出るにも兵糧は必要でしょう? 飲み物を取ってくるわ。自由に食べていて」


 ミストは唇の艶を舌で舐め取ると、俺とルイセを残して部屋から出ていった。

 おそらく隣の厨房へ向かったのだろう。


 だが、理解できない。

 あいつはなにを考えている?

 解説を頼もうと目を向ければ、ルイセは黙って首を横に振る。


「ウォーカー……ミスト様とは、ほとんど面識がなかったのでボクもよく知らないんです」

「ウォーカー?」

「あ、七騎士様の以前の呼び名です。大陸平定の戦が始まる前、王の命によってそれぞれ今の呼び名に改名されたのだと聞いてます」


 王の命によって、というところが気になるが。

 詳しく聞いておきたい。


「七騎士の過去の呼び名と、今の名を教えてもらえるか?」

「はい! ええと……」


 ルイセによれば、七騎士の名の推移はこうだ。


“スペラー”エア。

“イーター”ウルフ。

“ウォーカー”ミスト。

“シューター”スカイ。

“ブレイカー”アックス。

“コンダクター”クラウン。


 なるほど、通名にしては統一感がないと思っていたが、かつては違ったのだ。


「では、俺はどういう名に変わったんだ? フェンサーというのは過去の呼び名なのだろう?」

「王は好きな名を名乗れとおっしゃったらしくて、その、隊長は“今のままでいい”と」

「俺が? ……よほど気に入っていたのだろうか」

「副隊長からの伝聞ですので、ボクも隊長から直接お聞きしたわけではなくって」


 いまいち要領を得ない話だ。

 そもそも王はなぜ名を変えるよう促してきたのか。

 いや、今はわかることから考えよう。

 聞いた名の中に思う節がある。


“コンダクター”クラウン。

 現在の名の方だ。

 宝物庫の鍵穴にあった印は王冠だった。

 鍵はてっきり王が所持していたものと考えていたが、クラウンを捜索するのが正解かもしれない。


「そ、それより隊長、宝物庫が駄目だったのなら物見棟に向かいませんか?」


 言葉はそう紡がれたものの、ルイセはテーブルに乗った料理をじっと眺めていた。

 スープも肉もまだ温かそうだ。

 腹は、たしかに空いている。


「俺達には時間がない。だがミストの言う通り腹ごしらえも必要だ。急いで料理を胃に詰めてから向かおう」

「でも、こんな豪華なお食事……本当に食べちゃっていいんでしょうか」

「食えと言われたのだから遠慮することはないさ」


 そういうわけで、俺とルイセは並んで腰かけた。


 ルイセは俺が食べるのを待っているようだ。

 隊長の手前、先に手をつけるわけにもいかないのだろう。


 手にしたパンを千切り口へ放り込む。

 しばらく口内でパンを転がしたが、舌に痺れや異変は感じない。

 飲み込んでルイセに対して頷くと、ようやく食事は始まった。


「んぐ!? おっ……おいしい!! ボクこんな料理初めて食べました!」

「喉に詰まらせるなよ? ほら、口元を拭え」


 度重なる戦闘と緊張で、二人とも想像以上に消耗していたのだろう。

 互いに無言でカチャカチャと食器を鳴らし、勢いよく料理の山を平らげていく。


 染みる。

 肉の脂が、野菜の水分が、スープの熱が。

 身体中に浸透して活力を湧かせてくる。


「よほどお腹が空いていたのね。でも嬉しいわ、おいしそうに食べてもらえて」


 気づけばミストが音もなく部屋に戻っており、香水の類いでも振りかけたのか微かに甘い香りが漂った。


 かつての“ウォーカー”という通名が頭をよぎる。

 各々の戦い方や行動から通名がつけられたのだとしたら、ミストはどのような能力を持っている?


「とってもおいしいですミスト様! 王は毎日こんなお食事をとられていたのですね!」

「そうね……褒めてくれてありがとう。フェンサーは、お酒がよかったかしら?」

「いや、水でいい」


 水差しを受け取り、恐縮するルイセのカップに水を注いでやる。

 その後に自分も水を煽った。


 胸のチャームを開くと、時刻は23時28分。


「ふう。……ルイセ、そろそろ」

「あ、はい! そうですね!」


 ある程度腹も膨れたので、ルイセと共に立つ。

 相変わらず食器を磨くことに夢中なミストは、こちらを見ずに声をかけてくる。


「二人して、どこへ?」

「俺達は宝物庫を開けなければならない。クラウンの居場所を知らないか?」

「ああ……そういえば、今月の鍵の担当は彼だったかしらね」


 宝物庫の鍵は、やはり持ち回りで七騎士が管理しているらしい。

 クラウンの居所がわからなければ、ひとまず物見棟で鐘を鳴らす人物を確認してみる他ない。


「竜姫を持ち出して、どうするつもり?」

「決まっているだろう。生存者を集めて化物を城から叩き出す」


 至極当然に答えたつもりだが、食器を置いてミストはゆっくりと顔を上げた。

 どことなく憂いのある微笑をたたえている。


「フェンサー、あなたもウルフと同じね。どうしてそんなに生き足掻くの」

「どういう……意味だ」


 不意に出されたウルフの名に、警戒心がつのる。

 ミストとの距離を測り、目配せしてルイセを後ろに下がらせる。


「だってそうでしょう? わたし達は皆、王に命を捧げた身。王が崩御された今、粛々と命を断つのが最後の役目」

「忠義の証は、仇を討つことで果たされるのではないか?」


 言っておきながら、記憶のない自分に果たして忠義などあるのか疑問がつく。

 いずれにしろ、ミストの考えは危険だ。


「仇なんて討っても王はお戻りにならない。遠い場所へ旅立たれたというなら、お供するのが王の騎士たるわたし達の道理よ」


 微笑は崩さず、だが強い意志の込められた眼差しでミストは続ける。


「わたしは……誰よりも近くであのお方に仕えさせていただいた。あのお方の望まれることは当然、望まぬこと(・・・・・)でも王のためならと、なんにでも手を染めてきたわ」

「なんの話をしている……?」

「栄光の七騎士、その影の話よ。あのお方の敵となる人物をすべて謀殺してきた、ただの影。手段は主に毒を用いたかしら」


 毒――

 思わず、今しがた手をつけていた料理の山を振り返った。


「安心して? 料理にはなにも盛っていない。だってそれは、王に手向けたものだから」


 派手に食器の割れる音が響く。

 テーブルに突っ伏したルイセが、胸を鷲掴みながらずるずると床に倒れていく。


「たい、ちょ……っ」

「ルイセ!」


 助け起こそうとするが歩みが定まらず、視界がぐるぐる揺れて立っているのもままならない。

 激しく痛み始めた胸に、浅い呼吸すらも難しくなって膝をついた。


「毒はもう部屋中に散布しているわ。王国最強と謳われた騎士、フェンサー。王の寵愛を受けていたあなたなら、勘づくかもしれないと警戒していたのだけど」

「ウルフを……殺したのも、おまえか……!」

「ずっと階下でうるさい音がしていたの。王の死出の旅立ちは、厳粛に見送るべきでしょう? 様子を見に行ったら、ウルフと彼の部下達が必死で化物と戦っていたわ。これから皆で王の元へ向かうのに、もう闘争の必要もないのに」


 倒れ伏せたルイセに目を向けると、大量に喀血したようで全身を痙攣させていた。

 俺も込み上げてきた熱い塊を押さえるため口を塞ぐが、指の隙間から容赦なく血液が噴出する。


 散布毒だと。

 さっきの微香の正体はこれか。

 しかしそんなものを部屋に撒けば、ミストとて無事ではすまないはずだ。


 そう思い、気力を振り絞って見上げる。


「わたしには、あのお方しか、いなかった。今こそ、お側に……」


 変わらない微笑みがそこにはあった。

 口もとを血で濡らし、鼻から、瞳から血を垂れ流し、ここではない虚空を見つめて笑っていた。


 ミストはもう、狂っている。

 意識が離れる寸前、俺が理解したことはそれだけだった。


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