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一方娘さんは、祝杯こそあげなかったが存分に料理を堪能していた。
最終日のぎりぎりとはいえ、自分は彼との勝負に勝った。代金を払う段で料理人を呼び、胸倉掴んで怒鳴り散らしてやればよいだろう。今はどんな言葉をかけるか考えるのに忙しい。
ひきょう者?
よくも馬鹿にしてくれた?
さんざん手間をかけさせて?
ああ、その前に。
ボーイを捕まえて、今日の料理を取り仕切っている料理人の名前を聞く。
「このフィダレーネを作ったのは どなた?」
機嫌良くにっこりと笑ってやると、ボーイは地元馴染みであることも手伝い愛想よく答える。
「夕陽の井戸亭の若が都で修業してまして、この秋、一時帰ってきたんですよ。
なんでも、向こうで店を持たないかとか、宮廷お抱えにならないかとか誘われているらしくて、親父さんと相談するためにいったん帰ってきたそうで。
向こう仕込みの腕を皆さんに披露しろってんで、親父さん監督のもと若が仕切ってるんですよ。」
若。
若?
それは、昨日の昼に自警団の息子と連れ立ってきたあの男のことか。
私が懸命に探しているにもかかわらず、手紙を本人が持ってきていた?なによ、それ。
娘さんは怒りに頭が白くなりながらも、昔馴染みに挨拶したいからことづけてくれと頼むのを忘れなかった。
カエル顔の青年は短く刈った髪の毛を室内帽に隠して、着慣れた調理服の腕をまくっていた。
小さい頃青年の舎弟をしていたボーイが呼んでいる。何かと思ったら、我らがマドンナのお呼びだそうだ。待っている間に渡してくれと、飲み物とつまみを渡してご機嫌をとっておく。
今すぐは空けられない。
心底会いたい相手だが、自分の仕事をおろそかにしては、嫌われる以上に軽蔑される気がした。
そして会いたいような、あってしまったら取り返しがつかないような、あえて言うなら、仕込みがうまくいきそうな期待感と、台無しにしてしまいそうな不安感がないまぜになっている。
最速で一仕事終えて、親父にことづけて調理場を抜ける。
昔馴染にあいさつをすると言えば、親父は俺の顔を見て吹き出しそうな顔をした。