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なあ、今の俺達は一体どんな風に見える?
四十がらみのオッサンと、ヨボヨボの爺様が散歩の途中で休憩してる、そんな微笑ましい光景ってところか? だが見る者が見れば、きっと腰を抜かすだろう。
今俺と並んで公園のベンチに座っているのは、泣く子も黙る拝み屋衆『天正堂』本部団体の頂点に長年君臨する、あの二神七権だ。ここ数年、ついには高齢による衰えが出始め、いよいよやばいんじゃないか、なんて噂が流れている。さっき見た危なっかしい足取りが本物だとすれば、噂は真実だと言えるだろう。だが相手は喰えないこの爺様だ。自分の目で見て尚、やはり簡単に信じる気にはなれない。
「…つーか、もう、九十越えてんすよね?」
試しに聞いて見るも、爺様は露店で買った焼き芋の皮を剥くのに必死で、答える気はなさそうだ。
「あんなとこで何やってたんです? そもそも屋敷から出て来るなんて、珍しいじゃないっすか。なんか、身体弱ってるみたいな話も聞いてますけど……全然っすね」
爺様はガブリと焼き芋を頬張り、またもや答えないかと思われた。が、
「いや、もう今年一杯だろ」
と、はっきりとした口調でそう答えた。俺は思わず吹き出し、
「適当なこと言ってるよ」
と取り合わなかった。爺様はさらに言う。
「心配せんでも、お前や三神の娘にくれてやった力は、ワシが死んだとて消えやせん」
ほほほ、ほふっほ、ほほ。
旨そうに芋を頬張りながら、それでも爺様の口調は真剣だった。
「それ、真面目に言ってます?」
「大真面目よ。やることやったら、とっとと消えるさ」
「…やることって?」
「坂東」
「はい」
変化する爺様の声色に、思わず俺の背筋が伸びた。
「貴様、二年程まえに一度、ワシん所へ来たな」
「え、二年前。…ってーと、あの、『黒井七永と同姓同名の女』が現れた時っすよねえ」
「六花も一緒にいたな」
「はあ、たまたま同じ日にテレビで見たんすよ、なんとかっていう音楽番組。でも結局あん時は、別人だって話でしたよね」
爺様は頷き、芋を食う。
「人間、顔や姿形は変えられても、もって生まれた魂に刻まれた生命の印だけは、変えようがないからな」
「生命力の源、気の源流、コアみたいなもんっすよね」
「こあ?」
「あ、なんか、そうやって呼ぶんです」
すると爺様は、さも知っていたかのような当たり前の口振りで、自分が喰った芋の中心を見つめながらこう言った。
「コアを見る限り、ワシの口からは別人としか言えん、それが二年前の、ワシの答えだった。だが坂東、もし、コアを変えられる人間がいるなら…」
「いやいやいやいや、そんなことは不可能だし、それはそれで、もう別人っすよ」
爺様は満足そうに頷くと、芋の最期の一欠けらを口に放り込んだ。
…早い、喰うのが早すぎる。
「別人かもしれんな、あるいは」
「…何が仰りたいんです?」
話の矛先が見えなかった。
かつてテレビで目撃した、『黒井七永』と自らを名乗る新人バンドのボーカルを言っているのか、否か。あるいは爺様自身の寿命の話をしているのか、皆目見当がつなかった。
それに、やることって、一体なんなんだ?
「坂東」
「はい」
「風の音が聞こえないか?」
「…はいぃ?」
爺様は立ち上がり、焼き芋の包み紙を手の平でぐしゃぐしゃと捻り潰し、…消した。
「お前も気を付けろよ」
「どこ行くんすか? 俺が、何を気を付けるんです?」
爺様はすでに俺に背を向けて歩き始めていた。先程見た時よりも足取りはしっかりとしている、ただし、その背中には『ついて来るな』という意思を漂わせていた。
「一度『印』を付けられた人間は、例え糸を断ち切っても切れっ端がいつまでもぶら下ってるもんなんだ。そいつを頼りに追いかけて来られないよう、せいぜい用心するこったな」
「印…? それって、まさか。だってあん時、二神さん、あんたがあの、ク…!」
爺様が俺の言葉を遮るように立ち止まり、しかし振り返らずにこう言った。
「コアが…違うんだ」
「は?」
「焼き芋か…じゃが芋か…」
「……え?」
全く意味が分からない。
なんでそんな回りくどい話をするんだ? 俺は一体何をどうすればいいんだ?
だが、それを問い詰めたって仕方がないことは俺にも分かっていた。
天正堂の呪い師が放つ言葉に『意味が無い』わけがない。例え説明不足に感じる言葉だったとしても、そこには必ず『理由がある』のだ。
押し黙る俺に、爺様はまるで禅問答のような言葉を投げかけてきた。
「発車のベルに似た、そういう音がやがて聞こえてくるだろう。そうなればもう、決して止まることなぞできんのだ」
歩き去る歩調はやはり老人の速さだ。
住宅街の、寂びれた公園である。
追いかけようと思えばいくらでも追いすがれるし、真っすぐに歩く爺様の背中はまだそこにある。
だがどうしても、俺の足はその場から動かす事ができなかった。それは何か別れのようなものを暗示させ、俺をひどく不安にさせた。
「ど、どこへ行っちまうんです? 俺たちは」
爺様の耳にも聞こえるよう、大きな声でそう言った。すると爺様は、うるせえなあ、と不機嫌な声でぼやき、
「…極地だ」
そう答えた。「行けど帰れぬ世界へと流れつくだろうさ」
「極地? 南極っすか? 北極っすか? それ、どこにあるんすか?」
「…聞いてくるわ」
「はあっ?」
「生きろよ。坂東」
「二神さん?」
突然、携帯電話の着信音が鳴り響いた。
それはまるで、今しがた話に聞いたばかりの『発車のベル』を思わせた。だが驚いて懐から携帯を取り出し、耳に当てて顔を上げた時にはもう、二神七権の姿はどこにもなかった。
ただ、発車のベルが鳴り響いたその瞬間、二神さんのしわがれた笑い声が風に乗り、確かに聞こえた気がしたのだ…。




