本当の気持ち
ハルは真っ暗な森の中をひたすら走り続けていた。
雨が木の葉や地面に当たって強い音を立てている中、ずぶ濡れに、泥まみれになりながらも、構わずに道を進んだ。
「父さんと母さんに入学祝に買ってもらった大事なスーツだったんだけどなぁ・・・」
ハルはそうつぶやくと、自身の哀れな姿を見て笑った。
すると、ひときわ大きな水の音が聞こえてきた。
それはまるで、近くに滝があるのではないかというぐらいの轟音だった。
しかし、彼はこの音を聞くと安心した。
「やっと着いたか・・・」
激しく増水した小川の向こうに、人家のかすかな明かりが見えた。
「・・・・」
家の扉の前まで来たのはいいが、いざ入ろうとすると、ハルは彼女に何を言っていいのか分からなくなってしまっていた。
しかし、このまま黙って突っ立っているわけにもいかない。
ここは、意を決するべきところだ。
ハルは大きく息を吸い込むと、扉を三回ノックした。
「はい・・・どちら様でしょうか」
扉越しにアキの声が聞こえた。
「こんばんは・・・僕です・・・ハルです」
キィっという扉が軋む音とともに、アキが姿を現した。
「・・・・・どうぞ」
アキは静かにそう言うとハルを家の中に招き入れた。
「・・・・あ、あの」
「そんな恰好をしていたら風邪をひきます・・・私の部屋で着替えてきてください」
「あ・・・はい」
アキはハルの言葉にならない言葉を遮るようにしてアキの寝室を指さしながら言った。
そこはアキの寝室だった。
「着替え・・・ここに置いておきますから」
彼女はそれだけ言うと部屋を後にした。
雨が、屋根や窓に打ち付ける音だけが室内に響く。
それと、やはりどこか女の子らしくない殺風景な部屋。
マルクから、彼女の境遇を聞いてしまったせいか、とても悲しい気持ちで胸がいっぱいになった。
ハルはアキが用意してくれた服に着替えると、リビングに戻った。
「その・・・今日はすみませんでした」
ハルは頭を下げた。
「・・・・・顔の手当てをしますから・・・お掛けになってください」
アキはハルの謝罪に特に何かを言うわけでもなく、ただ椅子に座るように促しただけだった。
「あの・・・マルクから聞きました・・・その・・・自分の行為は軽率だったと思います」
「あの子・・・本当におしゃべりなんだから・・・」
アキは呆れたようにそう言うと何か油のようなものをハルの左頬に優しく塗りつけた。
「あの・・・これは?」
ハルは思わず尋ねる。
「私が作った軟膏です・・・植物油とはちみつのクリームにハーブを混ぜたものです」
アキは軟膏を塗り終えると、今度はキッチンからお茶を持ってきてくれた。
「寒かったでしょうから・・・」
「ありがとう・・・」
ハルはありがたくお茶をいただいた。
やっぱり、彼女の淹れるお茶は優しい味がしてとてもおいしかった。
「私の方こそ・・・申し訳ありませんでした・・・」
アキが突然謝罪をしてきた。
「本当に・・・申し訳ないです・・・」
その声は涙ぐんでいた。
「え・・・」
ハルは突然のことに驚きを隠せないでいた。
「あの後すぐ・・・どうしてあんなことを言ってしまったのだろうかって、すごく後悔しました」
「・・・・」
ハルは彼女の話を黙って聞いてた。
「初めて会った日、見ず知らずの私を家まで負ぶって行ってくれたのに・・・頼んでもいないのに、快く私の商いを手伝ってくれたのに・・・自警団に絡まれた時だって、そんな大けがを負ってまで助けてくれたのに・・・どうしてって」
その声は細く、弱かった。
「そこまで尽くしてくれる人が悪い人なわけがないのに・・・・ただ、どうしても自分の衝動が抑えきれなくて、八つ当たりをしてしまったことを・・・ひどく、後悔しました」
「・・・・」
ハルは言うべきだと思った。
君は何も悪くない。
君も大きな時代の流れの中の被害者で、僕に謝る必要なんてみじんもないと。
しかし、声が、言葉が出なかった。
「だから・・・扉を開けたときにハルさんが目の前にいたことに・・・すごく驚きましたし、嬉しかったんです」
アキは一旦話をやめるとお茶を一口飲んだ。
そして、少し大きめに息を吸うとまた話を始めた。
「きっと私は寂しかったんですね・・・」
アキは自嘲めいた様子でうつむいたまま言った。
「あの日、お兄様とお別れした日から・・・ずっと一人で生きていこうと思っていたのですが・・・ハルさんにお会いしてから、あの楽しかった、幸せな日々を思い出してしまったみたいです・・・」
「あ・・・」
ハルは心の中で叫んでいた。
君は何も悪くない、君は過去にとらわれずに幸せになってもよいのだと。
「だから・・・もう、あなたを引き留めたりはしません・・・これ以上は私のわがままになってしまいますから・・・ただ、今まで本当にありがとうございました・・・久しぶりに優しい人とお話しできて、ちゃんと今まで、生きてこれて良かったなと思いました」
ハルはもう堪えきれなかった。
「君は何も悪くない!わがままでもない!」
気が付くとハルは椅子から立ち上がり、テーブルに両手をつくと、そう叫んでいた。
アキは驚いた様子でハルのことを見上げていた。
「君は被害者で・・・まだそんなに幼くて・・・それなのに!」
ハルは自分自身何を言っているのか分からなかった。
「それなのに・・・どうして、そう強くあろうと、大人であろうとする必要があるんだ!」
本当に訳が分からなかった。
アキの容姿が、妹にそっくりなのも彼を激情の渦へと落とし込んだ要因なのかもしれない。
ただ、どうしてもテレビや教科書で見た悲劇の貴族のように他人事として彼女を見ることができなかった。
「ふふっ・・・」
アキは突然に笑みをこぼした。
「やっぱり・・・ハルさんは優しいんですね」
「・・・」
ハルはもう何が何だか分からなかった。
何を言えばいいかもわからず、ただ激情に任せていたハルに比べて、ハルより八つも年下のアキの方がよっぽど理性的で大人だった。
きっと彼女はこの世の中の理というのをよく見てきたのであろう。
「では・・・そろそろ私は寝ます・・・ハルさんは私の部屋をお使いください」
アキはそう言うと、暖炉の前のロッキングチェアーに腰を掛けた。
ハルはそのあとずっとダイニングテーブルの椅子に座って考えていた。
どうすれば、彼女をこの辛い世界から解放させてあげられるのか。
どうすれば、もっと自由な生き方を教えられるのか。
どうすれば、どうすれば。
考えても、そこに答えはなかった。
ただひとつ。
明日になったら、一か八か尋ねてみよう。
それだけを決心してハルはそのままダイニングテーブルに突っ伏した。
ハルは夢と現の狭間で何か美味しそうなにおいを感じた。
ああ、朝か。
ハルはそう思った。
きっと、アキがまた朝食を作ってくれているのだ。
「おはようございます・・・ハルさんの服、もう乾いていたので・・・私の部屋に置いてありますから」
「ありがとう・・・」
ハルはそう言うとアキの部屋に向かった。
ハルの服は綺麗にたたまれた状態で、アキのベッドの上に置いてあった。
ハルは素早く着替えをすますと、紙に何かを書き、それをベッドの上に置いた。
「もう朝食はできているので・・・・お掛けになってください」
「うん・・・」
ハルはそう言うとさっきまで寝ていた椅子に腰を下ろした。
今日のメニューは卵とベーコンと少しの野菜、それとパンだった。
その後、アキもすぐにハルの向かいに腰を下ろした。
「いただきます・・・」
ハルは卵を口に入れた。
やっぱり、おいしい。
不意に妹のユキのことが思い出された。
ユキは元気にしているだろうか。
一瞬そういった思いが頭をよぎったが、無用な心配だとも思った。
なぜなら、ユキはハルなんかよりもずっと大人で聞き分けもよかったからである。
「昨日はありがとうございました・・・・また、私を寝室まで運んでくださったんですね」
「あー・・・うん」
どうしても女の子を椅子に寝かせることに気が引けたハルは、彼女が深い眠りに落ちるのを見計らって、寝室へと運んだのだ。
「あなたを見ていると・・・兄のことを思い出しますね」
彼女は優しい笑顔でそうつぶやいた。
しかし、マルクからカターヌ王族の末路を聞いていた分、ハルの気持ちは複雑だった。
「あの・・・」
ハルは思い切って口を開いた。
「その・・・僕はこれから現実世界に戻るための方法を探しに、カターヌを出ようと思うんだ・・・・それで・・・」
ハルは一瞬言葉が詰まった。
でも、昨日決心したはずだ。
しっかりしろ、と自分に言い聞かせ話を続ける。
「・・・もし良かったら・・・僕と一緒に・・・来ないかい?」
アキはハルの言葉に、食事をする手が止まった。
そして、うつむいていた顔を上げて、ハルの方を見て微笑した。
「ありがとうございます・・・・でも、そのお気持ちだけで結構です」
「・・・・」
ハルはやっぱりか、と思った。
アキにはこの街から出ることの許されない呪いのようなものがかけられているのかもしれない。
「そうか・・・」
ハルは執拗に説得するような真似もせずに、この話はこれで終わった。
朝食をとった後、ハルはアキの家を出る支度をした。
アキも一昨日の夜のように引き留めるような素振りは見せずに、ただじっとハルのことを見つめていた。
「短い間だったけど・・・本当にお世話になりました」
「こちらこそ・・・久しぶりにお話ししてくれる人と出会えて良かったです」
ハルはお世話になった分、少ないながらもお金を渡したほうがいいかなと一瞬思った。
というのも、実は昨日ユートピア古書の解読の対価として、マルクから報酬のようなものを押し付けられていたのだ。
しかし、考えるまでもなくアキはそういうのを嫌がるだろうなということに気づいた。
「それじゃあ・・・・さようなら」
ハルは手を挙げると、ゆっくり歩き始めた。
「ハルさんもお元気で・・・」
ハルはアキの家がだんだん離れていくのを感じながら、少し増水した小川を渡り、カターヌの街へと歩き始めた。
森の中を歩いていると、いろんな音が聞こえてきて、退屈しない。
森はハルのなんとも形容しがたい虚無感も少し癒してくれるような気がした。
ハルと別れた後、アキはリビングルームをとぼとぼ歩き、ロッキングチェアーに腰を落とした。
アキの中にも何か大切なものを失ってしまったような喪失感があった。
「・・・・」
ただ何をするわけでもなく、しばらくぼーっと椅子に揺られながら窓の外をうつろな目で眺めていた。
「水汲みに行かなくちゃ・・・」
アキはそう独り言を言うと、椅子から重い腰を上げて、キッチンに置いてあった水桶をもって家を出た。
アキはハルと出会う前に戻っていた。
誰かに会うわけでもないから、自然と無表情になる。
きっと今、私はひどい顔をしているんだろうな。
そんなことを思いながら、アキは水汲み場へのいつもの道を歩いた。
いつもの水汲み場の池に映る自分の顔を見る。
なんて情けない顔。
アキは我ながらそう思った。
こんなんじゃ、だめだ。
アキは両手で水をすくうと顔に思い切り掛けた。
そして、桶いっぱいに水を入れると、再び来た道を歩いた。
帰宅して、また暖炉の前の椅子に座った。
そして、またうつろな目で窓の外を見る。
畑仕事してこなきゃ、とか。
お金もいよいよ底をつきかけているし、また街に出て稼がなきゃ、とか。
やらなくてはいけないことがたくさん頭をよぎる。
でも、今日は特に何もする気力が起きなかった。
もう、生きている意味も分からないし、このままこの椅子から二度と立ち上がらずに、死んでしまおうか、なんてことも考えた。
しかし、お兄様が命がけで守ってくれた私という存在の最期を私が決めることが果たして許されるのだろうか、という思いもある。
考えても、考えても、考えても分からなかった。
もういい、今日は寝てしまおう。
アキはそう思い自身の寝室へ向かった。
そして、吸い込まれるようにしてベッドに倒れた。
「こんなに苦しいのなら・・・・・会いたくなかった」
アキはぼそりとそう言うと、寝返りを打った。
すると、手の先の方で何かに触れた。
そこには紙切れが置いてあった。
「なんだ・・・・これ」
アキはそっと二つに折られたその紙を開いてみた。
そこには文字が書いてあった。
アキへ
いま、この手紙を読んでいるということは、きっと僕は誘いを断られたのでしょう。
未練がましくて申し訳ないけど、今でも僕は、君はそこから出るべきだと思っています。
あまり人に興味がない僕がこんなにも引きずってしまうのは、ひょっとすると君が僕の妹にあまりにも似ていたせいなのかもしれない、と今ふと思います。
何だか、自分勝手なことばかりつづってしまい申し訳ありません。
ただ、一つ言いたいことがあります。
それは、君がカターヌの王族としてではなく、ただのアキとして自由に生きてもいいということです。
僕は、君がどこかで元気に生きていさえしてくれれば幸せなんだと思います。
短い間でしたが、本当にありがとうございました。
それでは、またいつか。
ハル
アキは黙ってその手紙を読んだ。
アキの記憶の中で何かが呼び起こされる。
「アキ・・・いいかい?もう、今から君と僕とは兄妹じゃない」
「どうして!そのようなことを!」
「僕は、君がカターヌの王族としてではなく、ただのアキとして自由に生きるべきだと思うんだ」
「どういう・・・意味ですか?」
「君はもう、ハミルトンの家の者ではないということさ」
男はそう言うと、アキの長くて綺麗な金色の髪を自身の短剣でバッサリと切り落とした。
「今から君はただのアキだ・・・君がどこかで元気に生きてさえしてくれれば・・・僕は幸せだから」
その男は優しい笑顔で、すっかり短くなってさっぱりしたアキの頭を撫でた。
そして、アキに背を向けた。
「さぁ行け、お前などもう知らぬ・・・」
「お兄様・・・?」
「おい、そこの娘を外につまみ出せ」
その男が命令すると、部屋の入り口にいた兵士二人がアキの腕をつかんだ。
「やめなさい!離しなさい!」
アキは必至に抵抗する。
兵士もアキの命令に一瞬動きを止める。
「構わぬ!前王が亡くなった今、王は私だ!王の命令に背くつもりか!」
兵士たちは顔を見合わせると、再びアキを連行した。
「離しなさい!お願い!お兄様!最期まで一緒にお傍においてください!」
しかし、彼がアキの呼びかけに答えることはなく、終始背を向けたままだった。
その後のことはアキ自身もよく覚えていない。
二人の兵士にこの森の奥の小屋に連れてこられるまで、ひたすら喚き散らしていたような気がする。
ただ、その二人の兵士も涙を流していたということは、今でもはっきりと覚えている。
ハルの手紙を読むとそんな風に、あの日のことが思い出された。
ところどころユートピア古文字で書かれていたが、ハルが何を伝えたかったのかははっきりと分かった。
突然、涙がこぼれて止まらなかった。
抑え込もうとしても声が出てしまう。
叫ぶようにして泣いて、その場に崩れた。
このままじゃ、だめだ。
このまま終わってしまったら、絶対に後悔する。
そんな確信めいた感情に突き動かされて、気が付くとアキは森の中を駆けていた。
ハルにもらった手紙を握りしめて、泣き叫びながら、彼の名前を呼びながら。
そんな状態で、カターヌの街も駆け抜けた。
きっと、住民からはついにあのユートピア人は発狂したのかなんて思われているかもしれない。
でも、そんなことはもうどうでもよかった。
アキは頭も顔も服も、クシャクシャで泥だらけで無様な様子でマルクの古本屋に駆け込んだ。
「いらっしゃい・・・って、アキ姉!どうしたんだよ・・・それ」
「ハルさんはどこ?」
アキはマルクの問いに答えることなく質問した。
「え?・・・あー・・・そういえば昼過ぎの船でエウロパ大陸に行くからって・・・朝あいさつに来たよ」
「ありがと!」
昼過ぎ・・・。
あともう少しで正午だ。
今から港町のメシナまではアキの足だとどれだけ急いでも一時間以上はかかってしまう。
だけど、もうなりふりなんて構っていられなかった。
アキは街道に出ると一台の荷馬車の前に飛び出した。
ヒヒーンと馬が鳴いて馬車は急停止した。
「おい!危ねぇじゃねえかユートピアのガキ!」
荷馬車のおやじはユートピア人を嫌ってそうな典型的なエフイカ系のウルマン人だった。
しかし、アキはお構いなしにおやじのもとへ駆け寄った。
「お願いします!メシナまで乗せて行ってください!」
「嫌だね・・・なんでユートピア人の言うことなんざ聞かなきゃならんのだ」
「はぁ・・・はぁ・・・お願いです・・・」
アキはもう虫の息だった。
すがる思いで泣きながら、泥まみれで、汗まみれの全身でおじさんにもたれかかるように懇願した。
「わ、分かったよ・・・隣に乗りな」
「あ・・・ありがとうございます・・・」
そのおじさんはアキを乗せると、メシナに向けて馬車を走らせた。
アキはというと顔面蒼白で、息も絶え絶えだった。
そんなアキの様子を見て同情したのか、おじさんはお弁当と水をアキに差し出した。
「え・・・いいん・・・ですか?」
「馬車の上で死なれたら寝覚めが悪ぃだろうが!ガキが変に気を使うな!」
このおじさん口は悪いが、根はいい人のようだ。
アキはおじさんの弁当のサンドイッチを食べた。
とっても、おいしかった。
涙腺がすっかり緩くなってしまったのか、サンドイッチを食べただけで涙がこぼれた。
「すごく・・・おいしいです」
アキは泣きながら食べた。
「いちいち泣くなよ・・・たかがサンドイッチだろうが!」
「カターヌの人にこんなに優しくしてもらったのひざじぶりで・・・」
アキは服の袖で涙を何度もぬぐった。
「嬢ちゃん・・・俺のことウルマン人て言わないんだな・・・」
「はい・・・私はまだこの島がカターヌという国だと思っていますから・・・」
「そうか・・・」
おじさんは急にしんみりとした様子になった。
「俺も最近カターヌの時の方が良かったんじゃないかって思うんだよ・・・」
「え・・・?」
アキは正直驚いた。
「でも、カターヌの王族は国民にひどいことをしたんですよね・・・」
アキはあの時、カターヌはユートピアの策略によって滅ぼされたという真相を知ってはいたが、一応尋ねてみた。
「あー・・・王家の蔵の話か?俺は個人的にあれは嘘だと思うぞ・・・なんせ俺は王夫妻が処刑されるのを広場で見てたからな・・・蔵が肥えてたら、あんなに痩せてねぇよ」
「そうですか・・・」
アキはカターヌにもこんな風に思っている人がまだいたんだなと知って少し嬉しくなった。
「ところで・・・非常に申し上げにくいことなんですが・・・」
アキは申し訳なさそうに口を開いた。
「あ?なんだよ・・・」
「もう少し早く走っていただくことはできますか?」
「なっ!注文の多い奴だなぁ・・・でもそいつは無理だな・・・このバロンはもう老馬だ・・・こいつにはこれ以上の速さで走る気力も体力もねぇよ」
アキは馬車から前方に身を乗り出すと、バロンに話しかけた。
「バロンさん・・・メシナまで、もう少し頑張っていただけますか?」
するとバロンはヒヒーンとい声を上げると、加速し始めた。
「おいっ!バロンお前まだ走れたのか!」
おじさんは自身の愛馬に驚きと呆れの感情を抱いた。
馬車は先ほどよりもずっと早くメシナを目指した。
これなら、間に合うかもしれない。
アキの心の中にはまだ希望が光を放っていた。