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会社をクビになり絶望したので異世界に行ってみた  作者: 北国いちか
第一章 ハル、異世界に行く。
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古本屋の若店主

やさしい日差し。

頬をなでる柔らかな風。

緑の香り。

川のせせらぎ。


ハルはそんな心地のよい刺激によって自然に目を覚ました。


「おはようございます・・・」


台所で朝食を用意しながら、桃色の髪の少女は言う。


「おはよう・・・体の調子は大丈夫ですか?」


「はい、おかげさまで」


彼女は振り返って笑顔で答えると、また朝食づくりに戻る。


ハルはアキの体調がよくなったことを嬉しく思う反面、昨日の出来事が夢ではなかったことに少し焦りのようなものを抱いた。


あの後、結局ハルはこの少女アキの家でお世話になることとなった。

まだ薄い意識の中、昨日何があったのかを思い出す。


「確か、引き留められたあともアキの話に付き合って・・・」


独り言を言っているうちに、昨日のことをだんだんと思い出してきた。


しばらく話をしているうちにアキが寝てしまったので、ハルは彼女を寝室に運んだところまでは鮮明に覚えている。

ハル自身も疲れていたのか、その後の記憶はあいまいだ。

しかし、ダイニングテーブルで目覚めたことを考えるとどうやらテーブルに突っ伏す形で寝てしまっていたようだ。


「昨日は申し訳ありませんでした・・・お客人のあなたをそんなところで・・・」


「全然気にすることないよ・・・雨風をしのがせてもらっただけでもありがたいんだから」


彼女は本当に申し訳なさそうな様子だった。

背中に掛けてあった毛布もその気持ちの表れなのだろう。


「今日は・・・どうなさるんですか?」


不意にアキが尋ねる。


「そうだなぁ・・・とりあえず街に出てこの世界の情報を集めてみようかなって思ってるよ」


「そうですか・・・今日は薬草やハーブを売りに私も街に出るのでその時一緒に行きましょう」


「はい・・・」


ハルはアキの体調も良くなったことだし、そのまま朝この家からお暇しようと考えていた。

しかし、どうやら少なくともカターヌの街までは一緒のようだ。


その後パンと卵という質素な朝食をとり、二人はカターヌの街へと向けて家を出発した。


昨日もこの道は通ったのだが、昼下がりと朝とではその表情が全然違う。

鳥のさえずりや、木の葉が風になびく音もまるで違って聞こえる。


「昨日の続きの話になりますが・・・あなたの住んでいた世界や国の話・・・聞かせていただけませんか」


ハルの少し前を歩いていたアキが振り返りざまにそうお願いした。


「別に構わないけど・・・そんなに面白いのかい?」


ハルは不思議だった。

ハルにとってはなんの変哲もない日常も彼女にとっては特別なもののようだった。


「ええ・・・とっても・・・」


そうつぶやく彼女の目はどこか遠くを見ていて、少し寂しそうに見えた。


ハルはお願いされた通り、現実世界の話や日本の話をしてあげた。

どんなに小さなことにも彼女は目を輝かせ、話しているこっちがなんだか照れ臭くなってくる。


そうこうしているうちに、二人の周りには人家が見え始めてきた。

一度通った道のせいか、話しながら来たせいかは分からないが、カターヌの街までは思ったよりもずっと早く着いた。


二人は昨日であった街の広場に向かう。

アキ曰く、あそこがカターヌの中心街でいろんな人やモノが集まってきており、情報収集にはもってこいなんだとか。


しかし、何か様子がおかしかった。

昨日から気になっていたことなのだが、どうも周りの鋭い視線を感じる。


「ねぇ・・・黒髪ってそんなに珍しいのかな・・・」


ハルは小さな声で、アキに尋ねた。


「はい・・・この世界で黒髪の存在は神話の世界だけですから・・・それに、ウルマンではユートピアとは違い黒髪は悪の象徴ですし・・・」


ウルマン帝国とは、ユートピア帝国同様にこの世界を手中に治める大国で、カターヌを構成する民族の九割方は、海を挟んでカターヌの南にあるエフイカ大陸からやって来たエフイカ系ウルマン人らしい。

らしいというのは、アキが昨日話していた内容から推測しているからである。


「そして・・・私のようなユートピア人。特にジャルマン系は嫌われています・・・」


「・・・・」


ハルは思わず息をのんだ。

なぜなら、悪の象徴と嫌いな民族が並んで歩いているのだ。

何をされるかたまったものではない。

しかし、アキはあまりそういうことを気にしている様子ではなかった。


「さぁ、着きましたよ・・・ここならこの世界のこと、少しわかるんじゃないでしょうか」


そういってアキが案内したのは古本屋であった。

ハルは、店の扉を開けると中へと入った。

チリーンという綺麗なドアベルの音が店内に響く。


「いらっしゃい・・・って、げぇっ!悪魔!?」


中に入るとハルは店主に突然暴言を浴びせられた。


「こらっマルク!そんなこと言ったら失礼じゃない・・・」


「アキ姉!最近来ないから心配してたんだぜ?」


店主・・・というには幼すぎるような、マルクと呼ばれた男の子が奥のカウンターの向こうに座っていた。


「まずは謝りなさい・・・」


「っち・・・悪かったな兄ちゃん・・・悪魔なんて言って」


「あ、あぁ・・・」


思い切り舌打ちが聞こえたが、まぁ良しとしよう。


「今日はこの人に本を見せてあげたくて来たの・・・」


アキはさっそく本題に入った。


「どんな本だよ・・・」


なぜかハルに対しての当たりが強い。


「あはは・・・そうだなぁ・・・この世界の歴史や文化や風土、宗教なんかが載っている本がいいな・・・」


ハルは苦笑いをしながら答えた。


「ふーん・・・あ、そうだ。これなんかおすすめだぜぇ?」


その若い店主は不敵な笑みを浮かべてハルに大きくて分厚い本を渡してきた。


「マルク!!そんな古文書なんてハルさんが読めるわけないじゃない!!」


アキが声を荒げる。


「冗談だよ・・・そんなに怒らなくってもいいだろ?」


若い店主はばつの悪そうな顔をした。


「へぇ・・・第二次ユー・・トピア対ウル・・・マン戦争記録簿・・・ね」


なぜ、このように片言な読み方になってしまったのかというと、そこには「第二次遊斗比亜対宇瑠万戦争記録簿」とまるで中国語のように漢字だけで書かれていたからである。


「面白そうだね・・・少し読ませてもらってもいいかな?」


ハルは目の前にいる若い店主にお願いしたのだが、なぜか彼は固まっていた。

いや、彼だけではない。

アキも目を丸くして口を開けていた。


「は、ハルさんこれが読めたんですか・・・?」


「ああ・・・だってこれ漢字だし」


「かん・・・じ?これは古代ユートピア語ですよ・・・」


アキとマルクは二人そろって不思議そうな顔をした。


「ハルさんの世界ではこの文字を用いているのですか?」


アキは少し驚いた様子で尋ねた。


「まぁ・・・あとは、ひらがなとカタカナっていう文字もあるよ」


「その・・・一度この紙に書いていただけますか?」


そう言うとアキは嬉々とした様子で紙と羽のついたペンを渡してきた。


とりあえずハルはひらがなとカタカナを書いて見せた。


「こ、これは・・・エウロパ文字・・・」


「古語と現代語を自在に読み書きするって・・・兄ちゃん何者だ?」


二人とも目を見開いていた。


「何者って言われてもね・・・あはは」


そう答えるのも無理はない、ハルにとってはただ日本語を書いているだけなのだ。


その後、マルクはありとあらゆる古本や古文書のようなものをたくさん持ってきては、ハルに読ませた。


「兄ちゃんすげぇな!俺が何年かかっても分からなかったことがこんなに簡単に分かっちまうなんて・・・まぁ、また来てくれよな!」


出会った時こそ、悪魔などという罵声を浴びせられたが、お別れをするときにはその目は軽蔑ではなく、尊敬の眼差しに変わっていた。



ハルとアキの二人はマルクの店を後にすると、今度は市場を目指して歩き始めた。


「今日はここら辺で店を出しましょう・・・」


アキはそう言うとその場に大きな木綿の布を広げて、その上に薬草やハーブ、山の幸やドライフラワーなどを並べ始めた。


ハルもアキにいろいろと恩があったので、自然と彼女を手伝う形になった。


「買ってくれるといいんですけどね・・・・」


アキはうつむいたままぼそりと言った。


「買ってくれるさ・・・きっと」


ハルは天を仰ぎながら言った。


しかし、アキの様子はどこかすぐれなかった。


ひょっとすると、この子はものすごく、どうしようもない大きな闇の中にいるのかもしれない。

どうしてかは分からないが、ハルの目にはアキがそんな風に見えてならなかった。

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